第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その十
コーヒーを飲みながら、オレたちはラシードの変装にさらなるアイテムを加えることにした。いつぞやかシャーロン・ドーチェが作っていた、暗い磨りガラスの入った眼鏡。そいつをラシードにかけてもらうことにしたよ。
「……黒が多いな」
「ファッションの哲学としてダメなのか?」
「いいや。そういった問題はないがな」
「なら、いいじゃないか。徹底的に隠してみるもんだ。黒が大好きなヒトには化けられていると思うぜ」
「変装とは、こういうものでいいのか?
「意外とバレないものだぞ。大事なのは、自分は『バルガス将軍ではない』と自分に言い聞かせることだ。そして、『ラシードであるという自覚』。見た目よりも、それらがあるとバレにくい」
「それが違和感を与えないコツか?」
「そんなところだ」
ヒトの顔ってのは、それなりに似ているものだからな。ちょっと特徴を変えるだけでも問題はない。
「身近な人物には、バレないだろうか?」
「そういう人物には、接触しないほうがいい。簡単な選択だな」
「……状況次第では、遭遇するかもしれないのだが」
「目を必要以上には逸らさないことだ。もしも、目が合ったら、瞬きを一回するまでの間はじっとしていろ」
「早く逸らすと、バレるのか?」
「怪しまれる。ヒトは、動きにこそ意味を見出すからな。目をあまり早く逸らせば、隠し事があるんじゃないかと疑われる」
「だが、じっと見過ぎていてもダメだろうな」
「そう。だから、瞬き一回でいい。それをした後は、仲間へと視線を移せばいい。『意味のないところを見るな』。それが、コツだ」
「疑われないためか。細かいことだな」
「アンタは、そういうのが得意だろう、ラシード?」
「私の性格を、そう分析するのかね」
「違うか?」
「いいや。細かな規則に律されることを、私はあまり嫌わない……『メイガーロフ』の巨人族の中には、かつての奴隷主義のようだと、そういった傾向を嫌う者も少なくはないのだがね」
「この国は、『内海』の逃亡奴隷たちが建てたんだったな」
「そうだ。山賊まがいのことをしながら、ゆっくりと混沌のなかで、我が国独特の秩序と文化が形成されたというわけだ。私は、他国の文化に詳しくはないのだがな」
「なかなか独特な文化だぜ。砂漠の暮らし方ってのは、砂漠があるところでしか研究されない」
「だろうな」
「なかなかユニークな文化をしておるぞ、ラシードよ」
「ハハハ。そうか、リエル殿。砂漠は気に入ってくれたか?」
「……ノーコメントだ」
仲間にウソをつくことは、森のエルフ族の流儀ではないからな。リエルらしい適切な判断だった。ラシードも、砂漠が万人に愛されるとは考えてはいないようだから、怒ることもない。
リエルはカフェオーレを一口飲み、フーッと息を吐く。
「……どんどん、暑さが増してくるな」
「晴れた日はこのようなものだ。『ガッシャーラブル』は、涼しい街なのだよ、これでもね」
「標高は、いちばん高い街っすもんね」
「ああ。水に困ることもない、我々の概念では、楽園にも等しい土地だよ」
大陸には色々な土地があるということだな。そういう知識を経験値として自分に組み込められたことは大きい。猟兵としての強さは、経験値でも決まるからな。砂漠の国に行っても、驚いて慌てることが少なくなるってのは有利なことだ。
「さてと。ラシード、ちょっと街に出てみるぞ」
「ふむ。実践でのテストか」
「そうだ。まあ、オレとカミラも行く。目が合ったら、瞬き一回をガマンしたあと、オレかカミラを見つめてみろ。それでも相手がしつこく見て来たら、オレに声をかけるといい。眼光の鋭さで有名な、ガルーナの野蛮人が、そいつを睨み返してやるよ」
ギロリ!眼光を放つモードの瞳を作る。
「うむ。今にも噛みついて来そうな、躾のなっていない駄犬のようだ」
「駄犬というか、『ヴァルガロフ』の闘犬みたいな眼光っすよ!」
「どっちにしろ、犬扱いか」
「ラシードよ、うちのソルジェは良い番犬となる。活用するがいい」
「了解した。では、行こうか、ストラウス卿、カミラ殿」
暗い磨りガラス入りの眼鏡をかけながら、黒ずくめの格好のラシードは立ち上がる。オレとカミラもコーヒーカップを置いて、立ち上がる。
「気をつけてな。私は、『フクロウ』を使って、状況報告をしておくことにするぞ。あちらも、我々との接触を望んでいる頃だろうからな」
「……ああ」
たしかに、一度、会っておくべきではある。アインウルフ。メイウェイを殺さないという確約があれば、こちらの仲間になるとまで言い出しているようだからな。
本意を知りたくもある。
「……じゃあ、行ってくるぜ」
「うむ」
翡翠色の瞳に見送られながら、オレたちは『ガッシャーラブル』の街並みへと出かけていく。
カラフルな布による日よけと、水流が呼ぶ冷たい風。『ガッシャーラブル』の街中は、家の中よりも涼しい時もあるようだ。
気温はともかく、気流があるおかげかもしれないな。あるいは、聴覚の効果か。街の上空を覆ってくれる布たちは、風になびいて風の音を奏でている。風の音は、ヒトの心を涼しくする。
物理現象や魔力の流れだけが、ヒトの感覚を決めているわけじゃないものさ。
「……どこに出かけてみるのかね?」
「手当たり次第だな。まずは、出店に捕まっている商人たちに話しかけてみる。ラシードは、オレとカミラの間にいてくれ」
「了解した」
「緊張してはないないようだな」
「本番に強いタイプなんすね?」
「修羅場と死線は、年相応に潜って来ているからな」
頼りになる言葉を得たな。オレは、さっそく歩き始めたよ。商人たちは、昨日よりもかなり数が少なくなっているようには思えたが、まだ一般的な街に比べれば数は多い。
ウールの毛玉をカゴ一杯に突っ込んで、そいつを背負っている商人に話しかけてみるよしよう。
「よう、旦那。調子はどうだい?」
「んん?……調子は、良くも悪くもないよ」
「景気の方は?」
「……良くないね。本国に戻ろうと考えている」
「何かあったか?昨夜は、遅くまで呑んでいてな。ついさっき目が覚めたばかりなんだ」
「知らないのかい?メイウェイ大佐が、行方不明になったという噂だよ。戦場で、『イルカルラ血盟団』のテロリストどもに、殺されたのかもってハナシだ」
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