第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その七十四
鋼を押し合いながら、指と腕の骨に重さを感じる。レイドー卿はかなりの豪腕だ。オレの斬撃を受けて、崩れることがないのだからな。
睨み合いながら、お互いの技巧は攻撃の形へと変貌する。呼吸を合わせるようにして、お互いの鋼は同時に離れる―――刹那の後には、すでに打ち合いへと変わっていた。彼は脚を使う。回り込んでくるように動きながらの剣だ。
熟練した剣術であり、良い判断でもある。竜太刀が持つ威力の前には、ベテランの彼では、そう長くは耐えることなど出来ないだろうからな。
移動しながら、こちらの強打の威力を少しばかり奪おうという判断だった。いい動きだから、オレもそれに付き合う。動きを模倣するように、レイドー卿のステップを追いかけていく。
斬撃がぶつかり合い、鋼はせわしく歌を放つ。
敵の騎士たちも、オレとレイドー卿の戦闘に気がついたが、激しく体を入れ替えつづける我々の決闘には、介入するタイミングを見つけることが難しい。突きでも放とうものならば、オレではレイドー卿に当たるかもしれない。
連携を取ることは難しくもある。
レイドー卿のステップワークは、かなりのスピードを持っているし……それを追い回すように踏み込みをつづけるオレも、技巧を使っている。犬みたいにまっすぐ追いかけているわけじゃない。ちょっとずつステップに変則的な動きを入れているのさ。
……乱戦でのコツは、動くことだ。そして、敵に誤射を恐れさせること―――レイドー卿は、オレと競い合いをするために、仲間との連携を放棄している。
悪い判断ではない。
最高の判断だ。
まともに打ち合えば、とっくにオレが勝っている。そして、レイドー卿をはるかに下回る腕しか持たない、他の騎士どもを片っ端から始末していっただろう。
レイドー卿は尊敬すべき判断を行っている。オレという強兵を、自分一人で引き受けることで、仲間の盾になっているのだ。
しかしな……オレの若さが、彼の老いを指摘しようとしていた。戦いに焦がれる血潮は熱を帯び、打ち合いの最中にレイドー卿が見せたほころびに対して、容赦のない飛びかかりを見せる―――踏み込まれると悟ったレイドー卿は、防御ではなく攻めることを選んだ。
銀色の斬撃が交差しながら、オレとレイドー卿はお互いの攻撃を越えていく。死線が具象化した、重ったるい空気を貫きながら……オレは死の重さを持つ鋼を潜り、レイドー卿の左腕には傷をつける。
技巧の差はそれほどではない。人生経験の長さが、彼のほうがあるからな。経験値は才能を凌駕することだってある。しかし、肉体の持つ若さが組み上げる身体能力については、こちらの方がはるかに上だ。
それゆえに。
休ませることはしない。
熟練の騎士に、隙を見せることなど、愚かしくてする気にもならんからな。加速し、踏み込み、手傷を負ったレイドー卿を攻め立てる。レイドー卿も反応するのだ。斜め前に踏み込むようにして、攻防一体の見事な斬撃に身を守らせる。
後ろに下がれば、死んでいた。
それを彼は分かっている。斬られながらも、判断した。自分の命を捧げても、オレを止めることを使命に選んだ。騎士道を感じる動き。そういう動きの価値を理解している男の振るう鋼には、真の重さが宿るものだ。
打ち合いが再開した。激しく体を入れ替える、踊り手たちのような躍動の円環に我々は囚われている。打ち合う度に、己の太刀筋の性格を理解し、それを利用して裏をかくように斬撃の軌道と種類を変えていく。
鋼がぶつかり、火花を散らせつつ……剣戟の歌に心が酔いしれる。剣を振るった歴が永い者にしか分からぬ、幸福さを帯びた殺し合いの時間だ。野蛮で暴力的でありながら、どこまでも騎士道である。
手傷を負い、手傷を与えた。
しかし、竜鱗の鎧がオレの肉を守り、こちらの放つ竜太刀の鋭さは勝る。レイドー卿に左耳と左の頬の肉が、大きく竜太刀の鋼に斬り裂かれる―――ああ、感動するよ。彼は、斬られながらも怯まなかった。重心を崩されぬように、剣を手前に抱き寄せ、鋼と一つになりながら、こちらに接近する。
止めを刺すタイミングを潰された。むしろ、彼の動きに付き合えば……こちらが死ぬ。オレはバックステップを刻みながら、取り直した距離を使ってレイドー卿の狙いを壊した。だが、必要以上には退かん。
……それは、戦術的な理由ではなく、竜騎士としての誇りに由来する行動だった。竜太刀の刀身で、レイドー卿の突撃を受け止めていた。睨み合う、深々と斬られた頬からは、大量の血が溢れて来ている。
呼吸が乱れてきているな。今夜の襲撃に対応するために、気力も消費していた。力勝負を続けるのは、リスクが大きい。レイドー卿の出血は、そこそこ大きく、筋力を使えば血が体から絞られるようにして流れ出してしまう。
剣鬼ストラウスの斬撃には、血管狙いの技巧が組まれているからな。それに、その伝統を補完するように、ガルフ・コルテスと共に解剖学のイベントに参加し、テキストを読み漁った。経験値だけでなく、医学の積み上げて来た知識も、この攻撃を裏打ちしている。
「レイドー卿!!す、助太刀を!!」
「私に構うな!!持ち場を維持しろ!!……この男だけではない、敵は、城塞の上にもいる。そして、城塞の外にも……っ。少しでも、生き長らえろ!!シャトーを頼り、援軍の到着まで生き延びてみせろ!!」
「は、はい―――」
―――戦場では、命なんてものを保証してくれるものは何にもない。無情さを現すように、キュレネイの放ったと思しき矢が、レイドー卿に助太刀しようと、オレに近づいていた男の命を貫いていた。
「……くっ!!」
部下の死を感じ、レイドー卿は悔恨の情を貌に反映していた。責任感のある、模範的な騎士だな。
だからこそ、奪う価値のある命だ。
レイドー卿のような男は、死んでも主君であるアルノア伯爵を裏切ることはない。彼のなかにある『正義』と、アルノア伯爵のなかにある『正義』は相反する哲学に根差すものではない。レイドー卿もまた、人間族第一主義者であり……オレの斬るべき敵だった。
……『正義』の敵は、いつだって他の『正義』だからな。戦場ってのは、それぞれの『正義』がもつ暴力の優劣を競う空間だ。
部下を失ったレイドー卿の怒りを浴びながら、オレもまた敵意を燃やす。肉に奔る血潮に殺意の熱が盛り、肌で感じる夜風が冷たさを増した。レイドー卿は、オレが本気を出すことを悟り……勝てぬ決闘であることも悟っていた。
だから。
だからそこ、怯まないのが真の騎士。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
レイドー卿が全霊を注いだ突撃に化け、オレの先手を取ろうと踏み込んでくる……雷のように鋭く、風のように速く、炎のように激しい躍動だ。
―――しかし、それを超越する嵐のような激しさもあるのだ。
アーレスの宿る竜太刀と重心を一つにし、オレは剣舞へと変貌する。ストラウスの嵐、四つに連なる斬撃の嵐。その一太刀目が、レイドー卿の突撃を打ち崩す。竜に剛打に打たれた騎士の鋼は、悲鳴を上げるようにして、その威力を反射させられていた。
体ごと浮かんでしまうような剛打さ―――バカな、レイドー卿が混乱に染まる。人生で経験したことのない重さだろう。速い斬ほど軽いものだが……ストラウスの嵐は例外だ。
荒れ狂う竜の暴虐さを模した斬撃は、ストラウスの剣鬼の全身を参加させている。速さに威力も併せ持っているのだ。そして、暴虐の嵐は連鎖した。
レイドー卿を、致命打の深みを宿した三つの斬撃が破壊する―――斬るに値するべき男から、命を動かす赤が、この凍えるような砂漠の夜風に解き放たれていたよ。
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