第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その五十九
若い兵士は震えながらも、視線を動かしていた。
「……ああ、いい兵士だな、お前は。警笛に視線を向けたな。職業的な忠誠度が高いヤツのことを、オレは好きだぜ」
「……っ」
まだ息をすることも出来ないようだ。横隔膜が裂けるぐらいのダメージは与えているし、肋骨もへし折っているしな。空気を吸おうとしただけで痛みが走るさ。
「お前の相棒はな、もう殺している。救助に期待することは、選ばない方がいい」
「…………」
ゆっくりと目玉の前でナイフの先を揺らしてやったのさ。蛇の舌のように、ゆっくりと揺らす。
「……わ……わか…………っ」
「そうか。痛むだろうが、ちゃんと喋れ。死ぬような傷じゃない。オレは殺す前に、お前の目玉を抉ってやることも出来るんだぞ」
「……あ、ああ……喋る。喋るよ……何だって、聞いてくれ」
「素直な青年のことは好きだよ。さてと、質問の前にルールを教えておいてやろう」
「る、ルール……?」
「そうだ。ルールだ。オレの質問に対する答えが、ブレたら殺す」
「ぶ、ぶれる?」
「嘘を使えば、情報がブレるもんだ。咄嗟の嘘ってのは、自分でも覚えておくことが難しいもんだ。オレは……お前の素直な口が、そういう嘘をつけば、右目から抉ってやることにするよ」
「……わ……わか……りました……っ」
オレはやさしいよな。そこらの傭兵だったら、こういう問答をする前に、片目を抉ってしまっているというのにな……だが、痛みを与え過ぎると、嘘つきになることもある。必死にオレへ媚びて、オレが気に入りそうな情報を忖度してねつ造するかもしれん。
これぐらいがベストじゃないかと、拷問にも詳しいガルフ・コルテスは教えてくれたもんだ。
「……アルノア伯爵の私室の場所を、知っているな」
「…………は……はい……」
「どこだ?すぐに答えろ」
「こ、この物見の塔の下です……」
「正確に答えろ」
「こ、この塔を降りて、み、右手側です……に、二十メートルぐらい進めば、赤く塗られた扉がある……」
「材質は?」
「お、オークだと……思うんだ……よく、分からない。ふ、古くて……何度か塗り直されているみたいだ……本当だ……」
「そうか。アルノア伯爵は、今、どこにいる?ここにいるのか?」
「い、いない……護衛のヤツらと一緒に……どこかに行った……」
「何をしている?」
「…………っ」
「黙るか……どうやら、右側の目玉が欲しくないらしいな」
「ち、ちがうよ。そ、そうじゃないんだよ」
「じゃあ、なんだっていうんだ?」
「…………そ、その」
「時間を稼ぐな。その無意味に長い沈黙は、オレからお前に対しての信頼を失うことになるんだぞ」
「わ、わかった。その、あれだよ、オレは……し、知らないんだ」
「アルノア伯爵の行方を、知らないのか」
まあ、そうだろうな。正直言うと、そこまで期待しちゃいないよ、最初からな。コイツはしょせんは下っ端だ。伯爵のスケジュールまで知っているハズがない。
「そうだ……う、嘘をついたら、殺すんだろ?」
「目玉を抉って、嘘を追及した後に、殺す。傭兵に知り合いはいるか?オレも、そういう種類の人種だ」
「……お、おい。頼むからさ。お、脅かさないでくれよ、こ、怖くてさ、今にも気を失っちまいそうなんだぜ……?」
「気を失うべきではないな。気付けのために、お前の体にナイフを突き立てて揺さぶることになる」
「……が、がんばるよ。意識を、失わないようにする……今も、すごく血の気が引いたけどさ」
「衝撃が強すぎたかもしれんな。全身の痛みに鈍感になっているだろうが、その痛みを探ってみろ。意識を研ぎ澄ませていられるはずだ」
「……全身は、い、痛いよ。呼吸するたびに……体の奥が、ズレているような気持ちだ。鋭いような、鈍いような……変な……感覚だ……」
「それだけ悠長に喋られるのなら、死にはしないさ。オレの機嫌を損なわなければな」
「損なわないようにする……死にたくない……お、オレ……こんなところで、死にたくないんだ……」
「同僚のようにか」
「う、うん……いやだ…………臆病者だって思われてもいいけど……オレ、死にたくないんです」
「死ぬのが怖いか」
「怖いです……怖くて、だから……気を失いそうになっているんだと思う。今も、心臓がバクついているよ……っ」
「オレにはいい徴候だ。さてと、アルノア伯爵の部屋は、どこにあるんだ?」
「え?」
「すぐに答えろ」
目玉にナイフの鋼を突きつけながら、命じていたよ。脅迫は有効に兵士の若い口を動かしていた。
「こ、この塔を降りて、右に20メートルほどですッ」
「ククク!そうだな、確かにお前はそう言ったな」
「はい。だ、だって……本当のことだから」
「そのようだな」
「ええ……そうです……」
「扉の色は?」
「あ、赤です。オーク材っぽいけど……よ、よく分からない材質をしていますっ」
「気に入った。信じてやることにする」
「……あ、ありがとうございます」
「だが。まだ聞きたいことがある。アルノア伯爵の動向について、知っていることを何でもいいから喋るんだ」
「あ、アルノア伯爵は、オレたちみたいな下級の兵士には、顔を向けることもない……せっかく、引き抜かれて、家来になれたと思っていたけど……思っていたよりも、扱いが良くなかった」
「所属している組織を裏切るような男を、本当の意味で信用する者はいない。そう思わないか?」
……空気を吸い込む痛々しげな音が聞こえていたよ。若者は想像力が足りないものだ。自分のことばかりを考えていて、己を客観視することは難しい。まあ、そうでなければ若さに任せた行動力など発揮することはなかろうがな。
若い兵士は、ナイフの銀色の先端が今にも触れそうになっている瞳を、瞬きさせた。悲しみなのか、口惜しさなのか、それとも別の由来を持っている涙なのか。どれかはオレには分かってやれないが、彼の瞳はそれをあふれさせていた。
頬を流れ落ちていく涙のカタマリは、この青年の若い純粋さを現しているのかもしれん。だからといって、彼に対する暴力を緩めてやれるほど、帝国人が好きじゃないのが、オレなんだ。
「泣くヒマがあれば、必死に考えろ。お前は、仲間や忠誠を使うべきメイウェイよりも、己の生活が改善することを望んだ男だ。自分が生き残るために、知恵を出せ」
「……わ、わかったよう……っ。そんな、意地悪するなよ……っ」
「したくもなるさ。オレが、どんなヤツなのかぐらい、分かっているだろ?メイウェイの部下として、この土地で過ごして来たんだからな」
「……北から、やって来たのかい……?」
「そうだ、とだけ言っておこう」
「……わ、わかったよ。詮索はしない。だから、助けてくれ。オレは……卑怯者と罵られてもいいから……い、生きていたいんだ……っ」
「それも一つの選択だ」
9年前、ガキだったオレならば、こういうコトバを吐いた軟弱者に対して、ガルーナ騎士の鋼を打ち込むことで感想にしていただろうが……9年もあちこち旅して、色々と性格も円くなっている。
「罪悪感を抱く男の誠実さは知っている。いいか、質問するぞ。メイウェイの敵に回ったお前は、メイウェイを陥れようとしているアルノア査察団から、色々と質問もされたんじゃないのか?」
「さ、されたよ……」
「……アルノアは、どういう風にメイウェイを陥れようとしているのか、お前はその質問をされた時、頭をよぎった考えぐらいあっただろう」
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