第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その五十七
……星の居場所が少しだけ変わり、オレたちは全ての準備を終えていた。眼帯でいつもの通りに左眼を覆い隠し、望遠の力を用いてのシャトーの観察も停止する。
敵の動きに、大きな変化はない……酒盛りが始まったのか、見張りの兵士たちが羨ましげに視線をシャトーの内側へと向ける回数が増えたぐらいのことだ。
レイチェル・ミルラが宴を盛り上げているのかもしれないな……敵は油断している。集中力を欠如して、酒と音楽と娼婦たちに心を奪われ始めている頃さ。
「……それでは、動くとしよう」
「そうですな。そろそろ敵を攻撃しておく必要がある時間帯になります。『ラーシャール』から、メイウェイの軍勢をこちらに差し向ける必要がある……」
「砂漠をマラソンさせて、疲れさせるんすね!」
「そういうことだ。体力は有限だからな。少しでも、帝国側の勢力を分散して、バルガス将軍の攻撃を援護してやるのさ」
陽動作戦というわけだ。冷たい夜風の吹き荒ぶ砂漠を、全力で走らせる―――敵の体力を疲弊させる行いにはなるし、メイウェイ軍に混乱を与えることにもなるさ……疲れた敵を撃破することは、容易いものだ。
……もちろん、このマラソン一つで戦に勝てるわけではないが、こちらがしてやれる援護は全てすべきだからな。
それに……メイウェイとアルノアの仲違いをさせる情報を確保することが出来れば、儲けものだ。
「リエル、行くぞ」
「うむ!ゼファーよ、今夜も頼むぞ」
『うん!『まーじぇ』、『どーじぇ』、ぼくのせなかにのって!』
砂地に体を身に伏せることで、ゼファーはオレとリエルのために、その背を見せてくれる。オレはゼファーの背に跳び乗り、リエルも続いた。
『じゃあ、いくよー!』
ゼファーは身を起こすと、走り始める。砂を蹴り上げながら、ゆっくりと長い首を持ち上げて行く……夜風を首の裏側で切り裂くことをゼファーは楽しんでいた。わずかながら鼻歌を響かせている。
加速を深めて、翼を広げる―――風を翼に受けて、そのまま浮かぶ。翼をひねり、ゼファーは空へと持ち上がっていく……夜の色をした空を翼で何度か叩きながら、空高くへと浮かんでいった。
砂漠の夜空はさらに冷えている。この土地が、高地にあることを思い知らされる。
「……日中は暑いのに、夜はこれかよ」
「うむ。なかなか、体調管理が難しい土地だな……しかし、このぐらいの寒さの方が、『ベイゼンハウド』帰りの私たちとすれば、肌に合っているかもしれん」
「まあな」
「……寒いのならば……っ」
小さな声はかき消えていきながら、体重となってオレの背中にもたれて来た。
「……ふむ。鎧越しでは、伝わらないか」
「いいや。お前の体重を感じると、温かさを感じるよ」
「体重とか言うでない」
「軽いよ。でも、伝わるものは大きいのさ」
「……そういうコトバなら、気に入っておくことにしてやろう」
エルフの少女は体重を気にするらしい。まあ、他の多くの種族だってそうだがな。例外は、ドワーフ族ぐらいかな。彼女たちは、自分の体重が軽くてスリムなことに屈辱を感じているようだ。コンプレックスの所在というのも、それぞれの文化に根差すらしい。
猟兵夫婦を乗せたゼファーは、敵の視界に見つからないようにするため、上空高くを目指していった。
『……このたかさならー……みつからないっ!』
「うむ!いい高さだ。人間族の兵士は、上空を気にすることは少ない。だが、北の山や星を見つめるようなこともある。ヤツらの角度は、上には60度ぐらいが有効なのだ」
『ろくじゅーどだね、それをけいさんして、たかくとぶー』
「そうだぞ」
ガルフ・コルテスの繊細な感性は、そういう知識もオレたちに伝えてくれている。ヒトの視野の広さは、種族によって異なっている。人間族よりエルフ族の方が、上下に7度ぐらいは平均で広いようだ。
エルフ族の医学書と、人間族の医学書の違いをガルフが見つけて、オレたちの知識に加えていったのさ。
それぞれの種族の骨格とか体質を戦術に反映することで、敵の行動をより具体的に想像することも可能だ。ヒトってのは、種族的なスペックに準じた行動を取るものだからな。
リエルの小さな指が、オレの目玉を背後から目隠しする。
「ゼファーよ。ソルジェと心をつないで、視野を共有してみろ。私の人差し指が見えなくなる角度が、フツーの人間族の限界だぞ」
『んー。せまいねー』
「ああ。お前たち竜に比べてみれば、狭いのだろう。我々、エルフ族も、そう大きくは変わらんものだ。ドワーフはより狭く、ケットシーの視野はエルフ族よりも広い。巨人族は横の視野が広いが、上下のそれは狭いのだ」
そんなコトバと共に、リエルの指がオレの右の目玉の前で、形を変えていく。オレを教材にリエルの授業はつづくが……オレだって、アドバイスの一つぐらい送りたくなっていた。
「……星を角度の目安にするんだぜ、ゼファー」
『うん。わかったよ、『どーじぇ』っ!』
ゼファーも竜だ。記憶力がいいからな、リエルのコトバの一言一句の全てを覚えているさ。『マージェ』から知恵を学び取るのも、仔竜の仕事だ……敵の視野を考えるということは有効な行為だしな。戦場での授業も、実戦的で好ましくある。
「よいな、ゼファーよ。ヒトは美しいモノに惹かれてしまうものだ。星や月を見上げることもある。どうすべきだ?」
『え、えー?』
「強い光を放つ星や、月の光に影を映すようなことをすべきではない、ということよ」
『なるほど!……つまり、きたのつよくひかるほしと、つきからにげるように、とんでおけば、みつかりにくいんだね?』
行動に移しながら語ってくれるのが、ゼファーの賢さを現しているな。星や月の輝きから、ゼファーは逃れるように西へと回り込んでいく。
「そうよ。いい動きだわ」
『えへへ!』
「ヒトは、美しいものだけでなく、好奇心を引かれるものにも敏感に視線を動かすのよ』
『こうきしん……どんなの?』
「他とは異なる形、そういうところにも、無意味に視線を向けることがあるわ」
『ほかとは、ことなるところ……?』
ゼファーは首を傾け視線を動かしていく。夜に沈んだ世界を見回した後で、ゼファーは幾つかのランドマークに注意を引かれていた。
『……ちょっとだけおおきな、すなのおかのかげとか。とおくにひかる、まちのひかりとか……あと、きたのやまたちの、ぎざぎざしたところとか……?』
「視線を動かして、自分の心が何かを感じてしまうトコロ。そういうトコロにも、ヒトは不意に視線を向ける。敵から隠れるときはね、そういうことも頭に入れるのよ」
森のエルフの狩猟術も混じっているんだろうな。オレたちの戦術は、ガルフが創ってくれたモノを、ただ受け継いでいるだけじゃない。新たに取り入れるものもある。自分だけの経験値が生み出す、オリジナルの経験則ってものもな……。
『……こういうとびかたをしてみる!』
竜の賢さが、心のなかに飛ぶべき軌跡を生み出していた。ゼファーはより隠密さを作り上げるために、山脈のギザギザとした場所や、特徴的な砂丘がある角度も避けるようにして、シャトーの南側へと抜けていた。
敵の見張りに見つかることはなかったよ。
「いい飛び方だ」
『うん。とんで、わかった……『どーじぇ』も、ときどき、こういうとびかたしてた……っ』
「ククク!……ついにバレてしまったか」
賢い仔竜の首根っこを、竜騎士の指で撫でてみる。ゼファーは、楽しげに喉をググググ!と鳴らしていたよ。
『……こんやも、かしこくなった!』
「そうね。敵を侮らないこと。敵にだって、幸運が訪れることもあるの。私たちに、不運が襲いかかる時もあるようにね。幸運も不運も、戦場に影響を与える、不確定で読めない要素。それも、覚えておくのよ、ゼファー」
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