第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その五十五
ククルは馬に跳び乗ると、そのままゆっくりと砂漠を歩かせていく……『メルカ・コルン』は身体能力も高く、馬術にも長けているからな。砂漠という悪い立地でも、ククルならば問題なく乗りこなせると踏んだが……問題は無さそうだった。
賢い彼女は、砂上での馬術を見物することで、コツを盗んでいるようだ。砂漠を20メートルほど走らせていたが、ククルの体は鞍の上で完璧な安定を見せている。馬術のコツはいくつもあるがね、馬に任せるのが基本だ。
よく訓練された軍馬は、手綱から伝わるククルの意図を理解して、見事な加速と急旋回をして見せた。
「……砂漠は初めてなんだろうに、あの娘はスゴいね」
ナックスが感心したという表情を浮かべながら、肩をすくめていた。オレは自慢気に顔をにやつかせる。
「オレの妹分だからな」
「……サー・ストラウスの妹分か。なるほど、何が出来たって、おかしくない」
「オレよりも出来ることは多いさ。優秀な子だからな」
「頼りになるよ。怖いぐらいにね……」
「アンタも、馬の練習をしておくか」
「……ああ。そうだな。久しぶりだから、そうしておく……」
「弓は使えるな」
「もちろんだ。弓も槍も使える。オレは、それなりに優秀な兵士だった……仲間たちの最期に、共にいることも叶わんかったがな」
「これで終わりではない」
「……そうだった。スマン。少しばかり、ナーバスになっているんだよ」
「しょうがないさ」
「……馬に乗って、練習しておこう。オレだって、砂漠育ちだ……サー・ストラウスの妹分に、少しぐらいはアドバイス出来ることもある」
「頼む。心強い」
「……いい指揮官だよ。アンタは、ヒトのやる気を起こさせる力を持っている……さて、仕事にかかるかな」
ナックスは馬を歩かせて、ククルのもとへと向かってくれる。『メイガーロフ武国』軍人のアドバイスだ。砂漠について全てを知っている男の言葉は、ククルにとって大きな価値を持つ。
才能や知識だけでは、経験値というものの不在を、完全に克服することは出来ないものだからな……。
ナックスは多くの砂漠騎兵たちの失敗談を、ククル・ストレガに継承してくれることになるだろう。
教訓に満ちた失敗の歴史、それこそが最良の経験値となり、戦士をより上等で、失敗の少ない存在へと導いてくれる。
砂漠での馬術は、ククルには未知の行いだし……オレにも語ってやれることはない。経験を持つ者だけが、その授業をしてやれるのだ―――後から、ククルにナックスがどんなコトを聞いたのかを教えてもらうとしよう。
『パンジャール猟兵団』にとっても、ナックスの経験から来るアドバイスは、耳にする価値のある情報なのは間違いがないからな……そうだ。
「ミア」
「ラジャー。ナックスちゃんが、どんなアドバイスをしているのか、聞いておくね」
「ああ。そうしろ。強くなって来い。馬術の知識と理解も、竜に乗るための練習には持って来いだからな」
「うん。ルルーを、私の竜にする。いい竜騎士にならなくちゃ」
セミ・モードでくっついていたミアが、オレの胴体から離れて行く……名残惜しいものだが、ミアの目標達成のためには、お兄ちゃんはガマン出来るのさ。ミアはスタタと軽やかな足運びを使い、ククルとナックスと馬たちがいる場所へと向かった。
「……ソルジェさま」
背後からかけられた声に、オレは振り返る。我が妻、カミラ・ブリーズがいた。
「よくやってくれたようだな」
「は、はい。どうにか……自分たち、ホーアン長老を説得することは出来ました。バルガス将軍の心を、酌み取ってくれると約束して下さいました……憎悪を克服する努力を、働きかけてくれるそうです」
「上出来だ」
カミラの頭をナデナデしてやるのさ。
「……えへへ。ソルジェさまたちは、どういう状況なんですか……?」
「ドワーフの大穴集落は、『ラクタパクシャ』に襲われた。被害は大きいが……彼らも、オレたちに協力的だ」
「……『メイガーロフ』にいる方々の力を、集められているんすね、自分たち……っ」
「ああ。東の果てにいるケットシーの山賊たちも、ドワーフに力を貸してくれるかもしれんということだ。今夜の戦いで、『イルカルラ血盟団』の戦果を上げさせて、なおかつ死者を減らすことが出来れば……今後の戦いは有利になる」
「……自分、がんばるっす!」
「期待しているぞ。カミラ、お前の『コウモリ』は、攻守の要になる」
「はい。魔力を、貯めておくっすね」
「そうだな、オレの血を吸っておくか」
オレは竜鱗の篭手を外した、古い傷だらけの左腕をカミラは愛おしげに両腕を絡めて、抱き寄せてくれるのさ。
「……いただきます、ソルジェさまっ」
悪戯っぽい笑顔でそう告げて、神はオレの前腕に、あの白くて尖った歯を立てるのさ。
カプリ。
小さな痛みが走り、カミラの歯がオレの肌を貫いていた。『吸血鬼』の能力の一つなのだろうな。この吸血行為には、痛みはずいぶんと少ないものだ。ピンク色の舌で、オレの血を必死に舐め取っているカミラを、やたらとセクシーだから好きだな。
三十秒ほどの行為が終わり、オレの吸血鬼さんは魔力をたっぷりと補充していた。オレの腕には噛み痕は残らない。『吸血鬼』の牙を受けた部分は、何故だか傷が即座に塞がってしまうのさ。
「ぷはー。魔力、補充完了っすよ」
「……夫婦の時間は十分ですかね」
ガンダラが大きな体で近づいて来た。リエルと一緒に、キュレネイからオレたちが作り上げた作戦を聞いていたハズだが、もう完璧に理解したのだろう。リエルは、もう少し時間がかかるだろうな。
キュレネイとガンダラの戦術理解力は、猟兵のなかでも桁外れだから、そうなるのさ。
「夫婦の時間は十分じゃないが、仕事の時間が迫っているからな」
カミラに竜鱗の篭手をつけてもらいながら、オレは巨人族の副官殿を見上げた。いつだって冷静な表情のガンダラは、今夜もそのクールな顔面を星明かりに照らしている。
「そうですね。報告したいことが、幾つか」
「どういうのだ?」
「『メイガーロフ』以外の動きです」
「……『自由同盟』が、クラリス陛下が動いてくれるのか?」
「小規模ながら、戦力を送り込んでくれるようですな。『メイガーロフ』を侵略出来る戦力ではありません。クラリス陛下は、気配りをして下さっている」
「大量の戦力を送れば、『メイガーロフ人』は反発するかもしれないからな」
「タイミングというものもあります……残酷な言葉でもありますが」
「……まあな」
大軍を送ってもらえれば、帝国軍との戦いは楽になるのは事実だ。しかし、外交上の取引が出来ていない。『メイガーロフ人』の総意をまとめられるような器……現状では、おそらくドゥーニア姫だけだが。
『メイガーロフ人』の代表者を作り上げて、彼女と『自由同盟』が外交を行い、同盟関係を結ぶ―――その手順が、どうしたっているのさ。そのタイミングを待っている間に、オレたちは『イルカルラ血盟団』のベテランたちが、帝国軍との戦いで大量に死ぬことを許容することになる。
……『パンジャール猟兵団』だけでも、十分にあがいてみせるが……仮に、6000の軍勢をクラリス陛下が送り込んでくれれば、『イルカルラ血盟団』の死者を大きく減らすことにつながるだろう……。
外交を構築するまでに要する時間が、それらの連携を難しくしている。
「……難しいもんだな」
「ええ。世の中は、複雑なものですからな。手順の通りに動かなければならぬこともあります」
「……知っているさ。政治的な誤解は争いのもとだってこともな……だからこそ、オレたちが汗をかくべきだ。帝国を倒すことは、かなりの手間だからな」
「ええ」
「それで」
「はい?」
「……他にもあるんだろ。そんな顔を……いや、視線がそう語っているぞ、副官殿よ」
「……カードゲームでは、読まれないのですがな」
「読ませてくれる気があることは、オレにだって分かるよ、ガンダラ」
隠すつもりはなく、報告したいことがオレにあるようだ。つまりは、朗報の一種ではあるのかな……そんな希望的な考えを頭に浮かべていた。
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