第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その三十二
竜鱗の鎧は乙女たちの手により水気を拭い去られていく。心なしか、蛮族の指によりそれをされるよりも、鎧の鋼が喜んでいるような気がした。
血も砂埃もすっかりと落ちた竜鱗の鎧。美しさを取り戻してはいるが、それでも戦闘の痕跡はあちこちに残っている。
剣や槍や斧がかすった後もある。敵の群れに突っ込むような蛮勇の身を守ってくれる鋼だからな、そんなことになるのは当然だった。
オレは道具袋から鎧の継ぎ目に塗り込むための油を取り出した。この油を鎧の継ぎ目に差しておけば、激しく動いてもガチャガチャと大きな音を立てることはないのだ。
「……ふう。ソルジェ兄さん、竜鱗の鎧を拭き取りましたよ」
「ああ。ありがとう。この台に持って来てくれるか?」
「イエス。運ぶであります」
十数個のパーツに分解されている、オレの竜鱗の鎧をキュレネイとククルは作業台の上に運んでくれる。ドワーフ仕様だから、低い台だ。本来は、洗濯物を伸ばして叩いたりして水気を抜くために使う台だろう。
だが、鎧を置くことだって出来る。
なんだって使い用だということだな。シンプルな道具であればあるほどに、使うヤツの知恵が反映されやすいもんだよ……さてと。さっさと仕上げてしまおう。
三人がかりで流れ作業だ。オレが、竜鱗の鎧の所定の部位に対して油を差したり、指で塗りつけていく。そのパーツをキュレネイとククルが素早く組み立ててくれる。
竜鱗の鎧の組み方は、この二人はさっき理解したようだった。分解しながら、その形状を把握するのさ。それぐらいなら、凡庸なものでも出来ることだが、記憶力もいいキュレネイとククルは、分解の手順も完全に覚えているだろう。
手順を逆にすれば、組み立ては完成する……理屈は単純だが、十数個のパーツがどういう順番で組み立てればいいのかを、一瞬で暗記することが出来る賢さを持つヤツってのは稀だ。
少なくとも、オレには出来ない。ガルーナ人は、そんなに知性を武器にして生きて来たタイプじゃないからな…………とくにストラウスさん家は、バカばっかりだからな。空と飛ぶことと武術に関しては研究熱心だが、それ以外のことに関しては頭の悪さが目立つ。
……例外なのは、オレの姉貴ぐらいか。
マーリア・ストラウス……いや、今となっては、帝国貴族アンジュー家の女、マーリア・アンジューか。彼女は、ストラウス家には珍しく賢い頭脳の持ち主であった、気性の激しさは一族の例外に漏れることはないがな。
あの女。オレの腕に剣をぶっ刺したもんな……オレは、躊躇しちまったというのに。クソ、戦士としての才は、マーリア・アンジューの方が上かもしれん。
……まあ、いいさ。
次は……決着をつける。戦い方も分かったし、手の内も読めた。オレも、そんなにバカじゃない。残酷さを使い分けることだって、覚えちまうさ。
器用な指を走らせて、鋼に油を塗り込んでいった。作業は、すぐに完成した。3人がかりで行えば、たった一つの鎧に油を差して組み上げるなんてこと、たやすいもんだよ。
「……出来ましたね!」
「イエス。楽勝でありましたな」
猟兵女子たちが、ハイタッチしている。キュレネイは相変わらず無表情でも、表現したい感情を行動で現してくれる子だよな。
「……風呂上がりに、油臭くなる仕事を手伝わせちまって、悪かったな」
「いいですよ。油ヨゴレを落とすには、果汁を煮詰めて作った洗剤がありますから」
「あの一滴で、色々な油が分解されてしまうであります」
「そうだな。血肉も分解されて、鋼や陶器が脆くならないってのはいいな」
錬金術士ってのは、そういうアイテムを発明した瞬間、大金持ちになれる可能性があるのだ。もちろん、世の中ってのは複雑だから、発明を奪われることだってあるものさ。いつか読んだ新聞の記事には、そんな憐れな男の物語が記されていたよ。
偉大な発明を成した錬金術師を、ライバルの錬金術師が襲って殺し、その発明品を奪い取ったというのだ……金や、あるいは名誉が絡んだとき、人ってのはどんなことでもしてしまう、恐ろしい動物であり……そこに関しては、賢い錬金術師サマたちの場合でも変わらないらしい。
とにかく。
完成した竜鱗の鎧を、身につけておくとしよう。
オレは着替えの服に着替えると、その上に鎧を装着していった。手慣れたものだし、手伝ってくれる乙女の腕が二人ぶんもあれば、竜鱗の鎧を素早く着込んでしまうことは難しい仕事じゃなかったよ。
「……よし。オレの第二の皮膚が、体にくっついたぜ」
「ソルジェ兄さんの体つきに、本当にピッタリと作られていますよね」
「そうだ。オーダーメイドの品だからな……」
「『奇剣打ち』も、良い仕事をするでありますな」
「腕だけはいいからな。性格は、良くないし。反社会的なダメさがあるが」
「なんだか、厄介そうな人ですね。この鎧の製作者って……」
「厄介だな。一度、殺されかけたこともある」
「ソルジェ兄さんを、ですか!?」
「ああ。まあ、他のヤツらとで、連携してだがな。一対一なんて甘いコトを、戦士は好みやしないもんだ……さて、どんなだ?」
竜鱗の鎧を身につけたオレは、その場でゆっくりと回転する。見せびらかしたい?……そういう願望もありはするけど、どこかに致命的な破損があったりしないかを確かめるためという理由が大きい。
「問題は、無いように見えます」
わざと腕を振り回し、体を折り曲げてみて、鎧のパーツが変にこすり合った歌を放ってしまわないかを試してみたが―――問題はない。
慣れ親しんだ竜鱗の鎧に、戻ったのさ。『ラクタパクシャ』でもの穢れた血から解放されて、光を吸い込む漆黒の深さを鋼は宿す。
「リング・マスター」
湯上がりのおかげで、色気が上昇しているレイチェルが、ノックをすることもなく浴場の引き戸を開けていた。
「風呂はもういいのか、レイチェル?」
「ええ。いい温泉でしたわ。リング・マスターも、いつになく上機嫌です。楽しめたようで何よりです」
「ああ」
「……でも、あんな襲撃が起きた直後で……いえ。いいんですよね、これが、ドワーフの文化に適っている」
「イエス。そうでありますぞ。ドワーフは気高く、意固地でガンコであります。そんな彼らに客人として招かれたのであれば、気遣いなどしないことが正しい」
「はい。心に留め置きます」
マジメにうなずく妹分がそこにいたよ。
オレはククル・ストレガの素直さに、どこか癒やされながら……蛮族の嗅覚は料理のにおいに反応していた。
「……豚肉料理のようだな」
「イエス。甘い脂の香りが漂ってくるであります」
「……レイチェルのカレーも美味かったが……『メイガーロフ・ドワーフ』の料理も美味そうだぜ」
「そうですわね。私のリング・マスターへの愛情がたっぷりと詰まったカレーに勝てるかはさておき……夜に備えて、体力を回復をさせておく必要はありますわね」
「ああ。メシを食って……その後は、アルノア査察団を襲撃することになる。そして……『ザシュガン砦』の特攻をサポートするぞ」
「メイウェイを倒すんですね?」
「……そうだ。強く有能な男であると認めざるを得ない評価をしているが。帝国の軍人だからな。あくまでも攻撃対象だ。語り合うのは、言葉じゃなくても、鋼でも出来るからな」
「……アルノア伯爵の有利な状況になりそうですわね」
「まあな……だが、アルノアにも打撃は加わる。アジトを攻撃するんだからな……期待し過ぎるのは良くないが、幸運があれば……ヤツも今夜、捕らえることが出来るかもしれん」
「たしかに、過度な期待はノーでありますが、幸運を祈ることぐらいは……するであります…………」
無表情の美少女が、いきなりオレの背中に飛びついてくる。
「どうした?」
「……お腹が空いて、動きたくないであります。セミのように、団長に張りついているでありますから、移動をよろしく頼むであります」
「……そっちの方が、疲れませんかね?」
「ウフフ。ククル。乙女の力の源は、理性だけではないんですわよ」
「どういう、意味でしょうか……?」
「レイチェル、ククルに妙なことは吹き込んじゃダメでありますぞ」
「……分かったわ。さて、夜に備えて、ご馳走をいただくとしましょうか」
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