第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その二
「では、ソルジェさま、皆!ドワーフさんたちの説得は、お任せしましたっすよ!!じゃあ、行きますね、ガンダラさん!」
「ええ。頼みます、カミラ」
「『闇』の翼よ―――ッ!!』
カミラの気合いを帯びた声が響き、彼女の影が自身とガンダラだけを器用に呑み込んでいった。影は無数の『コウモリ』へと化けて、爆ぜるように空へと飛び出して行く。昨日からカミラの『コウモリ』に頼りっぱなしだな。
しかし、効率的なのだ。時間を短縮するという一点で、この移動方法は最適ではあった。もしも、ゼファーで地上に接近してしまえば、帝国軍のヤツらにバレてしまうからな。離れて降りていては、移動に時間を食ってしまう。
『行って参りまーす!!』
「がんばってくるでありますよ」
「がんばって下さーい!!」
「……ウフフ。カミラったら、とても張り切っていますわね、リング・マスター?」
「ああ。バルガス将軍たちを、助けたいと考えているんだろうさ」
『コウモリ』の群れは、地上へとパタパタと翼を揺らしながら降りていく。いつものようにその動きは可愛らしくは見える。
だが、『太陽の目』を説得しようと考えているためか、あの小さな翼たちは、いつもよりも力強く羽ばたいているようにも感じられるのだ。オレも、『コウモリ』の羽ばたき方に、ずいぶんと詳しくなってきているらしい。
『じゃあ。こんどは、どこにいくのー?』
幼く甘えるような声で、ゼファーは訊いてくれる。ハナシを聞いていなかったわけじゃなくて、わざとさ。オレに甘えるフリして、ナーバスになっているオレを癒やそうとしてくれているのさ。
ああ、ゼファーの声のおかげで、少しだけ緊張がほぐれてしまうな。ガンダラに『覚悟』を迫られて、ガラにもなく緊張していたらしい。
展開次第ではあるが、オレは……かつての自分から、また少し違う存在へと変える必要に迫られそうだから、ちょっとストレスを感じてもいるのだ。
「ゼファーよ、南だ!!南に向かうぜ!!」
『らじゃー!!』
黒い翼と尻尾が、砂塵舞う空のなかで大きくうねり、ゼファーは南へと顔を向ける。翼で空を強く打った後は、南に向かってなだらかに標高を下げていく地表に合わせて、滑空することを選んでくれた。
『ガッシャーラ山』からの風にも乗っている。これならば、ドワーフたちのテリトリーに入るまで、そう時間はかからないだろう。
ゼファーの背の上に、沈黙が訪れていた。ゼファーは鼻の穴に入って来る砂塵に、鼻先をヒクヒクとさせているし……猟兵女子たちも今は静かだった。
こういう沈黙があると、やはり考えてしまうな。
……ガルーナの宿敵、バルモア連邦。ヤツらとさえも時には協力しなければ、ファリス帝国を打倒することは難しい。その現実に対して、どこまで自分を殺せるか。
……いつかもガンダラに訊かれたな。違う言葉ではあったが、問われている意味は同じコトだった。
『受け入れる度量』。政治屋の……いや、『ガルーナ王』としての器を、ガンダラに求められている。
乱世で国を導くことの出来る、王としての度量を持つ男。そういう男にならなければいけないのだがな……でも、やはり状況は流動的なんだ。どうなるかは、分からない。何よりも、自分でもどうなって欲しいのか、少し迷ってもいる。
最良のシナリオは、『イルカルラ血盟団』に他の『メイガーロフ人』勢力を集結することで戦力を組み上げて、その軍勢の力をもって『メイガーロフ』から帝国軍を一掃することではあるが……。
それが果たしてどれだけ現実的なことなのか。仮にそれで勝利が成ったとしても、彼らと『自由同盟』が交渉を進めている間に……帝国軍は次の戦力を送り込む可能性がある。
『メイガーロフ』よりも南へと進めば、『内海』がある。この海では帝国貴族たちによる亜人種の奴隷貿易が盛んに行われているわけだが。彼らを解放し、こちらの戦力に組み込むためにも、やはり、それなりに時間を必要とするのだ。
……『メイガーロフ』の守りを固めるには、『メイガーロフ人』の戦力だけでは、やはり足りないように思えるな。『自由同盟』の戦力も有限だ……砂漠でも使える戦力を選抜するとなると、それにも時間がかかる。
……やはり、ヤツらの戦力そのものを頼ることは……戦略的には間違いではない。不可能?……いいや、戦況次第では、こちらと合流することは十分にあり得る。ヤツらだって、追い込まれてはいるだろうからな……。
「……ソルジェ兄さん、考え事ですか?」
脚の間にいるククルが、オレの胸に後頭を当てながらそう言った。
「……まあな」
「さっきの、ことですね」
「……そうだ。ククルやキュレネイは、あの会話の意味が分かったと思うが……」
「あら?リング・マスター、私にも分かりますわよ?」
レイチェルがそう主張する。そうか、オレは彼女のことを過小評価していたらしいな。
「リング・マスターがお悩みになられることなんて、そう多くあることではありませんもの」
何だかアホな男に対して使われる言葉のような気がしたよ。だから、ちょっとだけ反抗ってものをしてみるのさ。
「……なあ、レイチェル。オレという男は、君が考えているよりも繊細な動物かもしれないんだぜ?」
「いいえ。リング・マスターのことは、よく理解していますので。貴方は、良い意味でシンプルですわ。そうですわよね、キュレネイ?」
「イエス。団長は、いい意味でシンプルであります」
「……いい意味でのシンプルね」
野蛮人につけるには、丁度良い評価かもしれないが。少しばかり、軽んじられているような気持ちにもなってしまうな。
レイチェルにはオレの苦笑いしている顔面は見えないからな、彼女は言葉を続けることを選んでいた。もちろん、オレの顔面がどんな表情になっていたとしても、レイチェルは語りたいときに好きなことを語る人物ではあるがな―――。
「―――復讐者である自分が、薄らぐこと。それが、リング・マスターがお悩みになれる数少ないコトの一つですわ」
……ああ、やっぱり過小評価していたな。復讐のために生きる者同士として、その気持ちを誰よりも理解してくれるのは、レイチェル・ミルラその人だってことを失念していたよ。
「……シンプルなようだな、オレは」
「ええ。ですが、それは純粋であるということですもの。それに……復讐者であることに誇りを思えるのは、愛ゆえのことです」
「愛か……」
「奪われた故郷と……そして、『家族』。その痛みが、貴方を今日まで生き長らえさせて来た。失った愛が大きいからこそ、貴方の怒りも、とても大きいのです。私は、そんなリング・マスターを好ましい殿方だと思いますわ」
「ククク!……レイチェルに褒められちまったな」
「そ、ソルジェ兄さん。私も、ソルジェ兄さんのことを、こ、こ、ここ、好ましい殿方だって、思っていますから!?」
ククルにも慰められたよ。オレは、彼女の黒い髪をナデナデしてやるのさ。
「ああ。ありがとよ」
「……あうー。なんだか、思っているカタチで伝わらなかったよーな気がします……っ」
「団長。私も、団長の特別な犬として、団長を好ましい殿方だと考えていたりするでありますぞ」
『ぼくもー。ぼくもー』
「……ああ。ありがとうよ、キュレネイも、ゼファーも。オレも、皆のことが、心から大好きだぜ!」
皆に慰められていた。好きだぜーって言われると、自尊心が回復する。復讐者であることが薄らいでしまうコトの苦しみってものから、オレはちょっとだけ解放された気がするよ。
「……リング・マスター。私は、リング・マスターの選択を支持しますわ。どんな状況に転んだとしても、『パンジャール猟兵団』の猟兵たちの絆は、壊れることはありません。それだけは、理解しておいて下さい」
「イエス。私たち猟兵は、ファミリーなのであります」
「そ、そうです!私たち、ソルジェ兄さんの『家族』ですからね?……どんなときでも一緒です。たとえ、お仕事のせいで離れ離れになったとしても、心は、ずっと一緒なんですからね。私も、私だけじゃなく、ククリも」
「……ああ。分かってる。ククリの分まで、お前の頭をナデナデしておくよ」
「は、はい。その、お願いします……」
ナデナデする。やわらかな妹分の黒い髪をな……そうだ。迷いは尽きない。これはオレにとっては、なかなか難しい問いだからだ。しかも、他の仕事もあると来ている。
……スケジュールは密だが、それでも『家族』が共にいてくれることは、何とも心強い―――っ!?
『……っ!!『どーじぇ』、たいへん!!……みなみのほうで、けむりがあがっているよっ!!』
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