第二話 『アプリズの継承者』 その十八
「……ふむ。ここが、それなのだな?」
リエルは手でその白い岩壁をペチペチと叩きながら、オットーに質問していた。
「ええ。ジェド・ランドールの日記が最後に大嘘を書いていなければ、その岩壁を横にスライドすると、『ヒューバード』にあるイース教会の地下に出ます」
「ビールの蔵か……教会の者に、バレてはいないだろうか?」
「ドワーフの隠し扉ですからね。おそらく、そう簡単にバレることはないと思います。見つけたりすれば、多くの者に探られているはずです。ドワーフの隠し通路なんて見つかれば、冒険者や盗掘人が大勢訪れることになりますから」
「欲深い者は多いということか。まあ、有名でないのなら、この通路はバレていない?」
「そう判断しても良いと思いますよ。床のホコリについていたのは、一人の人物の足跡だけですし。しかも、我々と同じ方向に靴先を向けて歩いた者……」
「幅広の足跡……ドワーフのものか。ジェド・ランドールの足跡だな」
もちろん、狩人として高い技巧を有しているリエルも、その足跡には気づいていたさ。32年前の、ジェド・ランドールの足跡。オレたちは、それを確認している……。
「……ここを開けて、そこが教会の酒蔵だったら……ハイランド王国軍を『ヒューバード』の城塞内に侵入させることは、十分に可能というワケだな」
「そうなります。『アルトーレ』で、クラリス陛下たちが見せた戦術、それの再現が出来ますよ」
大勢の『虎』を、城塞内に送り込み、暴れさせるか……。
『自由同盟』の攻城戦の策としては、間違いなく、最強の戦術だな。しかし、警戒されているのも確かだ。
……二度目の奇襲か。最も警戒されている攻撃が、上手く行くとも限らない。最強の戦術が、そのまま最良の選択となるとは言えないものさ。
オレは、教会へと続く隠し扉から目を反らす。この通路の横には、鉄格子がある……その鉄格子から下を見ると、そこには、あの地下水路が走っているのだ。
「……隠し扉が開かない場合。あるいは、敵兵がそこに待ち伏せしていた場合の、二番目の選択としての脱出路か。この鉄格子を切断すれば、ロープを使い、地下水路に逃げることも可能」
「……でも、お兄ちゃん。ここって穴開いているよね?」
「ん?ああ、開いているな?穴というか……格子窓だ」
「……ここから、呪いが漏れなかったのかな……?」
「……ふむ」
「ミア。この通路が、高い位置に来ていることに気づいていますね?」
「うん。ビミョーに坂道だったよね、しばらくのあいだ」
「ダンジョンに満ちている呪いは、基本的に空気より重いようです」
「えーと、じゃあ、これぐらいの高さなら、呪いは来ない……?」
「そうだと思います。『高低差』を利用して管理することで、ダンジョン内からアンデッドが外に出ないようにしているのでしょう……」
「だから、あの錬金術師サンの部屋も、ちょっと高い場所にあったの?」
「色々な理由があっての配置だと思いますけれど、その理由もあったと思いますよ」
高低差を利用した呪術か。
必要以上に高い位置には、『英霊繰り/シャウト・オブ・モルドーア』は機能しないということだな。アンデッドが、外に出たがったりすれば、護衛としての役目を果たせないというわけか。
その結果、ありがたいことに『ヒューバード』の地下から、アンデッドさんたちはお外に出かけて人肉を喰い漁ることもナシってことだな……。
「空気より重く、水に溶けやすい……そういう種類の呪毒というわけっすか」
「ええ。閉鎖的な空間では効率的なのかもしれません。強い呪いを、広範囲に拡散させないための仕組みとも言えますね」
「……むー。呪術って、むずかしー」
そう言いながら、ミアはロロカの胸に顔を埋めた。疲れた頭をロロカの巨乳で癒やしたいのだろうな……。
「じゃあ、また今度、しっかりと理解出来るように勉強しましょうね」
「……ど、どんと来い……っ」
勇敢なる13才は、勉強に対しても怯むことはないのだ。
まあ、楽しみにはしてはいないだろうがな。
……とにかく、この穴からは呪いは漏れなかったというわけらしい。地下から這い出さないアンデッドなど、ある意味では、警戒する必要も無し。『ヒューバード』市民も100年前は驚いただろうが、その内になれちまったわけか。
「……ですが、この穴が用意されていることを考えると……これは第二の脱出ルートというだけではなく、呪いを外に排出するための穴でもあったのかもしれません」
ロロカ先生は、腕を組みながら語ったよ。
「『バハルムーガ』は、状況に応じて呪いの質を変える可能性もあります。空気より重くすることも、逆に軽くすることも出来たのかもしれません」
「なるほど。空気より軽ければ、この場所にたまり、ここから外に出て行く……井戸で地下水路と地上はつながっているのだから、その井戸から呪いは出るわけですね、ロロカ姉さま」
「ええ」
「……呪いを解くための穴というわけか」
「その可能性もあったと思います。永遠に解けない呪術……道具としては、危険極まりがありません。解くための手段が、彼を倒す以外にも存在していて、然るべきです」
「呪いの密度の調整っすか……ドワーフらしい合理的な穴っすねえ」
「まあ。可能性だけの、推理ごっこですけどね」
「いや。色々と説明が行くよ。さすがだな、オレのロロカは賢いよ」
そう言いながら、金色の髪と『水晶の角』が生えたロロカ・シャーネルの頭をナデナデしてみる。セクハラ?……いいや、夫婦だし、いいコミュニケーションだろ?
ロロカ先生も、撫でられるの好きらしいしな……恋人しか触っちゃダメな、『水晶の角』にも触れてみたいが……皆も見ている前で触ると、それこそセクハラ扱いになりそうだから、そろそろ止めておこうか。
「……さてと。それじゃあ、役割分担と行こうか」
「そ、そうですね!」
「オレは、このまま教会の地下の酒蔵を探ってみようと思う。ちゃんと外につながっているかも調べなくてはな」
盗賊みたいにコッソリと教会を探り、『外』にも出て見ようと思う。
「『ヒューバード』の内部の偵察も行いたい。どれぐらい傭兵がいるか、どんな兵士がどこを守っているのか……探りを入れたいんでね」
「うむ。いい案だな。ソルジェは人間族だから、『ヒューバード』の中も、それほど警戒されずに歩けるはずだ」
「……ああ。帝国兵をぶっ殺して、服や鎧を奪って化けるのいいし……そもそも、傭兵や城塞補強用の肉体労働者であふれていた」
「紛れ込むのは、簡単そうっすねえ」
「ああ。オレの手配書があっても、いつもの通り、コレで十分だろ」
赤毛を指でわしゃわしゃとかき乱しながら、魔術を使う。黒髪に化ける。金色に光る左眼をギュッと閉じた後で開くと、右目と同じ青い瞳に化けられるのさ。
「どんなだ?」
「ウフフ。とても、赤毛で片目のガルーナ人には、見えませんね!」
「その手配書では、お前を見つけられないな」
「……そうだろう?」
この変装魔術があれば、敵地に紛れ込むことも難しくはない。赤毛で片目の男からは、かなり遠いからな。どんな名探偵でも、その手配書とオレが同一人物だと見抜くことは出来ないはずだ。
出来たとしたら、そいつは探偵じゃなくて、もっと別種の存在だろうよ。
とにかく、潜入する手段がオレにはある。だから、『ヒューバード』を探ってみようと思うわけさ。
オットー・ノーランを見たよ。
オットーも賛成してくれているらしい、頭をゆっくりとうなずかせる。
「では、団長には、単独での偵察に出てもらいましょう。念のために、竜太刀と竜鱗の鎧をココに置いたまま」
「ああ。帝国の正規兵以外が、武装して出歩くことを禁止されているかもしれないからね」
帝国人ってのは、規則に細かいからな。
武装の心配はいらないよ。
鋼が欲しければ、そこら中にいる帝国兵を殺して、装備を奪えばいい。そもそも、よほどの敵じゃなければ、素手でもヒトを殺すことは出来る―――まあ、荒っぽいコトになって大騒ぎを起こすための変装じゃない。
「……オレは、偵察を行うから……皆は、この穴から下の地下水路に降りて、城塞の基底部を破壊して、城塞を崩落できるかどうか、調べて見てくれるか……?」
「任せろ。私たちは『ヒューバード』の街を歩けないからな」
「ええ。このまま、地下水路に降りて、そちらを私たちで調べておきます。ソルジェさんは、外をお願いしますね!」
「任された」
「……では、この場所に一人、誰かを置いておきましょう」
「どういうことだ、オットー?」
「ジェド・ランドールによると、教会の地下につながる岩の扉は、こちら側からしか開けることが出来ません」
「……オレがここに戻るためには、こっち側から開けてくれるヤツが必要ってことか」
「はい」
「じゃあ。ギンドウちゃんだね!」
「オレっすか?」
「うん。ギンドウちゃん、疲れ気味だもん。体力少ないし、『偽ミスリル』を背負って歩いていたしね。あと、偵察能力とか、隠れる力もない」
「オレ、役立たず要素いっぱいあるっすね!」
「でも、地下水道からロープで荷物を持ち上げたり出来る。ミアは、あまり重いのはムリだもん。負傷者が出た時とか……何か荷物を回収したい時には、ミアよりギンドウちゃんの方がマシ」
「へへへへ。待機するのとか、楽な仕事とか、オレの大好物っすよ」
「……不測の事態には備えろよ。あと、寝るなよ、ギンドウ・アーヴィング?」
「了解っすよ、リエルちゃーん」
「……よし。仕事の分担は終わりだ。さっそく、この隠し扉を、32年ぶりに開いてみるとしようか!!」
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