ある世界に居た勇者
何となく書きました。
感想貰えるととても嬉しいです。
炎が絶え間無く燃焼し続ける灼熱の大地。
其所に生命は、存在しなかった。
水が弾丸の如く天空から落空し続ける氷点の大地。
其所に生命は、存在し得なかった。
かの世界は、闇と聖の睨み合う異空の地。
その世界には、魔を頂点とするピラミッド、
聖を頂点とするピラミッドがあった。
そしてそれらを支える様に、無が存在していた。
その地に存在する生命は、どれもこれもが完全的に世界に適合した生命であった。
四足の生命、二足の生命、四腕の生命。
それらは皆全て、環境に適応することの出来た生物であった。
が、そう都合良く進化することの出来ない種も居た。
[ヒト]
その生命は、その世界でそう呼ばれていた。
その力はとても貧弱であった。
巨腕の巨人に剛力で潰される。
高速の魚人に鋭刃で斬られる。
そして時には、ヒトに騙され、殺される。
活動領土の狭いヒトは、その範囲100KM圏内で、現状を維持する為だけの政治を行っていた。
唯一他に勝るのは、[知能]
それのみが、他に勝つことの出来る、力。
どう進化したのかは不明である。
環境に対応出来ない進化をしたのが、不自然であった。
だがそれが、奇跡的に命を繋ぐ足となり、手となった。
そして、それから数百年が経った。
ヒトは、少しずつではあるが、活動の領域を広げていった。
少しずつ、少しずつ、少しずつ。
そして何時しか、全領土は過去の二倍にまで広がることとなる。
だがそれは、新たな問題を産んだ。
活動を維持するのに必要な、エネルギー。
[食料]が、飢饉に陥った。
それは、種の絶滅の危機を現していた。
それを回避すべく、ヒトは更なる進化を求めたのだ。
そしてそれは、現れた。
寒気が衝突していた、ある森林地域の林の奥のボロボロの家。
そこでは、ある大切な事が成されようとしていたのだ。
男と女で共に生活し、子を成す。
その子は、次の子を作るために育つ。
単純且つ重要なそのカリキャラムを背負い産まれてきた、生命。
その生命を目にし、女は目に涙を蓄え、喜んだ。
男は、手に力を込め、泣き出した。
そして、女の手の中に簡単に収まるほどに小さかったその生命は、大声で泣いた。
「イヴァン、この子の名前、どうしましょう!あぁもう、決まらないわぁ。」
「はは、ミランは考えすぎだ。そうだな、ジョーカーなんてのは、どうだ?」
それは良い名前!
そう大きな声を挙げて、顔に喜びを表立たせる女。
そしてそれを横から笑って見守る男。
大切に育てられるだろうその団欒の中の赤子は、元気な男のヒトであった。
「........ミランッ、....お前だけは、その子と一緒....に、...逃げろ。」
「駄目よぉ!イヴァンを無くしてしまったら、もう私生きていけない‼」
お前まで死んだら、その子はどう生きるって言うんだ?
そういう赤子の父である男の背は、大きく抉られていた。
骨は磨り潰され、内蔵所々ミンチになっていた。
一家を襲った、ヒラルオーク。
太い手に極大の棍棒を携えた、魔の生命である。
この一家は、運が悪いことに、森林地域一体をヒラルオークの群れに襲撃された。
女は苗を作るための壺として連れ去られ、男は細かく砕かれ食物にされた。
そしてそれは、一家にも訪れていたのだ。
だが男は、大穴の空いた体に衣服を何重にも重ねて臟腑が出るのを防ぎ、強大なオークに一人勇敢に、いや無謀にも、立ち向かっていた。
それはとても普通な考えであった。
[子を守りたい]
それだけであった。
それのみであった。
それをただ実行に移したのだ。
だが、勝てるわけが無かった。
男は体を鍛えては居なかった。
そして武器もそれらしいものは無かった。
あるのは、己の拳のみ。
蛮勇にもオークに立ち向かった男は、女が子を抱いて走り去り、姿が見えなくなる頃には、
ぐちゃっぐちゃっぐぢょぉっばぎょぉっ。
そんな擬音と共に、肉となって袋に詰められていた。
「はーいはいはい、私の元気な赤ちゃん、少し待っててね。お母さん、これから仕事に行ってくるから。」
あれ以来、遠くの地域に移った女、名はミラン。
ミランは、寒さとは別に感染症が猛威を奮う代わりに魔の者による災害の起きない内地へと移動していた。
そこでは当然他者を構う余裕のある者など存在せず、女が生きていくには、手段など残されては居なかった。
毎日毎夜男に体を譲らせ弄ばせる。
それにより稼がれる幾らかの食料。
そんなヒトとしてのモラルを失った生活をし続ける事で、何とか赤子の育成を行った。
そんな生活をすること8年。
とうとう肉体年齢は30を越え、まだ保つ事が出来た体力は日に日に底を磨り減らし、生活をすることが苦になっていった。
だがそんなミラン、母を思い、大きくなった[男]の子は、生活の日々を母と共に働く事で凌いでいた。
が、母の行う裏の仕事程に稼げる仕事は無く、有ることと言えば、荷物持ち、衣服の裁縫程度であった。
そんな事だけをし続けるのは、子には限界であったが、男を失っても尚心を喪わずに自らを育て上げてくれた母である女に感謝の念を抱く子は、頑張って働き続けた。
15年後の事。
子は、人生を大きく右折させる刻を迎える。
母ミラン、新たな娘を産み落とし、45歳、他界。
これは即ち、母の代わりとなって、子が子を止め男になり、自分の[子]を育てなければならないことを示していた。
現在の男の年齢は、23歳。
動き出すには充分過ぎるほどに育てられた体であった。
何時かはこんな事が来るだろうと予期し、母はこんな物を買い与えてくれた。
[甘利にも大きすぎた、鉄の大剣]
健康とは言わぬまでも立派に育った男の体は、身の丈を2M程に大きくさせた。
だがその剣は、母が自分の過剰過ぎる成長を予測して買い与えた物であった。
持とうとしても、持つこと叶わぬ重さであった。
その重量は、85以上はある男の体重と同等か、それ以上の物であった。
だが男は、母により与えられたその恵まれた肉体をただ無駄にするわけには行かないと決心した。
やることは一つであった。
「おっさん、人手、足りねぇんだろ?俺の事を雇ってくれ。」
力仕事である。
これは、これから子を育てるに当たっても最も現状に適した、最高の仕事であった。
それを横から伝えられた40は軽く越えていようかと言う男は、自らの無精髭を力強く撫で回すと、一瞬目を閉じて、こう言った。
「軽いな。地獄だぞ?」
それはつまり、お前の体は貧弱過ぎる、という意味合いであった。
その言葉は、男の心に消えない炎を焼き付けた。
激しく男に頼み込み仕事の協力を承諾させると、次の日から男は鍛え上げられた肉体を持つ男達が大量に動き回る鉱山の中に一人入り交じり、数十キロは有ろうかと言う石や砂をなん十回も往復で運ばせられ続けた。
それから、2年経った。
男の細く頼りない印象であった腕は元の四倍程にまで筋繊維を膨らませ、その立つ以外に能の無いだろう印象であった足は、樹木の様に甚大に鍛え込まれていた。
それは、仕事場である鉱山内部の男達をも驚愕させる風貌であった。
そして何よりも一番驚いたのが、最初に仕事場と称し鉱山に連れてきた、鉱山夫である男。
「お前、何やったんだ?」
そんな言葉しか思い浮かばないほどに強靭に鍛え上げられた本来細身であった筈の男。
男は、鉱山での仕事で他の者と同等以上に働き、生活に困ることはないだけの食料を稼ぎだしていた。
それは、自分の[娘]を生きていかせる上で困らないだけの糧であった。
そして男はある日、大きな決断をした。
何時も通りに挨拶をして、男は、男の大きな手一杯に収まるパン二つと1キロの水の詰められた木樽を持って家に帰った。
静かながらも幾らかは活気のある鉱山表面付近の湿地の町。
其所が自分の故郷であり、母と共に暮らした大切な場所であった。
男は、小さな木で出来た家に戻ると、ぎしぎしとガタの来はじめている床を気にせず奥へと進み、頑張ってパン50個と交換で家具屋から買ったベッドにバタリと気持ち良さそうに寝ている娘を呼び、朝帰りの食事にした。
....それから三年。
五歳になり、元気良く話せるだけに成長した娘を懐に呼び、袋に大量に詰め込んだ食料であるものを買いに家を出た。
迷子にならないようにその逞しい手で小さな娘の手を確りと繋いでいる男。
その姿は、かつてこの男の父であった男の子とは思えないほどに、強力に成長していた。
そしてその手で手を握られている小さな非力の持ち主である娘は、母や自分の黒い髪の毛とは違う、美麗という言葉が最も良く似合う程に綺麗な銀の髪色をしていた。
そしてその顔立ちは、異常なまでに均整能の整った、絶世の幼女であった。
それは、年齢性別関係なく、見る者の視界を奪う程に、美しい程であった。
そしてその娘の手を持つ者は何者だ、と思い視界を上へと広げると、
「へ、こりゃあ叶わねぇな。」
そんな言葉がつい出てきてしまうほどに巨大な背と四肢を持つ父が居た。
その姿を見た周囲の男達は、その父の肉体に、幾らかの嫉妬と、絶大な羨望を抱いた。
からんからんっ。
そんな耳心地のよい鈴の音のなる両扉を開け、父は娘と共に一軒の家屋に入る。
其処は、滅多に利用される事の無い、利用する事の出来ない店であった。
「ほぅ、見事な恵体を持っているな。してその顔、何処かで見たような?」
そう、ここは過去に母と共に極大な大剣を購入した、[装具屋]であった。
男は、まだ自分が子であったときに、此処に訪れて極値の剣を家と交換で買った女の子供であると説明する。
それを聞き、目を見張らせる老人。
なんと、ここまで見事に鍛え上げられたか、あの子供が、と思った。
そして今は、手に小さな娘を携え、一人前の父になっている。驚きだった。
だが、直ぐに用件を聞く。
何しに来たのだ?何が欲しいのだ?と。
すると男は、こう言った。
「俺は、パン150個と水50キロと交換に、全身を隠すだけの鎧を買いに来た。」
そう、男は、今までに働き続けながらも食べずに保存し続けた食料品を全て持ち込み、身に付ける鎧を買いに来たのだ。
それだけの量を稼ぎ出した男、父の姿を見て、老人は感激した。
あぁ、ミラン、お前の子は報われたな、と。
この老人は、最も初期の段階でこの男の母であったミランを発見した人間であった。
そして数日の間母ミランを子と共に養いながらも、働く方法の幾つかを教えた人間だった。
涙を瞼に貯えながらも、裏の棚に飾ってあった装飾品に目を通す。
黒色の鉄に覆われた兜、籠手、胴鎧、足鎧。
それらを纏めてその手に有るのと交換してやる。
老人は、ニカリと笑いながら、そう言った。
そうして手に持たされた鉄の鎧は、余りにも重く、男の極限まで超再生された筋肉で以てしても、丁度であるほどの重さであった。
そしてその端々に張られた紙切れに書かれていた値段は、パン150、水80、パン80、水60。
同情した老人が、大損害覚悟で男に売ったのである。
それを知った男は、深く感謝と礼を伝えてから、店を去った。
「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁうぁぁぁ!!!」
夜の時間帯。
娘と共に食事をしていた父は、家の外から男の悲鳴を聞き取った。
何故か頬に伝う脂汗。
これは、まだ自分が赤子であった頃に耳にした、父の絶命の叫び声と酷く似ていた。
美味しい美味しいとパンと水を口に運ぶ娘に、少し出掛けてくると言いその場に居るように伝えると、父は、父ではなく一人の
[戦士]
として、覚悟を決めた。
狭い家の床をぶち抜き、砂だらけの地面に手を突っ込む。
其所にあったのは、昔母に持たされた、
[極大な鉄の大剣]であった。
直径は2Mを越える。そして横幅は、かるく20CMはあるだろう鉄の塊。
こんなもの、普通の人間ならば持てるわけが無い。
だがそれを覆すため、男はその体を鋼の肉体へと変貌させたのだ。
大きな持ち手である柄に手を伸ばすと、100キロは優に越す男の握力で、全力で握り混む。
ほんの一瞬息を吸うと、男は雄叫びと共に右手を上へと引き上げた。
がぎぃぎゃぁぁぁん。
そんな金切りの様な音と共に、男はその大剣を持ち上げた。
そしてそれを縦に砂へと突き刺し沈まないように固定すると、家の入口に置いておいた防具を身に付け、大剣を両手に持つ。
娘はその姿に驚いた顔をしていたが、男が父だと気付くと、ニコニコと笑いながら抱きついてきた。
「ぴゃぴゃ、どきょきゃいくゅの?」
それは、父に付いていきたい時に娘が言う言葉であった。
男は、娘に一緒に来るように伝えると、大騒ぎとなっている外へと歩みを進めた。
「オ、オークだぁぁぁぁ!!!逃げろぉぉぉぉぉ!!」
その様な言葉があちこちに飛び交う風景は、未だかつて見覚えの無い場面であった。
泣きわめき走り回る女。
憤怒の表情で泣き叫ぶ男。
そして、挽き肉にされた子であった[何か]。
その光景を見た男の顔は、周りの家屋で燃え盛る炎すらも消し飛ばすほどに冷えきり、熱で煮えきった顔であった。
そんな男の元に走って逃げてくるのは、一人の女。
歳は自分と差して変わらず、妻とするには問題の無い者であった。
「お願いじまずぅぅぅ!!あのオーグを、あいづを殺じでぐだざぃぃぃ!!」
そう哭きながら叫ぶ女の走ってきた道程に、巨大な影があった。
走り逃げ回る人々が姿を見て硬直する[ソレ]は、間違いなく、オークであった。
2M50はあるその体を横に揺らしながら、ゆっくりと此方へと近づいてくるそのオークの目には、自分の苗にすると決めた黒髪の女が居た。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!死ねぇぇぇ!」
そして悠々と歩みを進めていたオークの脇に一人の男が走り向かっていった。
その男は、今正に犯されようとしている女の未来の婚約者である若き男であった。
歳は、男と変わらぬ28前後程度。
その男は、手にナイフを持ちながらオークの懐へと飛び込んでいったが、奮戦始まる事無く、右手を掴まれ、片手で元居た家屋へと投げ飛ばされた。
それを見た他の人々は、一気に顔を青ざめた。
何で、オークがこんな内地に居るんだ?という疑問を浮かべながら、思考を停止させてしまった。
だが、その停止された思考は、最悪の形で現実へと戻される事となる。
「ぐがぁぁぁぁぁぁ!!足が、足がぁぁぁ!」
先程投げられた男の右足が、荒らされて剥き出しになっていた支柱の木に深く突き刺さり、引きちぎれていたのだ。
それを見て泣き叫ぶ男の横にいた女。
そして、それを皮切りに悔しさを言葉にする人々。
「誰か、誰か居ないのかぁ!?あの化け物を殺せる奴は、誰かぁ!??」
そんな言葉を口から漏らし続ける人々。
その者達は、現状に適した言葉を放ちはするが、何かしようとするわけではない。
ただどうにかして貰おうと、周りに縋り付くだけである。
そんなこと、やるだけ無駄でしか無いのだが、それでもやるしかないのだ。
ただ、救いを求めるしか無いのだ。
絶叫染みた助けを求める声と共に歩き続けるオーク。
その目には、女の快楽しか映っては居なかった。
だが、一人の男が、何かに気付く。
「おい?何やってんだ?アンタ。どうせ立ち向かったって、勝てるわけが無い!殺されるぞぉぉ!?」
「ありゃあ、ミランの餓鬼?それにあの鎧ぁ、儂の売っ払った奴じゃねえか。........ もしかしてアイツ!」
やめろぉぉぉぉぉぉ!!
そんな大声と共に男に掛けられたのは、心配する声であった。
その声は、過去に自分と母を養ってくれた恩のある、老人の物。
そしてその老人の声を耳にした周りの者達は、散っていた家族等を真横に集め、広場の中心に居る一人の男の姿を見た。
その男は、他に見たことが無いほどに大きな体をしていて、その狂人な体には、それ以上に頑強な漆黒の鎧を身に纏っていた。
だが、それだけでは無かった。
静かにオークの目の前に立ち塞がり、泣き叫ぶ女を守っているその男の右手には、オークでも持つのが難しそうな程に大きな剣が握りていたのだ。
それが持てるという事はつまり、其所に居る男の筋力は[魔]染みていることを表しているのであった。
「お前ら、其処から動くな。この糞豚野郎は、俺が斬り殺してミンチにする。」
そういう男の目に映っていたのは、かつて母に教えて貰った父の私物であった銀色の玉の貫かれたブレスレットだった。
それを、この湿地地域に現れたオークが、左足の首に巻いていた。
これは、偶然か、はたまた必然か分からない。
が、間違いなくこのオークは、
[父を喰らった仇のオーク]
であった。
そしてそれは遠回りに、母の衰弱死の元凶という事でもあった。
周囲の人々の、
[もしかしたら?]
という一縷の希望の視線を浴びながら、男は少しずつオークに近付いていった。
「ヴォォォォォォォォォォォ!!」
そんな雄叫びと共に男に振り落とされる、棍棒の叩き落とし。
それは、幾らか鍛練を積んでいようがいまいが、生半可な特訓では一撃の元に伏される程の破壊力の込められた強大な一撃であった。
バヴォン、という風切り音と共に振り下ろされた棍棒の一撃は、
「クソガァァァァァァァァァァァ!!!!」
そんな男の叫び声と共に足元から円の軌道を描きながら頭上へと振り上げられた大剣の斬撃により、撥ね飛ばされた。
その光景を見たギャラリーは、皆一様に、こう思った。
勇者だ、救世主だ、この人は、と。
オーク等を代表とする魔の生命体に、正面から戦いを挑み対抗出来る人間など、100万に一人居るか居ないか。
そんな100万に一人の人間が、貧相なこの町の中に居たのだ。
だが、体勢を崩されたものの直ぐ様元の姿勢に戻るオークとは別に、男は焦心していた。
びりびり、という感覚と共に両手に残る、絶大な[重み]。
それは、オークの筋力が、男の筋力を上回っている事を表現していた。
が、その負荷と言う名の痛みは、過去に母が味わった絶望を連想させ、更なる怒りへと段階を格上げさせた。
「....だから鍛えた、この体だ。それを否定しやがるテメェは、存在毎殺さなきゃならねぇ!!」
そう一種の決意を固めた男は、両手に纏わり付く痛みを、力みで以てして吹き飛ばし、全力のパワーで剣を叩き込める姿勢へと、自然になっていた。
それは、左足を左前方、右足を右後方に、両手を右脇腹辺りで静止させた、胴体を分断させる為に切っ先を背後へと向けた必殺の型であった。
オークが、正面に居る謎の強敵の存在に顔を深紅に染め、激怒の表情で棍棒を左上から振り落とした瞬間、
「間に合わせるんだぁぁぁ!!」
ウォォォォォ!!と言う溜めと共に軋み音が鳴るほどに力んだ両手を更に力ませ、
「ヴヴォォォォォォォ!!!」
オークの初動と同時期のタイミングで、爆発させた。
ごじゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!
「ゴギャァァァァァァァァァ!!」
腹を半分以上まで斬り別けられ、断末魔の様な叫びを挙げるオーク。
その痛みによって左手からがこんと落ちる棍棒。
それは、男に大きな隙を見せてしまっている。
「終わりだ、親殺しのオーク。」
そう言いながら頭上へと持ち上げられた大剣を背中の方まで持っていくと、男は勝利を体現したかの様な大声と共に、
がごぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!
オークの首に、大剣を叩き落とした。
ふぅ、と言う息と共にアタマニ被っていた兜を脱ぎ熱気を逃がす男。
その男の戦いを見ていた者達はと言うと、
....おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
アンタはオークよりも強ぇ化け物だぜぇぇ!
ありがどうございまずぅぅぅ!!
そんな民衆の感謝の言葉と共に、男へと歓喜の言葉を投げつけた。
2年が経った。
男は30になり、あの日を更に越えるまでの肉体に成長していた。
身長も奇跡的に伸び、2Mを何とか越えてしまった。
娘も7歳になり、昔の自分が働いていた頃と殆ど変わらないだけの歳にまで成長した。
何時も通り鉱山夫....ではなく、町を守る守護者として大量の食料と信頼を町民から渡されていた。
あの日の戦いを見た話書きは、その光景を雄大に詞にして他の地域に語り続け、助けられた女は、片足を失った夫と共に、毎日男の家を訪れて交流も兼ねた会話をしていた。
この湿地地帯の町を救った、勇者の様な人間は、何処を歩いても尊敬と羨望の眼差しを向けられるような存在へと変わっていた。
そしてもう一つ、有名になった事がある。
常に男と共に暮らしている男の娘らしき子が、途撤もなく美しいと評判なのだ。
実際、見た者の脳には、その場に姿が細かく刻まれている。
毎日、将来の婚約者になろうとアピールしてくる男達だが、まだその段階を理解出来ない娘には不思議な光景でしかなく、普段から無視し続けるのであった。
とある日。
「この町に、金の髪を持つ美しき女が居ると聞き及んだ!その子供は、過去にこの町に滞在していた事のある[ブリッタ]の血筋の当主となった御子息が、売春婦との間に作った子だ!その子供を匿う者は、直ちにこの広場へと顔を出せ!!」
そんな長々とした台詞を告げているのは、全身に真っ白な鉄の鎧を身に付けた、貴族に仕える騎士らしかった。
どうやら誰との間に出来たか分からなかったこの父の娘は、かの有名なブリッタ一族の当主と母との間に出来た子供らしい。
だが、今更返すだなんだとはならない。
その話を聞いた町の人々は、こんな事を騎士達へと言い放った。
「お前等みたいなモヤシじゃ、ジョーカーさんには勝てねえよ!!」
「顔どころか全身洗って出直して来いや!」
此処とは違い何の災害も弊害もない貴族等や行商人が住まう様な安全地帯に居たような人間が、男を越えるほど強いわけがない。
何故ならあの男は、人類の中でも稀有な、
[魔殺し]
の一人なのだから。
その挑発的な言葉を聞き怒った男は、まだ20代手前の若い男とは言え、幼少から剣術を叩き込まれた[剣士]である。
無論プライドはあり、
では、その男を倒し、子を回収する。
と言い放った。
すると、その言葉に妙な苛立ちや不満を覚えた町民が騎士に罵詈雑言を掛ける。
お前の様な素人が勝てるか、と。
実戦知らずの雑魚が、調子に乗るな、と。
騎士の怒りは、沸点を越えた。
「宜しい!ではもし私が負けたなら、今回は手を引く。だがもし勝ったら、その首を落とす!」
そう、周りに叫び出した。
それを黙って聞き切った民衆の中から、一人の老人が出てきた。
その手には錫杖が握られており、顔には沢山の皺が深く彫り出ていた。
騎士は、突然出てきた老人が何かを告げようとしているのに気付き、声を掛けた。
すると帰ってきたのは、
「あんちゃん達は、魔物は見た事あんかいな?」
至極単純な、質問であった。
此れは要するに、ぬるま湯で過ごしてきた者なのか、そうではないのかを見極める質問である。
あの男、ジョーカーの剣は、地獄を奇跡的に生き延び作られた、剛の、鉄の剣。
だが、もし騎士達が魔物と出会った事すら無い貧弱者であるとするならば、その剣は、
天国を当然の様に生きてきた、蕩けた、木の剣。
「ふ、お前達のような貧しく汚ならしい生活などしておらんわ!それに、その魔物とやらも、我ら騎士達の学びして王宮剣術の前には、どうせ叶わんわ!」
威勢良く上げたその言葉は、町民の意見を、固めてしまった。
とうとう不満が限界まで達し、言葉を口から吐き出そうと皆が息を吸った時。
「朝から五月蝿ぇなぁ。何だよ?俺の家族は渡さねぇぞ。」
勇者が、姿を現した。
「はっはっはっは!貴様か!この者達が異様なまでに褒めあげる男とは?」
男が何だ、と思い上を見上げると、馬に股がりながら此方を見下す一人の若い男がいた。
その髪は金の色をしていて、男の娘と何らかの血筋の繋がりが有ることを窺えた。
だが、それが何だ。
突然来たと思えば、魔物と戦う所か見たこともない、それどころか体も細い只の男が、男を殺す、子供を奪うと言う。
その言葉を聞き多少の怒りを堪えて素の身のまままで此処まで来た男の来ている柔らかな衣服の表面には、尋常ではないほどに鍛えられた肉体が作り出す魔の筋肉が姿を出していた。
だが、それに気付く事無く馬から降りて腰から剣を抜いた男は、自分よりも30CM以上大きい男に多少驚きながらも、
「なんだ、体が大きいだけの只の男ではないか!こんな者を勇者と讃えるとは、成る程底が見える。」
謎の威圧感に違和感を持ちながらもそう言い放つ。
それを聞いた人々は口々に不満を漏らすが、騎士は聞く耳持たず、延々と無視し続けた。
「それでは貴様の首を、これから落とさせて貰う。少なからずも騎士としてのプライドを貶した貴様等には、生きる価値などない。」
そんな事を口にしながら腰にあった剣を引き抜き男に構える。
一見口だけに見える男だが、確かにその細剣の半身の構えからは、妙な美しさを感じた。
だが、所詮そんなものは只の人間相手の技でしか無かった。
「一突きで終わらせてやる!」
そう意気込みながら放たれた滑らかな刺突は、男の左手による握りに、止められた。
は?という顔になり状況が理解出来ないながらも剣を引き抜こうとするが、全く動かない。
そして、全く抜けないことに怒りを覚えもう一本の細剣を引き抜こうとした瞬間、
「遊んでる暇はねえんだよ。」
ばぎぃんっ。
そんな断裂音と共に左手に握られていた細剣が折られていた。
「なっ!?い、一体何が!?貴様、何か小細工をしたな?!」
その光景が理解できずに困惑する騎士はそう言いながら後ろへと身を退けた。
言い表せない恐怖を感じたからだ。
そして、片手に折れた剣身を握ったまま、男はこう言った。
「名前はジョーカー。小細工はしてないぜ。」
とある町に居る、勇者の話である。




