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忍者という職業はまだない  作者: 菜香野はる
第一章:起こり
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009:忍者 抜刀

 ──少し前。


 川沿いの湿度の高い藪の中。才蔵は這いつくばるように身をひそめ、ゲルプ達の言い争う声を聴いていた。

 浮かれたゲルプは、コレンたちよりも少々先をいっていた。才蔵はその中間、ゲルプよりはやや遅れ、コレンよりはやや先行する位置に


身を潜めていた。

 そのため、ゲルプが憲兵たちと接触する様子も初めから観察することができていた。


(なんだあの者たちは……、揃いの制服……、なにかの組織か)


 才蔵はじわりじわりと橋の方へ近づいていく、まだ距離がありすぎて会話の内容がはっきりとわからない。

 ただ、ゲルプの大げさなジェスチャーや、相手の冷ややかな対応から、なにやら制止されているのはわかる。

 町はもう見えている。石造りの眼鏡橋を渡ればもうすぐそこだ。

 ここまで来て足止めというのは解せない。


(手の込んだ装飾に見えるが、あれは鎧か? 腰には立派な獲物も下げているな。ということは、この地での侍のような役職であろうか…


…、関所には見えんが、一体なぜ足止めを行っているのか……)


 観察する才蔵の視界にナギットが飛び込んできた。剥き出しのサーベルを持った男の登場に憲兵たちの陣営がざわつく、奥の方からも


人手が出てきた。


(ひい、ふう、みぃ……、総勢5人か、多くはないな……、中心にいるのはあの背の高い女か?)


 きついつり目の女剣士は、一歩下がった安全地帯からゲルプと大きな憲兵とのやり取りを眺めている。

 その周りをもう一人の小柄な剣士が世話を焼くように動き回っていた。


(それと、つるりとした兜の大男、獲物も巨大だ。斬馬刀を背負うとは、相当な怪力……。もう一人は、小間使いのように見えるな) 


 それと、奥から出てきた人手は、同じ仮面、同じローブを羽織った二人組だ。

 この二人には鎧や剣などの装備が見うけられない。


(事務方か……、いや、コレンのように妖術をあやつるかもしれん。油断はできんな……)


 最後にコレンたちも合流して、騒ぎは最大になったかと思われたが、少しやりとりがあったあと、大男が剣を抜いた。


(なにっ!! 抜いただと?!)


 才蔵が驚くのも無理はない。才蔵のいた江戸時代の日本では、軽々しく刀を抜くことはご法度だった。

 小さな小競り合いや喧嘩で刀が使われることはない。あるとすれば、命を懸けるほどの大きな争いごとだけだ。

 互いに刀を抜いた場合、当然どちらかは負け、切り伏せられる。

 しかし、勝った方もまた社会的地位を追われ、自害することを求められることとなった。


 どのようなやり取りがあったのか詳細はわからないが、騒ぎが大事になっていることだけは伝わる。


 後ずさりするコレン達に女剣士がずいと圧力をかけるように歩みをすすめる。

 ゲルプの手から、何かが女剣士へと投げられた。

 ゲルプはそのままコレン達へと向き直り、両の掌を天に向けて、やってられないというジェスチャーをしてみせる。

 その刹那だった。女剣士がするりと剣を抜いて背を向けるゲルプに切りかかった。


(いかんッ!)


 騒ぎはついに血を見る展開となってしまった。

 女剣士が指を指し示すと、小間使いのようだと称されたもう一人の剣士がコレンへと切りかかる。


 大男が剣を抜いた時から、才蔵はこの展開も想定してはいた。

 脚のひざ下を守るすね当て。そこに隠された長細い筒を取り出す。中には毒を染み込ませた竹針。そう、吹き矢だ。

 

 密かに準備していた吹き矢を口元へ運び、思い切り息を吹き込む。

 わずかに空気の抜ける音を残して高速で針が射出された。

 

 剣士の動きが止まった。命中だ。

 続けざまにもう一発。

 剣士が膝から崩れ落ちるのが見えた。毒も効いているようだ。


 だが、これはコレンを守るための攻撃でありながら、ある目的のための”誘い”でもあった。

 才蔵は懐から手裏剣を取り出し、身体を斜めに構えてその時を待つ。


 手裏剣は忍具の中でもポピュラーではあるが、その種類、投げ方などは使い道によって細かく分かれている。

 この場で才蔵が選んだのは、円盤状の八方手裏剣。

 平たい風車手裏剣の中でも刃の多い八方手裏剣は、より円盤状に近く、横打ちと呼ばれる投げ方と併用すると飛距離が望める。

 特に才蔵は手のひらほどもある、大きめの八方手裏剣を遠距離からの暗殺用投擲武器として愛用していた。

 サイズ分、重量も増すため所持枚数はたったの2枚。それでも不自由はなかった。

 手裏剣は流派によって特色が出るため、証拠隠滅を兼ねて使用後は基本回収されるからだ。


「……ふ、吹き矢だ! 気を付け──


 剣士の叫び声は才蔵の所までしっかりと聞こえていた。

 そしてその声を聞いた憲兵たちの動きが止まる。それは中心人物と思われる女剣士も同じだった。


 ──今!

 

 才蔵はこの瞬間を待っていた。複数を相手取るならやはり中心人物を討ち、統率を乱すのが基本。

 才蔵の肩から腕にかけての筋肉が大きく膨らんだ。

 渾身の力を込めて手裏剣が投擲される。


 八方手裏剣は空気を切り裂きながら一直線に女剣士の元へと飛んでいく。

 その姿が女剣士と重なり、頭が後ろへと吹き飛ぶさまが見えた。


(少々高かったか……)


 狙いは首だったが、命中したのは顔のど真ん中だった。

 狙い通り首に命中していれば間違いなく一撃必殺となっていただろうが、顔面ではわからない。


 女剣士は手裏剣の勢いそのままに後ろへと倒れた。

 後方に控えていた仮面の憲兵二人が駆け寄る。手をかざすと、ぼんやりとした発光が始まった。


(やはり妖術を操るか。おそらくは傷の治療だな……。まだ息があるか)

 



「──!!」


 倒れる女剣士の様子を見てミノルカが猛然と走り出した。

 毒を受けてうずくまる剣士の横を駆け抜け、女剣士を治療する憲兵の一人へと体当たりをかます。

 巻物を預けられた方の憲兵だ。

 ミノルカは憲兵が落とした巻物を拾い上げ、さらに声を上げる。


「今だ! 走れッ!」

 

 ナギットは血まみれのゲルプに肩を貸し、コレンもばたばたと後追う。 


「ま、待てッ!」


 大柄の剣士はフルアーマーのため機敏には反応できなかった。

 4人は町に向かって眼鏡橋の上を一目散に走っていく。


「馬鹿者! 追え、追うんだ!」


 女剣士は治療を続けようとする仮面の憲兵二人に怒声を浴びせる。

 二人は申し訳なさそうに治療を中断し、4人を追って橋へと走り出した。


(あの距離、もう投擲武器ではどうにもならん。打って出るしかないか……)


 できることなら時がくるまで姿を隠したまま行動したかったが、もうそんなことを言っていられる状況ではなくなってしまった。


(上手く動いてくれよ、拙者の神通力。いやスキルと言ったか)


 才蔵は脚をポンと叩いた。


【 ハイパー・ジャンプ 】


 スキルの起動する声が聞こえた。


「──良し!」


 茂みの中から黒い塊、才蔵が飛び出した。

 剣士たちが音のした茂みの方へと振り返るが、その時にはもう才蔵は天空を舞っていた。

 くるくると空中で身をひねりその飛距離の調整を試みる。

 回転しながら才蔵は腰の忍者刀を抜刀した。

 

 一般的な打ち刀の長さよりもやや短い忍者刀。刃渡りが2尺をわずかに切る、小回りの効く接近武器だ。

 才蔵の忍者刀は無名の物だったが、良く手入れをされていて、わずかに反った刀身から繰り出される斬撃は、著名な刀に負けずとも劣らないすさまじい切れ味を誇った。


 刀身に反射する日の光に女剣士が気が付いた。

 見上げる視線と交錯するように才蔵が落下する。

 落下先は眼鏡橋の上、コレンたちを追う仮面の憲兵の直上だった。


「ぬぅん!!」


 落下の勢いそのままに振り下ろされた刀は憲兵を両断した。

 仮面ごと叩き切られた憲兵は、肉の塊となって崩れ、石畳の隙間に血を染み込ませた。


「ひッ」


 すぐ隣を走っていたもう一人の仮面の憲兵が声にならない声を上げようとするが、その時にはもう憲兵の脇腹から刀が差しこまれていた。

 才蔵が二人いるわけでも、刀が2本あったわけでもない。

 一人を切り伏せた才蔵は、間髪入れず刀を切り返し、尋常ならざる速度でもう一人を襲ったのだ。

 

 忍びを生業とする才蔵にとって殺しは日常だった。

 罪の意識にさいなまれなくなったのはいつからだろうか、後悔もなければ、その余韻に気を取られることもない。


 斬った。

 ではその後はどうするのか?

 答えは、いかに効率よく、次を斬るか。だ。


 戦の場で生き残ってきた者たちの答えはこう一致するだろう。


 才蔵は深々と刺さった刀をひねると、激痛にのけぞる憲兵を十字に切断した。


「バカな……」


 その惨劇を最初から最後まで見つめていたのは女剣士だけだった。

 大柄な剣士と小間使いの剣士はまだ吹き矢の飛んできたと思われる物音のした茂みを睨んでいる。


 最初から最後までと言ってもその間わずかに数秒。

 数秒で2人が死んだ。


「お、おい、お前たち! いつまで余所見をしている! 賊は橋の上だ!」


 女剣士が振り向いて、大男と小間使いに声をかける。

 振り返った二人はぎょっとした様子だが、それは橋の上の惨状を見ての事ではなかった。


【 ハイパー・ジャンプ 】


 猛烈なスピードで黒い塊が突進してくる。

 走っているわけではない、地面すれすれを一直線に跳んでいた。


 間一髪、女剣士が振り返るのが間に合った。

 構えた刀と忍者刀が激しくぶつかり合い、火花が飛んだ。

 同時に女剣士も数メートル吹き飛ばされる。


「シルビア様!」


 小間使いがシルビアと呼ばれた女剣士に駆け寄る。

 もう手足のしびれはほとんど引いたようだ。


「貴様! 何者だ!」


 大男が声を荒げて才蔵を睨む。

 才蔵は奇襲が効くのもここまでと判断し、落ちている八方手裏剣を拾うと冷静に構えなおした。


「……?? な、なんなんだ貴様は……」


 才蔵を睨み付けていた大男が急に狼狽しだした。

 発動させた【査定眼】に問題が発生したようだ。


「どうしたというんだ、アレックス」


 シルビアが体を起こしながら大柄の剣士、アレックスに尋ねた。


「シルビア様。【査定眼】でもやつのソウルがつかめません」


「なんだと」


「『ニンジヤ』とかいう聞いたことの無いソウル名がぼんやりと頭に浮かびますが、それが何を意味するのかもわかりません」


「バカな、もう一度だ」


 【査定眼】など知らない才蔵は、この睨みあいに何の意味があるのかわからないまま、相手の出方をうかがっていた。


「やはりダメです。奴は自分のソウルを偽装するスキルを持っていると思われます」


「あの小汚い男が、そんな高位のスキルを操るというのか?」


「そうとしか考えられません! 奴のソウルクラスはテンス。……『ソウルマスター』となっています!」


 三者三様に驚いた表情を浮かべている。

 ソウルマスターなど、世界に10人いるかどうか。

 大神官や英雄王などといった。超の付く有名人。もしくは仙人クラスでなければ成しえない偉業だ。

 それだけ自分のソウルを磨き、極めるというのは険しい道だ。


 そしてソウルマスターとなったものには、ソウルの潜在能力が全開放される。

 達成者がごく少数であるため、その全容は非常にあいまいではあったが、神の領域に足を踏み入れたと言われるほどの、絶大な力を手に入れるとまで言われていた。


 確かにそれならば、まだ『ソウルを偽装するスキルを持っている』というほうが現実味があった。


「貴公らには悪いが、その命、頂戴する」


 睨みあいにしびれを切らせた才蔵が口を開くと、シルビアたちにさらなる緊張が走った。

 絶大な力を持つとされるソウルマスターが「殺す」と宣言してきたのだから無理もない。


「なるほど、確かにこれはソウルの偽装のようだな」


 事実はどうあれ、そう思わなければ勝算もなにもない。

 シルビアも立ち上がり構えなおす。

 その顔には治療途中の傷が生々しく残っている。


「悔やむなら、拙者の恩人に手を出したこと。そして、拙者の存在を知ってしまったことを悔やむといい」


 才蔵の第一発見者は、名実ともにコレン単独である必要があった。

 そうしなければ才蔵を取引するための金銭がコレンに渡らなくなってしまう可能性がある。

 才蔵もそれまではずっと身を潜めたままでいる気であったが、こうして姿を見られたとなると、その相手はこの世から抹消するしかなかった。


 加えて、憲兵たちはコレンに襲い掛かった。

 才蔵は恩人に仇なす者を放置するほど義のない男ではない。


「──いざッ」


 才蔵の足元で土煙が上がる。

 地面がえぐれるほどの力で加速した才蔵は再びシルビアの元へと突進した。

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