003:招かれざる客
「う……」
ぼんやりとした視界に、黄金色の朝日が差し込んでくる。
意識を取り戻したばかりの才蔵には目が痛い。
可動域を確かめるかのようにじわりと首を回し、持ち上げる。
周囲には先ほどまでと同じ山林が拡がる。
日の高さからみるに、気を失っていたのは約1時間ほどと予想がついた。
(あれから……、何がどうなった?)
巨大な火柱を遠くに見て、そのあと風圧を受けて……と、才蔵が覚えているのはそこまで。
頭の上には大きな木が見える。
吹き飛んできた才蔵たちを受け止める形となった木は、痛々しいキズだらけになっていた。
正面となった側の枝はほとんど折れ、足元には細かい枝葉が千切れ落ちて散乱していた。
(これだけの衝撃の中、助かったというのか……?)
身体には大きな傷どころか、ぶつかった痛みもほぼない。
不思議なことだが才蔵には心当たりがあった。
「あのわらしの妖術か──」
巨大な化け猪の突進をいなした『ぎやまんの傘』
あれを応用できたなら落下の衝撃を抑えることも可能だろう。
「……あやつは……、そうだ、あの童はどこだ?!」
才蔵が助けに飛び込んだ白装束の人身御供。
助けに入ったつもりではあったが、結果として爆風に巻き込んでしまうことになった。
自分に妖術を使ったことを考えれば近くにいるはずだ。
半身を起こし、辺りを見回すと才蔵の予想通りすぐそばに白装束が見えた。
気を失っていた才蔵とは裏腹に、とっくに動きだし辺りの状況を確認しているようだ。
これではどちらが忍びなのかわからない。
向こうも、動き出した才蔵に気付いて駆け寄ってくる。
どうやら才蔵よりもよっぽどダメージが少ないらしい。
「──! ──! ──、──!」
白装束の童は何かをまくし立てるように騒いでいる。
相変わらず言葉の意味はわからない。
(この童、人に見えるが、もののけの類いであろうか……)
眼前で未だ何か講釈を垂れている白装束の童は、外見からして才蔵とは違っていた。
短いぼさぼさの髪は赤茶色のくせっ毛で、子供特有の柔らかさが残っている。
肌はそばかすまみれであるものの、青白く透き通り、頬だけが赤く上気している。
その瞳は翡翠のように美しい緑色の光をたたえていた。
(たしか、南蛮から渡来した異邦人がこのような姿だったと聞いたことが──)
話をそっちのけに思慮にふける才蔵にしびれを切らしたのか、白装束の童は才蔵の手をぎゅうと掴んで引き寄せた。
指を開いて、手のひらを差し出す形にすると、そこに童の手が重ねられる。
そのまま童がまじないを唱えると、手と手の間に暖かい光が漏れた。
(……妖術ッ!!)
本来なら不詳の事態は即座に回避するのだが、何やら熱く語りかけてくるこの童に、敵対心がまったく感じられないことから、才蔵はつい
つい気を許してしまった。
ほんの数秒で光は童の手のひらに吸い込まれ、ほわっと童の全身が発光したかと思うと、それっきり不思議なことは起こらなかった。
(光っただけか──?)
「──やっぱり」
ぼそりと童が口を動かす。
「やっぱり、あなたは──」
ハッとした。
童の言葉の意味がわかる。
驚きで見開かれた才蔵の眼に、白装束の童も確信を強めた。
「落ち着いて、聞いてください。あなたは『招かれざる客』です。」
「……なん……だと?」
『招かれざる客』と言ったのか。
今の今まで一切の意思疎通ができなかった言語の壁が崩れ去ったと思ったら、途端にかけられた言葉がこれである。
間違っても”友好的”とは思わない単語だ。
だが友好的ではないというのはおかしい。
現に地面へと叩きつけられるのを妖術で救ってくれたはずだ。
敵対するなら気絶している間に命をとることも、遠くへ逃げることもできたはず。
それどころか、今もこちらへと走り寄って、身ぶり手ぶりを使って何かを伝えようとしてくれていた。
では、『誰にとっての』招かれざる客なのか?
才蔵は背後になにやらきな臭いものがあると直感した。
「いったい、どういうことだ……?」
童は目を伏せて口ごもる。
直観は間違っていないようだ。
「……詳しい話は後で。とにかく、今は身を隠さないと──」
童はごまかすようにそう言うと才蔵の手を取り立ち上がった。
「……わかった」
才蔵もその誘いを拒否することなく立ち上がった。