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第6話 死闘!シャドウマスター!

「…笑止」


絶叫と共に打ち込んだ双剣の一撃は、

毛ほどのダメージも与えられずサクヤの刀に受け止められてしまう。

と、次の瞬間ーー


「うぉわっ?!」


ガラ空きになった腹部を、サクヤのしなやかな右足に蹴り飛ばされ、

真後ろに吹き飛んでいた。

VRゆえに痛みはないが、ノックバックの衝撃は無駄に本格的で、

全身にちょっとした痺れが走るほどだ。

みるみる減っていくHPゲージ。

覚悟はしていたが、さすがに高ランクSSRの一撃は、重い。


「リョウキさん!どうして!?」


今度こそ両目から滝のように涙をこぼしながら、ニアが駆け寄ってくる。

それでもきちんと回復魔法を発動してくれているところは、

動転していてもさすがはキャスタークラス…といったところか。

けれど悲しいことに、回復量は微々たるもの。

ゲージはほんの少し戻っただけだ。

ふらふらになりながらもなんとか体制を立て直すと、カラ元気の笑顔を向けた。


「女の子見捨てて、逃げらんないでしょ…」


「…でも」


「たぶん死ぬかもしんないけど、っつーか絶対死ぬと思うけどーでも、最後までがんばってみる」


「……はい!」


涙でぐしゃぐしゃになりながらも、それでもニアが微笑を返してくれる。

たとえVRといえどもーー守りたいと思わせてくれる、そんな笑顔だ。


仮初めの電子データだとしても、俺はニアに消えて欲しくない。

いつの間にか、そんな感情が湧き上がってきていた。

俺はニアを励ますように頷くと、双剣を構え直す。


「ニア、スピードと命中強化のバフを切らさないように頼む。今あるMP回復アイテムも全部使っていい」


「わかりました!」


SSRの余裕からか、

サクヤもカレンも能動的に攻撃を仕掛けてくる様子は伺えない。

背後に構える男たちも、にやにやと見守るばかりで、

自分たちで手を下すまでもないと思っているようだ。

…その油断に付け入るしかない。


双剣を構え、じりじりと距離を詰める。

レベルとステータスの差が絶対的である以上、

先ほどのようにこちらから仕掛けるのは愚策だった。

落ち着け…レベルが全てのゲームじゃないはずだ。


PK、すなわちプレイヤーキルシステムを実装するゲームであれば、

プレイヤースキルに依存する部分も大きいはず。

それがこれまでのMMO歴での実感だ。

PVP、プレイヤー対プレイヤーの醍醐味は、

磨いたプレイヤースキルを競うところにこそある。


「俺はスーパープレイヤーってわけじゃない…が、無駄にMMO歴は長いんでな」


自らを鼓舞するように呟く。

これまでの経験を総動員して、何としても生き抜く他はない。

唯一の希望というべきか、相対するカレンとサクヤの2人のうち、

先ほどからカレンは全くやる気を見せていなかった。

先ほど俺が斬りかかったときも、反応して刀を抜いたのはサクヤだけだ。

カレンは肩をすくめて微動だにしない。

今も、刀を構えて相対する姿勢を見せているのはサクヤ1人。


「来ないのならば、こちらから参ろう」


月光のような銀髪をひらめかせ、華々しい和装のサクヤが、

すっ、と流れるような動きで距離を詰めてくる。

それはまさに佳人と呼ぶにふさわしい、流麗な動作。


「わらわとて、かような狩りは好まぬ…が、主人は選べぬゆえ」


一閃、鋭い刀の一撃が、舞い降りる鷹のように襲い来る。


「されば、許すがよい」


言葉とは裏腹に、まったく許して欲しくもなさそうな必殺の斬撃を、

紙一重のタイミングでステップ回避する。

危ない…スピード強化のバフが乗ってなければ、今頃真っ二つになっていただろう。


「ほう…レベルのわりに、やるではないか」


すっ、とサクヤの目が細くなり、

無表情を貫いていたその顔に、微かな笑みが浮かんだ。

例えるならば、それは豹のような。

美しく、そしてどこまでも獰猛な、危険な笑みだった。


あるいは、ひょっとするとこのような戦いは、

彼女の本意ではないのかもしれないが。

その事実が、サクヤの太刀筋に微塵も逡巡を与えることは無いようだった。


「だが、遊びはここまでよ」


細められていたサクヤの目が、獰猛な光とともに見開かれる。

気温設定に変動など無いはずのVR世界なのに、

一瞬であたりの空気が凍ったように感じられた。

紛れもない、それは――どこまでもクリアな殺意。


「シャドウマスターの意味、教えてやろう」


底冷えのする声で、サクヤが囁くや否や、

真っ黒な影が這い寄る蛇のように奔った。


「ッ…!」


かわす間もなく、影が俺の足元へと瞬時に達し、

たちまち下半身の動きを封じられてしまう。


「くっ、くそっ!」


どれほど力を入れてもがこうとも、絡みついた影は離れない。


「覚悟を決めよ。わらわの『影の支配』は、そう簡単に外れはせぬぞ」


このスキル、ドミニオンっていうのか?

なんかそんなカードゲームなかったっけ…って悠長に考えている場合じゃない。

それにしたって、発動音声は全く聞こえなかったぞ……。

上位クラスゆえの特性か何かか?


がっちりと影に抑え込まれ、もはや一歩も動けない俺に、

サクヤがゆるりと微笑みかけてくる。

蕩かすような、それでいて嗜虐的な笑みに、

思わず見惚れそうになってしまう。


「女を守ろうとする、その心意気やよし。せめて、一刀で葬るが慈悲よな」


言葉とは裏腹の、慈悲深さとは程遠い表情で、

サクヤがゆっくりと刀を持ち上げた。


……!


「我が剣の極意、刻んでやろう…『 絶剣・百華陵乱』!」


一瞬にして、サクヤの構える刀剣が数百の残像を展開し、

俺に向かって降り注ごうとする瞬間ー


――全てがスローモーションになる。


自分の心臓の鼓動が、ひどくゆっくりと聞こえ、

時間が無限大に引き伸ばされていくような感覚に襲われる。

百華陵乱の放つ幾筋もの剣の煌めきが、ゆっくりと1点に向かって収束しつつあった。

――狙いは、心臓か。


ならば、賭けてみよう。

俺は目を瞑り、一呼吸―いや、実際には何千分の一呼吸だったかもしれない―置く。

サクヤの刀身に込められた殺意が、俺の肌を切り裂こうとするその刹那―


「ツインソードスラッシュ!」


現時点で所持する最上位の攻撃スキルを、カウンターで叩き込む!

半ばヤケクソの、無謀に無謀を重ねた一撃は、

けれど空を切ることはなく。

激しい衝撃が両手の双剣を襲い、宙を舞う。

クルクルと弧を描くその軌道の半ばで、俺の双剣は消滅エフェクトに包まれて消えた。


「合わせただと?!」


サクヤの声に、初めて動揺が走る。

が、得意になる余裕などあるはずもなく。

とりあえず、とりあえずはーまだ生きていることを噛みしめるので精一杯だ。


が、双剣を失った俺は徒手空拳。

それでも、無意識のうちに、後ろのニアをかばうように。

何も持たぬ両手を構え、次の一撃に備える自分に驚く。


「リョウキさん…」


少しずつだが、HPゲージが回復していく。

ニアが懸命にヒールしてくれているのだ。

ああ、誰かを守る戦いって、こんなにも強くなれるんだな。

絶体絶命のさなかではあるが、心はほんのりと暖かな気がする。


「遊びはそこまでだ、サクヤ」


それまで傍観に徹していたカレンが、進み出る。

いつの間に取り出したのか、その手には白銀に輝くーーひと目で業物と知れる長剣。


「…斬る」


サクヤ以上の鋭い視線に射抜かれ、俺は一歩後ろに後退しそうになる。

既にドミニオンの効果は切れていた。


が、踏みとどまるー

逃げるなら、きっと今が最後のチャンスだろう。

さっきみたいな奇跡はもう望めない。

それでも俺は足を止め、震えるそれを、逆に前へと踏み出した。


それはきっと、独りじゃないからできること。

後ろに、ニアがいてくればこそなのだと。

いつの間にか芽生えた、そんな自分の中の強い想いに驚きながら、拳を構えた。


「…せめてパンチぐらいは決めてやるか」


「はい、わたしも戦いますから」


後ろに控えていたニアが、俺の隣に並び立つ。


「守られてばかりじゃ、いやです」


俺達はひょっとすると最後になるかもしれない笑みを交わし、カレンの攻撃に備えた。

燃えるような赤髪をひらめかせ、カレンが身をかがめた。

銀の長剣が鈍く発光し、攻撃態勢に入ろうとする瞬間ー


「…そこまでだ!」


突然割って入ったのは、力強い男の声。

或いはそれは、救世主の声なのかーー


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