第3話 転移魔法
「で、まずは何をすればいいんだっけ?」
気を取り直して冒険を始めようと意気込んだはいいものの、ガチャを引くことしか考えていなかった俺だ。
もちろんチュートリアルもスキップしているし、攻略サイトもまだ見ていない。
つまるところ、何をしていいやらさっぱりわからないというのが正直なところだ。
「まずは戦闘の練習をしてみませんか?」
一も二もなく、ニアの提案に頷く。
確かに、戦闘こそはMMOの基本にして華。
モンスターを倒して経験値やお金を稼ぎ、装備を整えてクエストを攻略する…
たぶん、このルーンデスティニーもそんなタイプのゲームだろうと見当をつける。
「わかった。どこかいい場所を知ってるかな?」
俺がそう言うと、ニアがパッと微笑んだ。
高度な感情制御エンジンと最新鋭のVR技術が生み出す仮想の微笑…そうわかっていても、思わずドキッとしたのは内緒だ。
「まずはルナリア王国の首都、ダナンに転移しましょう!」
「ダナン…?どこそれ?あとどうやっていけばいいの?」
初心者丸出しの俺に、ニアが丁寧に説明してくれる。
俺のようなプレイヤーのために、チュートリアル機能が搭載されているのだろう。
「ダナンはすべての冒険者にとってのスタート地点です。移動には転移魔法を使えばいいんですよ」
「転移魔法…?」
怪訝な顔で問い返す俺に、ニアが少しだけ得意そうな顔になる。
色々と人に教えることが楽しいのかもしれない。そういうタイプなんだろうか。
「この世界では、基本的に誰でも魔法を使えます。もちろん、高度な魔法は種族やクラスによる制約があるけど…」
「ほうほう、じゃあ俺も転移魔法が使えるんだな」
「そうです。魔法を使うには詠唱が必要ですから、ちゃんと呪文を覚えて下さいね」
「うげ…暗記は苦手なんだがな」
暗記させられるのはリアルの試験やら何やらで十分だ…とげっそり顔になる俺。
そんな俺を少しだけ哀れむような目で見つつ、ニアが杖を軽く振って説明を続ける。
「大丈夫です。転移魔法は、『転移!ダナン!』って言うだけですかr」
ニアの言葉が終わらないうちに、まばゆい光がニアの全身を包み込んだかと思うと、そこには誰もいなくなっていた。
「え、えーと…つまり、転移、しちゃったのかな…?」
一人取り残された形になった俺。
とりあえずニアの言う通り、転移魔法を使ってダナンに行ってみるほかはなさそうだ。
「て、転移…ダナン!」
はじめての詠唱に、気恥ずかしさがないと言えば嘘になる。
それでも俺は思うー魔法が使える世界は、リアルよりずっと素敵で、素晴らしい世界だと。
現実に魔法なんか無い。そこでの俺はただのしがないオタクで、彼女もいない、何の取り柄も無いさえない大学生だ。
でもこの世界なら、そんな自分を少しだけ忘れられる。
なんて感傷に、少しだけ浸りながら。
そっと目を開けてみる。
「相変わらず神殿のままやんけー!」
思わず声に出してセルフ突っ込みしてしまった。
気づけばアラートウィンドウが開いている。
「MPが足りません」
そりゃそうだ。俺のプレイヤーレベルは1のまま。何も育てていないのだ。
転移魔法はデフォルトで覚えているようだが、使用MPが俺の現MPの上限よりも高かったのである。
ニアはレアとはいえ、一応課金限定キャラなので、初期状態でも転移魔法が使えるぐらいにはステータスが高かったようだ。
「それ、教えてくれよ…」
仕方がないので、徒歩で神殿から出ることにする。
古びた扉を開き、一歩外に踏み出せば…
「エリア:ルナリア王国 首都ダナン」
MAPウィンドウに表示された地名に、ずっこけそうになる。
「ここがダナンやんけ…」
何も転移する必要はなかったのだ。よく考えたら、はじまりの街的なダナンからゲームスタートするのは当然の成り行きではないか。
「ご、ごめんなさーい!」
目をあげれば、全力で走りよってくるニアの姿があった。
髪が乱れ、息があがっている。
「あの、高速詠唱モードになってたので、発動前の確認がないのを忘れていました…」
落ち込んだ様子で何度も詫びるニアの姿に、くすっと笑みがこぼれてしまう。
「まぁ気にすんな。俺たちの冒険ははじまったばかりだ!」
「は、はい…!」
俺のルーンデスティニー冒険記、未だ戦闘に至れず。
まぁ、急ぐ旅ではないのだ。
ゆっくりと歩いていけばいい。
傍のニアの手をそっと取ろうとして…やはり恥ずかしいのでやめた。
リアルでも、バーチャルでも、やっぱり女の子は苦手だ。慣れてない。
代わりに初期装備の剣を抜き、景気付けに適当な方向を指し示した。
「とりあえず、なんかスライムみたいなのをやっつければいいんだろ!」
「お、おーう!」
俺たちは歩き出す。
それは、思っていたよりもずっと長い長い旅になることを、今はまだ知らない。