第2話 温かな手
「あ、あの…?」
氷の彫像と化した俺の目の前で、ニアがちいさくぶんぶんと手を振った。
「生きてますか…?」
「…死んだ」
「え…」
肉体はともかく、その時の俺の心は間違いなく死んでいた。
「俺のバイト代が…」
エリスを1発で引いて、ルーンデスティニーを謳歌する計画が…。
まさかの最低レアリティを引いてしまうとは、到底受け入れがたい現実だった。
「うおお…」
言葉にもならない嗚咽のようなものが、思わず喉の奥からこぼれていた。
いつに間にか崩折れている俺。
そんな俺の肩を、ニアが優しくぽんぽんと叩いてくれた。
「あ、あの、わたしなんかが出ちゃってごめんなさい。ハズレ、ですよね…わたし」
そう言って項垂れるニアの目に、ほんの少しだけ光るものが見えたような気がして。
ちょっとだけ、自己嫌悪に襲われる。
ああ、そうだとも。この子に罪はない。
「ごめん。正直ちょっと落ち込んでたけど、君に失礼だったね。」
少しだけ冷静さを取り戻し、ニアに微笑みかける。
「まぁ、SSRなんてそうそう出ないよな…そりゃわかってたんだ。」
「次はきっと出ますよ!きっと!」
そっと目をぬぐったニアが、元気にガッツポーズを見せて励ましてくれる。
ひょっとすると運営の課金推奨プログラムがそうしゃべらせているのかもしれないが、その言葉に元気づけられたのも確かだ。
まぁ、そのなんだ、かわいくないわけじゃない。うん。
かわいいと言えなくもない、うん。
とりあえずは、この子と頑張ってみるか…
そんなちょっと失礼な気持ちで、改めてニアを見る。
ニアのクラスはキャスター。
魔法メインの後衛型で、主たる役割は回復と補助。
一方の俺は攻撃型の双剣士で、キャスターとの相性はなかなか悪くない。
そんな理屈を並べて少しでもテンションを取り戻し、俺は冒険へのモチベーションを復活させようと努力する。
ここですぱっと辞めるには、つぎ込んだ金額が大きすぎた。
「そんなわけで、ひとつよろしく。俺はリョウキ」
俺が差し出した手に、ちょっと戸惑うニア。
それでもおずおずと握り返してくれたその手の温かさに、俺は知らず知らず頰が熱くなったことを自覚する。
最近のVR技術って…すげぇ。
「ニアです。よろしくお願いしますね」
ーはじまりは、妥協から。
それでも、ニアの手は温かくて。
その温度は、ガチャ爆死で凍りついた俺の心を少しずつ溶かしてくれた…なんてのは、大袈裟かもしれないが。
この照れ隠しの握手から、俺とニアの冒険がはじまるー。