第14話 成長
「…これ、…倒せるんすか」
「がんばるのだ、青年よ」
目の前には、爛々たる眼でこちらを睨み据える巨大なドラゴン。
時折シュルシュル…と口から煙を吐き出しては、威嚇してくる。
巨大な翼に、黒々とした鉤爪。
一撃くらったら、相当なダメージをもらいそうだ。
ステータスウィンドウには、「溶岩竜ヴォルテクス Lv40」の表示。
どこからどう見ても、立派なボスクラスだった。
「俺に一撃入れたお前なら、これぐらい大丈夫だって」
ガハハ、と無責任に笑う小野寺さんに、手を貸す気はないらしい。
傍に控えたアイシャも、済ました顔で弓の弦を弾いている。
「今日は、特訓ということなので、がんばるのです」
「なーに、本当に死にそうになったら助けてやるからよ」
いや、わかりますよ。わかります。
せっかく俺たちよりも強い小野寺さんたちにパーティを組んでもらったんだ。
できるだけ上位の敵を狙ってレベルを効率的にあげる。
MMOの常道だ。
「でもこれ、強すぎません…?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とすという…」
「親子じゃねぇし」
っていつもの漫才をやっている場合ではない。
「ニア…危ないから下がっててくれ。いつものようにバフを頼む」
「はい…リョウキさん、気をつけてくださいね」
少しだけ不安そうな表情のニアに、かっこ悪いところは見せられない。
そんな俺たちのやり取りを見て、小野寺さんが少し渋い表情をした気がした。
「グルァアアアッ!」
その表情にどこか引っかかりを覚えるが、詳しく確かめる時間は無い。
右足を高々と振り上げたドラゴンが、無造作に俺の頭上へ振り下ろしてくる。
「うぉお…ブースト!……あっぶねぇ!!」
かろうじて回避したその先に、今度はドラゴンの左足が降ってくる。
加速の余韻を活かしたとっさのスウェー入力が奏功し、
地面を叩いたドラゴンの足の裏側に回り込めた。
抜く余裕すらなかった双剣をやっとの思いで引き抜き、
「くらえっ!ツインバーストストリーム!」
外しようがないその巨体に、最近覚えたばかりの双剣スキルを叩き込んだ。
…が。
「びくともしねぇっ?!」
鉄板に当たったかのように、甲高い金属音で剣が2本とも弾き返される。
腕が痺れるほどの衝撃。
ドラゴンの鱗が硬すぎて、並みの物理攻撃ではびくともしないようだった。
「…リョウキさん!」
呆然とする俺を見かねたのか、駆け寄ろうとするニアに叫び返す。
「バカ!危ないから下がっていろ!」
「ご、ごめんなさい…」
怒鳴られたニアは一瞬だけぎゅっと杖を握り、踏み出しかけた足を後ろに戻す。
その叱られた子犬のような様子に、チクリと罪悪感を抱く。
勢い余って、バカ呼ばわりしてしまった。最低だ。
後で謝らないと…。
…俺は焦っているな、と自覚する。
いずれにせよ、鱗で覆われている部分は殴っても意味が無い。
とすると、どこを殴ればいい?
口の中か、もしくは目玉だろうか。
とりあえず柔らかそうなのはこの2箇所だ。
だが、どう近づけばいい…
そうこうしている間に、ドラゴンが前足攻撃を闇雲に繰り出し始めた。
もうもうと土煙が舞い上がり、地面のあちこちに巨大な穴が穿たれていく。
俺の体はその衝撃に翻弄されながらも、回避に専念することでかろうじて凌ぐ。
考えがまとまらないうちに、再びドラゴンが宙に向かって咆哮する。
度々前足攻撃が回避されたことに怒り、興奮しているようだ。
何かを溜め込むように長い首をたわめ、口から漏れ出る煙の量が倍増する。
その直後、爆炎と呼ぶにふさわしい膨大な熱量のブレスが吐き出された。
「くっ…ニア、避けろっ!」
背後に控えるニアが回避できるかどうかに気を取られ、
自分の回避動作が半瞬遅れてしまう。
まずい…どうすればいい?!
「ツインソードスラッシュ!」
咄嗟の判断で、眼前に迫る炎の渦に双剣スキルをぶつけて相殺を試みる。
苦し紛れだが、炎の半分近くを吹き飛ばし、威力が弱まった。
それでも、HPゲージの半分近くを持って行かれる。
「あっつ…いや、熱くはない、が…」
ダメージ判定で振動が走るものの、さすがに炎の温度までは再現されていない。
それでも、炎に灼かれるという体験は愉快じゃないな…。
「リョウキさん…!ヒーリングエコー!」
背後からヒールが飛んでくる…
ということはニアはどうにか回避して無事だったらしい。
その事実にまずは一安心する。
「ありがとう…助かる」
「リョウキさん…わたしも前に出て戦います」
気がつけば、俺の横にニアがいた。
ぐっと杖を構え、ドラゴンを睨みつけている。
「後衛のニアには無理だよ。俺が守るから下がっていてくれ」
そう諭すが、ニアは一歩も引かないどころか、
決然とした表情で俺の顔をまっすぐ見つめて返してくる。
その視線の強さに、俺はうろたえ、目を合わせ続けることができない。
ニアの目に宿るのは、確かな意志だ。
「守られるのは、違うと思うんです」
「えっ、でもニアはサポートキャラだし、前衛の俺が前に出ないと」
「役割分担するのはわかります。でも、リョウキさんだけ戦って、私は背後で守られるだけというのは嫌なんです」
「ニア…」
「わたし、もっとリョウキさんの役に立ちたい。
…リョウキさんの背中を見ながら守られてるんじゃなくて、リョウキさんの隣に立って戦いたいんです」
そう言って、ニアは微笑んだ。
これまでの柔らかいそれとは違う、芯の強さを感じさせる、そんな笑顔だった。
「だってわたしは、少なくとも今は、リョウキさんのパートナーなんだから」
「…わかった。ごめん…いや、ありがとう」
俺は無意識のうちに、ニアを守るべきものと思って戦っていた。
キャラロストを避けたいから。
ニアが女の子だから。
かっこいところを見せたいから。
色々と理由を挙げることはできる。
でもそれは、どこまでも一方通行な関係だ。
俺が、ニアが望む関係は、親鳥と雛のそれじゃない。
求めたもの、与えたいもの。
それは庇護ではなく--信頼の二文字。
「ニア、俺を信じてくれるか?」
「はい、もちろん」
力強い頷き。
ニアの目に宿る強い輝きは、きっと俺だけに見えている。
まとめサイトや、他のプレイヤーには絶対にわからない。
それは、俺だけに与えられた宝石だ。
「わかった、俺もニアを信じる」
そう言って、俺とニアは並び立つ。
眼前に立ちふさがるは、溶岩竜ヴォルテクス。
巨大な顎から硝煙を吹き上げ、再び俺たちを黒焦げにしようと虎視眈々だ。
けれど、先ほどまでの絶望感は、もうどこにもない。
ここからは、誰かを背後に守る戦いではなく。
誰かに背中を預ける戦いのはじまりだ。