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第13話 逃避

「今晩飲みいっちゃう?」


「お、いいねぇ。女の子も呼ぼうよ」


「ひなたちゃん呼んで!頼む!」


そんなキラキラしたいかにもな大学生達の会話を聞き流しながら、

久しぶりのキャンパスに足を踏み入れる。

今日は必修科目の民事訴訟法があるから、さすがに休むわけにはいかなかった。

そうでなければ、ずっとルンデスを遊んでいたい。


俺の通う大学は、偏差値こそ三流だが歴史だけは長かった。

経年劣化の目立つ校舎の1階にある、無駄に広い大教室の片隅にリュックを置く。

教室のあちこちで仲良しグループが楽しげに会話しているが、俺には無縁の世界だ。

キャンパスライフ、クソ食らえ。


授業開始までやることもないのでスマホを開き、「ルンデス 攻略」と検索する。

適当に上位サイトを開くと、それなりに情報の充実したwikiタイプのサイトだった。


「超攻略 ルンデスまとめ」と題されたサイトの中で、

人気1位の記事はといえば、案の定「レアガチャ当たりランキング一覧」とやらだ。

教授が来るまで、少しでもルンデスの世界に浸りたいと思い、

軽い気持ちでクリックして読み進める。


そこでは、燦然たるSSRの当たりキャラ達が、順位付けで評価されていた。

クリムゾンの奴らが連れていたシャドウマスターのサクヤ、ソードマスターのカレン、

そして小野寺さんの相方、スナイパーのアイシャの姿もある。

堂々たる1位に君臨するのは、もちろん疾風騎士エリスだ。


当たり前だが、レアに過ぎないニアの姿はどこにも見当たらない。

そりゃそうだよな。

無意識のうちに、ニアを探していたことに苦笑する。

その理由を、それ以上深く考えるのはやめにした。


まだ授業の始まる気配はないので、レアガチャ当たりランキングからリンクされている記事から、

更に「全ガチャキャラ評価まとめ」というタイトルに飛んだ。

指の赴くままにクリックし、いつの間にかナ行を探し当てている。


…あった。

ニアの、微笑を浮かべて少し首を傾げている公式イラスト。

それは、俺の知っているニアとはどこかが違う。

…顔立ちも、服装も、俺の知っているニアと同じはずなのに。


「キャスター ニア レアリティ:レア 評価30/100 可もなく不可もないサポート系キャラ。

序盤はそれなりに使えるが、中盤以降は低いステータスがネックになると思われる。

攻撃優位のゲームバランスを考慮するなら、他の当たりキャラが出たなら乗り換え推奨」


読み終えた途端、後悔に襲われる。

どうして安易な気持ちで調べてしまったのだろう。

攻略サイトが口さがなく一方的な評価を下すなんて当たり前のことだ。

ましてや、事実上の外れ扱いである「レア」のキャラならなおのこと。


そうわかってはいても--重い石を飲み込んでしまったような、

そんな重たい感情がみぞおちの辺りに溜まっていく気がした。

人はいつだって、誰かを、何かを気軽に評価して、切り捨てて、笑い飛ばす。

俺だってこれまでの人生で幾度となくそうしてきたし、ニアを所詮レアだと思いもした。

だから、まとめ記事のコメントを非難することはできないし、そんな資格はない。


…それでも。

ニアが他の奴らに勝手に点数を付けられ、知ったような口ぶりで論評され、

軽んじられるのは許せないと思う自分がいた。

こいつらがニアの何を知っている?

…俺は知っている!

ニアの笑顔を。涙を。優しさを。温かさを。


「でも、SSR引いたらそっちに乗り換えるんだろ?」


心の中でもう一人の意地悪な自分が囁いてくるのを打ち消そうとする。

どうしてこんなに入れ込んでるんだ…

普段にも増して千々に乱れる思考に無性に苛立ちを感じ、

乱暴にスマホの画面をロックした瞬間、教授が入ってきた。

俺はほっとしてスマホをポケットにしまい、教科書を開いた。


「えーそれでは、今日は第一審の管轄裁判所についてだが…」


今はルンデスのことは、ニアのことは忘れて、一応は学生らしく授業に集中しよう。

そう自分に言い聞かせて、脳裏で微笑むニアの映像を、俺はシャットダウンした。


…そして数時間後、俺はまっすぐ部屋に戻るや否や、ルンデスを起動する。

食事は歩きながら済ませたし、風呂は明日でいい。

ただ今は一刻も早く、ログインしたい。


…それは、逢いたい人がいるから?

我ながら乙女チックな発想だ、と打ち消す。

違う、ニアだけじゃない。

小野寺さんやアストライア団長、それにまだ見ぬ騎士団のみんなにも会いたいからだ。

そう自分に言い聞かせる。

ゲームはやりはじめが一番楽しいから、きっとそれが理由だ。

…きっと。


「認証完了。ゲーム起動中…」


脳裏に白いウィンドウが浮かび、ウィイイン…

というハードの心地よい起動音に身を委ねる。

待ち望んだ飛翔の瞬間。

今はただ、何もかもを忘れて、俺は飛び立つのだ。


「ルーンデスティニーの世界へようこそ」


壮麗な音楽と共に、洒落た飾り文字のタイトルが明滅する。

背景には、様々なキャラクターのシルエットたち。

そのどこかに、ニアもいるのだろうか…


「Continue」ボタンを押すと、虹色の転送エフェクトが視界を覆った。


「首都ダナン 白の騎士団本部」


視界が開ければ、まず目に飛び込むのは現在位置表示。

白い泡のような出現エフェクトと共に、自分の仮想身体が構成されていく。


ここにいるのは、もう冴えない原田涼紀なんかじゃない。

そんな奴は現実の向こう側に置いてきたのだから。

今は、今だけは--将来を嘱望された若き双剣士のリョウキだ。


「おかえりなさい、リョウキさん」


待ち望んだ声がして、俺はことさらにゆっくりと振り向く。

高鳴る鼓動は、きっと走って帰ってきたせいだ。

頰が暑いのは、たぶん部屋の窓を開けなかったからだ。


振り向いた先で、ニアがぱたぱたと手を振っていた。


「…ただいま、ニア」


そう言って俺も自然と微笑を返す。

…そういえば、あちらではもう随分と笑っていない。

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