第12話 現実
「見事だ」
起き上がれない俺に、そう言って小野寺さんが腕を差し伸べてくれる。
システムによる自動蘇生処理が終わったばかりで、
まだ呆然としつつもその手を握り返した。
「うぉっ」
そのままぐいっと持ち上げられ、高々と腕を掲げられる。
小野寺さんが客席を睥睨し、もはやお馴染みとなった大音声で呼びかけた。
「諸君、この一撃を以って、リョウキは勇を示したり!」
「「然り!然り!」」
練兵場内の騎士達が声をそろえて応じる。
「我ら白の騎士団に迎え入れること、異議のある者はいるか!」
「「異議なし!!」」
それから、誰も彼も楽しそうに武器を打ち鳴らした。
ひときわ高みにある客席から俺たちを見下ろしていたアストライア団長が、
ふわり、と地上に舞い降りてくる。
「団長アストライアの名において、白の騎士団への入団を認めよう」
そう言って、すらり、と腰に佩いた剣を抜く。
華麗な装飾の施された、白銀の刺突剣。
それをぴたり、と俺の肩に当てた。
そうするのがさも自然であるかのように、体が勝手に跪く姿勢を取っている。
少し、恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい気持ちが強かった。
…誰かに認められることって、こんなにも嬉しいことなんだな。
アストライア団長が、端正な唇を開いた。
「我らが剣は汝と共にあり」
凛とした声に、騎士達が大音声で唱和する。
「「我らが剣は汝と共にあり!」」
「汝の忠義は我らと共にある」
「…(我の忠義は、汝らと共にある、っていっとけ)」
小野寺さんがこっそり教えてくれた。
それ…普通あらかじめ教えといてくれるもんなんじゃ…。
「わ、われの忠義はなんじらと共にある…」
かろうじてつっかえつつも言い終えることができた。
うむ、とアストライア団長が頷き、流麗な動作で剣を収める。
「というわけでよろしく。リョウキくん」
アストライア団長がにっこりと微笑む。
それはまさに生ける天使の微笑みで…あれ、この例え前も使ったっけ?
思わず鼻の下が伸びたところを、
後ろから弾丸のようにものすごい勢いで何かがぶつかってきた。
「うおわっ!?」
思わず地面に倒れそうになるところをこらえると、
それは涙と鼻水でぐじゃぐじゃになったニアだった。
「えぐっ…よがっだ…リョウキさん…わだじじんぱいで!」
嗚咽のせいで不明瞭な言葉になっていたが、
ニアがとても心配してくれていたことは、明瞭に伝わってきた。
「ありがとう…ニアが応援してくれていなかったら、負けていたかもしれない」
「ぞんなこと…うっ…うっ…わたし、助けにいきたかったです。
…でも足が竦んでなにもできなかった」
そう言って鼻をすすりあげるニアの肩を、そっと抱きしめた。
「(おい、もっとぐっと抱きしめておけ!ついでにチューもしとけ、チューも)」
「…あんたって人は…」
小野寺さんにあまりに煽られるので、気恥ずかしくなって俺はニアの肩をすぐ離す。
それでも、手に残った柔らかい感触に、少しだけ動悸が早くなる。
「 (ヘタレ…)あいたたた!!」
いつの間に現れたのか、アイシャが弓の先を小野寺さんの耳の中に突っ込んでいた。
あれはさすがに…痛いだろうな。
「…オホン。いや、それにしても思い切ったいい動きだった」
耳を押さえながら、小野寺さんが改まって右手を差し出してくる。
握手を返しながらも俺は謙遜した。
「あそこでトールハンマーを使われていたら、何もできずに撃ち落とされていたでしょう」
「…まぁな。だが、運も実力のうちってやつさ」
「勝利条件が優しかっただけです。結局死にましたし」
「俺は試合に勝って勝負に負けた、ってやつだな。いやはや、愉快愉快!」
そう言って豪快に笑う小野寺さんを、素直にかっこいいと思った。
現実でもこういう大人になれたら、素敵だろうなと。
ふと、そんなことを考えた。
「ところでニアちゃん、君も晴れてギルドの一員だし、この後お茶でもしばかない?」
「え…あの?はい?」
エロ親父の目になってニアに擦り寄る小野寺さんに、
俺はいきなり前言を撤回せざるをえない…俺の感動を返せよ。
「えいや」
アイシャに今度は鼻の穴へと弓を突っ込まれ、小野寺さんが鼻血を吹き出した。
黙って微笑んでいたアストライア団長が口を開く。
「色々あって疲れたろう。夜も遅いし、今日は解散としてはどうかな?」
「そ、そうですね」
言われてみればここのところずっと、戦闘の練習やら狩りやらスキル上げやらと、
ほぼぶっ通しでルンデスを遊び続けていた。
もちろん、時折ログアウトして必修の授業は出ていたが、
幾つかは切った科目もある。
家事も最低限、食事はカップ麺中心というダメ大学生の見本のような生活。
急に現実のあれやこれやを思い出し、一気に気持ちが醒めかける。
黙り込んだ俺を心配したように、ニアが覗きこむ。
「大丈夫ですか?ゲームは1日1時間、ですよ?」
「「「それは無理」」」
「えっ…」
全員に即座に否定され、ニアが落ち込んだ。
誰だこんな名言を組み込んだMMO開発者は…矛盾もいいところでだ。
「まぁ、今日はこれで落ちるよ。皆さんありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「ああ、お疲れさま」
「おつ!」
アストライア団長と小野寺さんが手を振ってくれる。
…ああ、このゲームに、帰る場所ができたんだな。
そう思うと、冷えかけた心のどこかに、また熱が灯った気がした。
少し寂しげな表情を浮かべるニアに声をかける。
「ニア、またな」
「はい。またリョウキさんに会えるのが楽しみです!」
そう言ってぶんぶんと手を振ってくれる彼女の姿に、
少し後ろ髪を引かれる思いがある。
このVR世界が、現実だったらいいのに。
この世界なら、ニアがいて、仲間がいて…と、そこで考えを無理やり打ち切った。
少し感情移入しすぎだな…VRゲームの怖いところだ。
「じゃあ、また」
わざとそっけない返事を残し、俺はログアウトボタンを選択する。
『ログアウトします。よろしいですか』
Yesを押下するのに、少しだけ時間がかかった。
…ホントは、もうちょっと遊んでいたいな…みんなと…ニアと。
完全に接続が切れるまでの十数秒、少しずつぼけていく景色の中で、
ニアは全力で手を振り続けてくれていた。
それはプログラムされた感情かもしれないが、
それでも、誰かに名残を惜しんでもらうのは嬉しいことだ。
フッ…というかすかな音とともにVR映像が完全に消滅し、
俺はヘッドギア型のハードを外して起き上がる。
いつもの湿っぽい万年床に、
部屋の中に干された洗濯物の生乾きの臭い。
絶望…というほど大げさではないことは認めよう。
けれどここには、いつかそこに辿り着くだろうという、
そんな予感の腐臭が微かに漂っている。
もう俺は、栄光ある白の騎士団に所属する双剣士のリョウキではない。
都内の三流私立大学に通う、さえない原田涼紀19歳だ。
傍に放り出された携帯の着信はゼロで、メールは出会い系スパムの1件だけ。
-ニアは、ここにはいない。