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第1話 俺の金を返せ?!

「つ、ついにこの時が来た…」


荘厳な雰囲気をたたえる祭壇の前で、俺は高鳴る鼓動を抑えきれなかった。


そう、ガチャである。俺はこれからガチャを引くのだ。


ソーシャルVRMMO「ルーンデスティニー」こそは、まさに現代ゲーム業界の誇る究極のガチャゲーであると言っても過言ではない。

幸運に恵まれ、人気デザイナーの描き出した絶世の美少女たちを排出することができれば、最高の優越感に浸りながら、彼女たちと冒険を楽しむことができるのだ。


「長かった…」


思わず独り言がこぼれ、他のプレイヤーからうろんな視線を向けられてしまう。

だって、しょうがないだろ。

どれだけのバイト代をつぎ込んだと思っているのか。


この「ルーンディスティニー」は究極の課金ゲーとも呼ばれ、数々の廃課金を生み出してきたのだ。

そう、何事にもお金はかかる。地獄の沙汰も金次第。いや、地獄のガチャも金次第か。


無料で召喚できるキャラクターはすべてむさいおっさんかガチムチなお兄さんで、かわいい女の子は課金でしか手に入らない。

清々しいほどの課金推奨仕様に、プレイヤーたちは当初こそ反発したものの、いつの間にか「逆に潔いのでは」と今や大量の信者を抱えている。


そして何より、キャラクターの完成度が極めて高い。

VRにありがちなカクカク感、嘘くさいところがまるでなく、まさに男の理想ともいうべき美少女が眼前に顕現し、あまつさえ触れることも可能なのだ。

一度課金キャラを引くと、もはや現実の女性には微塵も興味を持てなくなる…とはネットの噂するところだ。


何より特筆すべきは、そのガチャ代の恐るべき高さである。

具体的な金額は、あえて書くまい。無粋である。

何となれば、ガチャこそは現代の貴族の嗜みである…とは友人の言葉だが。


とにかく、「ルーンデスティニー」サービス開始の数ヶ月前からバイトに励んだものの、サービス開始直後にはいまだ引けず、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ数ヶ月を経て、ようやく1回引くだけの資金が貯まったのだ。


そんな紆余曲折を経た万感の思いを胸に込めて、俺は祭壇の前に手をかざす。

目の前にウィンドウが開く。


「有償召喚を1回行いますか?」


迷うことなくイエスボタンを押しこむ。手が少し汗ばんでいた。


「本当によろしいですか?」


ああ、いいとも!

再確認のイエスボタンを颯爽と叩き、俺は祈るような気持ちで祭壇を見つめる。


もちろん狙うはただ1人。

現在のガチャでピックアップされているエルフ族の疾風騎士にしてSSR、「エリス」だ。

SSRとは「スーパースペシャルレア」の略で、ルーンデスティニーにおける最高レアである。


お約束の金髪碧眼。スレンダーなスタイルに攻撃特化の高ステータス。

案内画面で微笑むエリスに魅了され、ひと財産失くしたものもいるという…。


あえて言おう。当たったら、死んでもいい。

それぐらいに俺は「エリス」に惚れ込んでいるのだ。


公表されているガチャの当選確率は1%。とんでもない低確率である。

それでも、俺ならば当てられる…そんな根拠のない自信があった。


ガチャン、と重々しい音がして、祭壇に光エフェクトが発生する。

俺の保有する有償石の表示が、300から0になる。もう後戻りはできない。


魔法陣が回転し、光が縦横無尽に祭壇を走り抜ける。

いわゆる当たり演出というものは、このルーンデスティニーにはない。

SSRだろうがSRだろうが、最低ランクのRだろうが、キャラクターが出現するまではわからないのだ。

そちらの方がロマンがあるからだろう。キャラが出る前にハズレと分かるのは悲しいものだ。


あっという間に光が収束し、魔法陣が次第に人の形をとりはじめる。

待ち望んだ瞬間に、胸の高鳴りが頂点に達する。

美少女と冒険したいからこそ、俺はゲーム開始以来1ミリも冒険を進めていないのだ。


「…っ!」


光の人型が次第に女性らしいフォルムを形作っていく。


「黒髪…?」


なんてことだ。金じゃない。

エリスは金髪で、黒ではないのだ。

心臓がぎゅっと縮むような絶望が這い上がってくる。


「しかも、ショートカット?」


もはや完全に女性の形をとったソレは、俺にとって絶望の象徴に転化しつつあった。


「あ…ヒューマンのキャスター、ニア…です。召喚に応じ参上しました。」


目の前に現れたのは、黒髪ショートカットの、まぁ、かわいいと言えなくもないかな…?という少女だった。例えて言うなら、クラスで6番目ぐらいのかわいさ、と言えばいいだろうか。

小さな杖を抱えた、小柄でも大柄でもなく、絶世の美少女でもなく、フツーの、どこまでもフツーの女の子が、俺の前で困ったように微笑んでいた。


「アレ…キンパツジャナイ」


かろうじて絞り出した第一声は、自分でもぞっとするほど暗く響いた。

なけなしのガチャで、外れてしまった絶望…たかがガチャ、されどガチャなのだ。

俺の苦節ウンマン円が、一瞬にして消えてしまったのだから…


でも、今となっては、そんなことを言ったことを後悔している。

そのときのニアは、一瞬だけとても悲しそうな顔をしたんだ。

しばらく後になって、俺はニアのその表情を、悔恨と共に思い出すことになる。


とにかく、これが、俺とニアの出会いだ。

確認するまでもないが、念のためステータスウィンドウを開く。

奇跡よ起これ。

見た目はあれだけど、実はSRぐらいだったりしないか?

祈るような気持ちで、ニアのステータス詳細を確認する。


…ああ、知ってたよ。


そこには燦然と輝く「R」の文字。

つまるところ、要するに、見間違えようもなく、ニアのレアリティは「レア」。

ルーンデスティニーのレアキャラヒエラルキー堂々の最下層。

すなわち、大ハズレである。


奇跡は起きなかったのだ。

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