第二話
砂漠特有の強力の日差しは、青年の肌を焼き、熱せられた頭は思考能力と判断力を奪われる。
長時間直射日光に晒され続けていたのだろう、青年の、肩から露出された腕は真っ赤に染まり、軽度の火傷を負っていた。
「あ〜……なんか、俺もうやばいんじゃね……?」
呟く言葉も幽鬼の如く、力の無い音の羅列が垂れ流されるだけだ。聞いている人間がいたとしても、聞き取れはしないだろう。だが、それ以前に、俯瞰的に見ればほぼ平面の砂漠において、見渡す限り青年以外の人間は存在していないのだが。
暑さに堪りかねたのか、青年は、腰に吊るされた動物の皮を加工した水筒に手を伸ばす。そして、蓋を引き千切るように開けると、水筒を口の上に、入り口を下にして天を仰ぐ。だが何も出てこない。
振る。
しかし何も出てこない。
青年は愕然とした。
「くそっ、もう水ねぇのか。……ああっ、何だって水があんなに高いんだよっ!!」
叫び、水筒を彼方に放り投げる。だが当然、それに答える人物など無く、声は虚しく、吹き渡る風に掻き消された。
それでさらに疲れたのか、青年はさらに肩を落としてぐったりと歩きはじめるのだった。……途中で水筒を拾いつつ。
そんなギリギリの精神状態であったからか、青年は、地中から彼に近づく気配に気付かなかった。
唐突に、青年の背後の砂丘が盛り上がり、爆発する。砂を撒き散らし、巨大な影が地中から躍り出たのだ。
飛び出した影は、空中で重力にしたがって反転、巨大な口を青年に向ける形で落下する。
そうして初めて、青年は上を向いた。
暑さにやられた頭は、目の前の光景を数瞬遅れて理解し――
「――うおああああっ!?」
ようやく状況に思考が合致したのは、目の前に真っ赤な口腔が広がったときだった。
長きに渡る旅の経験から、青年は瞬時に状況を把握。驚愕の表情を変化させるよりも早く、思考が回答を弾き出す。そして、絶望した。ここから逆転する術を、青年は持ち得ない。
一瞬にも満たない時間は、体感的に引き伸ばされ、ひどくゆっくり死の時が迫る。
▽
フェイリンが転移石を利用し、現場に辿り着いたのは、ちょうど巨大な影が地面から飛び出したところだった。
「まったく、ギリギリじゃない。もっと早く感知しなさいよね」
今まさに、目の前で人が死のうとしている瞬間にも拘らず、フェイリンは酷く冷静に状況を分析した。そして、状況に即した行動を瞬時に決定する。
彼女に出来るのは、燃やし、壊すこと。
フェイリンは、両腕を前に突き出す。
「――――」
唇と舌を細かく複雑に動かし、僅かな呼吸で大量の言葉を口内で素早く発する。
紡がれた言葉は、そのまま外へ出ずに体内を駆け巡り、魔力を喚起。言葉と魔力は混ざり合い、そして魔術へと昇華する。
この世界に普遍として存在する魔術は、誰でも使うことが出来る代わりに、鍛錬や才能にその能力は大きく左右される。故に、より大きな力を求めて、人々は魔術を学ぶ。
そうして生まれたのが、魔術師。巨大な力を有する代わりに、国家へと忠誠を捧げた者たちだ。
「――――爪、牙、角。およそ全ての攻めるもの」
魔術へと昇華した魔力は、明確に表された言葉によって、体外という不安定な場所へと現される。
フェイリンの周囲の温度が急激に上昇し、チリチリと砂を焼き、空気を焦がす。そして、両手の平の先に、彼女の身体よりも大きな火の塊が現れた。
「――――打ち崩せ」
最後に、引き金となる言葉を一つ。それによって、現れた魔術は術者のイメージを以って形を成し、術者の望む結果を求め始める。
火球が、空気との摩擦によって暴力的な音を発し、空中を滑るように飛ぶ。そして、落下しつつある巨大な影の横腹に撃ち込まれた。