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08

「殿下。カーネラです。薬をお持ちしました。」


 あれから、無事に殿下は目を覚まされた。その時に思いが通じたようで、お二人は毎日幸せそう。あの殿下があそこまで変貌なさるとは……って、今はそれを考えている時じゃないわ。


「……入れ。」


 返事が聞こえてきたから、思考を一旦止めて、ドアを開けた。殿下の様子を伺ったけれど、その視線は寝ているアイリス様に向いたままだった。……まぁ、いつものこと。


「アーサー様はギルバートさんとお話中でしたので、代わりに薬をお出しするよう頼まれました。」


 気にせず要件を伝えながらお薬を準備していたけれど、全く反応が返ってこない。


「……殿下、聞いてらっしゃいますか?」


「ん……あぁ、済まない。……あ、いや、聞いてはいる。」


 不安になって聞いてみると、返ってきたのはそんな答え。


「……アイリス様は逃げたり致しませんから。いったん薬を飲んで下さいませ。」


「……あぁ。」


 返事を聞いて、私はコップに水を入れた。


「……それより、殿下がどこかへ行ってしまわれそうで心配です。そうなると、アイリスがきっと、生きていけなくなってしまわれます。アイリス様の為にも、くれぐれも、ご無理だけはなさらないで下さいませ。」


 そう言いながら、コップを渡す。すると、殿下はじっと私を見ておられた。……私、なにかおかしなことを言ったかしら? 首を傾げても、殿下は固まったまま。機嫌を損ねられたようではないんだけれど……。声をかけた方がいいかしら。そう思った時だった。


「…………お前、アイリスが好きなんだな。」


 優しい表情になった殿下に、今度は私が固まる番だった。


「え? ……なに当たり前のことをおっしゃって言いるのですか。アイリス様が好きでなかったら、ここまでついてきておりません。……一生お仕えすると、決めた方ですから。」


 ふふ、って笑いながら、お薬を殿下に手渡した。


「……そうか。」


「はい。ですからもし、殿下がアイリス様を泣かせるようなことがありましたら、容赦致しません。」


「お前が言うと怖いな。」


 言いながら笑った殿下を見て、私もつられて笑顔になった。殿下がお薬をお飲みになったから、コップを受け取った。


「……心配するな。アイリスを泣かせるつもりはない。幸せにしてやりたいと思っている。」


 殿下は愛おしそうにアイリス様を見つめて、その頬にそっと触れた。


「……俺が幸せにできるか、不安だが。」


「まぁ。私からアイリス様をとっておいて、そんなことおっしゃるんですか?」


 アイリス様を幸せにできるのは、あなた様しかいないのに。


「とったつもりはないが……」


 一瞬きょとんとした後、真剣な表情で殿下が言うから、私は思わず笑っていた。


「ふふ。確かに表現が悪うございました。でも、最近のアイリス様の考えることといったら、専ら殿下のことですから。アイリス様の世界は、殿下中心に回っておられるんですよ。」


「そうか。」


 殿下の声は、どこか安堵感があるような感じだった。


「俺の世界も、アイリス中心に回っている。……同じだな。」


 そうおっしゃった殿下の笑顔がとても綺麗で、私は一瞬言葉が出てこなかった。でも、殿下も幸せなんだということが分かると、だんだん心が温かくなっていくのを感じた。殿下が幸せだということは、きっとギルバートさんも喜ばれるわ。そんなことを考えていると。


「ん…、んーっ」


 聞こえてきたのは、アイリス様の声。


「……グ…レン、様?」


 目をこすりながら、アイリス様はまだ眠たそうな声を発した。


「あぁ。おはよう、アイリス。」


 殿下はアイリス様に向かって微笑むと、その額にそっとキスを落とした。なにをされたのか分かっていない様子のアイリス様だったけれど、少しずつ意識が覚醒してきたのか、みるみるお顔が赤くなっていった。


「――っ、な、ななっ、なにをなさってるんですかグレン様…!」


「……おはようのキスだが。なにか問題でもあったか?」


 平然と答えた殿下と、真っ赤なお顔のアイリス様。見ているこちらとしては、とても微笑ましい。


「い、いえ、嬉しいんですけど、嬉しいんですけど…っ」


 アイリス様は布団で顔を隠していらっしゃった。


「……アイリス?」


 殿下はちょっと困惑気味。なんだか可愛いかもしれない。


「……、は、恥ずかしいんです…っ」


「恥ずかしい?」


「か、カーネラが見てます、し。」


「…………だそうだ。」


 殿下は真っ直ぐ、私を見ておっしゃった。……はいはい分かりました、二人きりにして差し上げます。


「では、私はお邪魔なようですので、失礼致します。」


「えっ、ちょっ、カーネラ! 私、そういうつもりで言ったんじゃ…っ」


 ガバッと起き上がったアイリス様。ちゃんと分かっておりますから大丈夫です。ただ、ここは私に空気を読ませて下さいね。


「いえ。二人のお時間を邪魔するわけには参りませんので。何かありましたらお呼び下さい。」


 型通りの礼をすると、私はなるべく静かに退出した。


 お二人の想いが通じたのが、数日前。もっと心が乱れるかと思ったけれど、全然そんなことはなかった。幸せそうなお二人を見ていると、私まで幸せな気持ちになれる。

 これもきっと、あの夜ギルバートさんと話せたお陰。また今度、ちゃんとお礼を言えたらいいな。

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