07
お城に戻られてから、アイリス様はグレン殿下のために紅茶をいれたり、お料理を手伝うようになったりして、ますます輝いておられる。殿下も殿下で、日に日に表情が和らいできたと思うの。特にアイリス様を見る目が本当に優しくなった。……だからこそ。
「あれでまだ両想いじゃないってちょっと信じられないわ……」
「ほんとよね。」
私たち侍女の最近の話題といったらこれ。
「だってあの殿下があんなに優しい表情をなさるのよ?!」
「びっくりよね! 信じられないわよね!?」
「あー、わたしも新婚旅行について行きたかったなー。」
「ちょっとカーネラ、ずっと手を動かしてないでちょっと休憩して、話を聞かせてよ。」
「えっ?」
今日も今日とて、皆で殿下とアイリス様のことを話しているわねと思いながら、カップを食器棚にしまっていたら、名前を呼ばれて思わずビクッとしてしまった。……カップを落とさなくてよかった。
「わ、私じゃなくてもティナやルチルがいるじゃない。」
振り返って答えると、皆はそれはそれは、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「二人には何回も聞いたわよー。カーネラからは、そろそろアイリス様のお気持ちをちゃんと聞きたいのよね。」
「でなきゃ、アイリス様を応援していいかどうか分からないじゃない?」
「えっと……」
「ほらカーネラ、こっちにおいで。」
ティナとルチルに呼ばれて、私はしぶしぶ皆の元に。あらいざらい話さないといけなくなるからちょっと困ってもいるけれど、本当はこうして皆と話が出来るのが嬉しい。
「で? 結局のところどうなの? アイリス様は殿下のことが好きなの?」
「アイリス様はああやってお顔を赤くされたりなさるんだもの、そういうことでいいわよね?!」
「えっ、あー、うん、あの……み、皆で応援しましょう?」
皆の、黄色い声があがる。東の宮に勤める皆の仲が、ぐっと近くなった気がした。私以外にも、アイリス様を大切に思う人が、この国にもできたんだ。それが、嬉しかった。
「殿下はどうなのかしらね。」
「確かに。まだ手を出したわけではないわけだし……」
「もう! ルチル、はしたないわよ!」
皆の笑い声が響く。
皆の笑顔を見ながら、ふと、いつか、殿下がアイリス様の想いを受け入れて下さるといいなって、素直に思えた。そうしたら、もっともっと幸せな毎日が待っている気がして。
だから、まさか、あんなことが起こるなんて。
* * *
「アイリス様…!」
私は知らせを聞いて、すぐに医務室に向かった。殿下がお休みになっている部屋に通されて、中に入ってみると、ベッドの横にアイリス様は座っていらっしゃった。
「あ……カーネラ。来てくれたんだね、ありがとう。」
そう言ったアイリス様の笑顔は、とても儚いもののように思えた。
「あの…、殿下のご容態は…?」
数時間前、アイリス様と一緒にパーティーに向かわれたはずのグレン殿下は、ベッドの上。今日はダンスを踊っていただくんだって、アイリス様はあんなに楽しみにしておられたのに。
「……一命は、取り留めたっておっしゃってた。解毒薬を投与したから、今グレン様は毒と戦ってらっしゃるんだって。」
毒と聞いて、思わず声をあげそうになった。矢が刺さったと聞いてきたけれど、毒矢だったということ…? 殿下のお顔が、さっきよりも青白く見えて、私はすぐに考えるのをやめた。一命は取り留めたっておっしゃっているんだから、悪い想像はしないほうが良い。
「そうですか……」
しばらく、沈黙が続いた。それ以上なんて声をおかけしていいか分からなくなってしまって。
なにも言えないけれど、せめてお側にいようと思って、そっと控えていたら、アイリス様が口を開いた。
「……グレン様ね、私のことかばって下さったの。」
「……はい。」
「なにが起きたか、分からなかった。……グレン様はぐったりしておられるし、血は止まらなくて、意識も、失ってしまわれて。」
ぼうっと、窓の外を見ながらおっしゃっていたアイリス様だけど、そこまで言って、涙を堪えた目が私を見た。
「皆の前だから泣いちゃいけないって、私がグレン様の無事を信じなきゃって、泣くのを我慢してたけど、グレン様が死んじゃったらどうしようって……ほんとは、怖くて泣きたくて仕方なかった…っ」
はらはらと涙を零すアイリス様を、思わず抱きしめていた。
「私の前では、構いません。泣きたいだけ泣いてください。」
「……っ」
アイリス様は、私の背中に腕を回された。
「カーネラ、カーネラ…っ」
しばらく泣き続けられたアイリス様。けれど、それから殿下が目を覚まされるまで、アイリス様は涙を見せることも、弱音を吐くこともなかった。
殿下の妻として相応しくあるために、頑張っておられるアイリス様。そんなアイリス様を残されて、このまま目を覚まさなかったら恨みますからね、殿下。
……お願いですから、早く目をお覚ましください。