05
ローレウスの国王の即位式は、私たち侍女は参加できないからどういうものだったのかは分からないけれど、殿下とアイリス様の様子を見るに、つつがなく終わったみたい。
本当はもう少しローレウスに滞在する予定だったのだけれど、ラカントから帰ってくるように連絡があったらしく、急遽帰ることになった。
帰りの宿では、殿下とアイリス様は同じ部屋で過ごされることになったの。本当に仲良くなっていっているのが実感できて、私も嬉しかった。この間に殿下のために紅茶をいれることを覚えたアイリス様。それはもう可愛くて可愛くて。
今日も紅茶をいれて、殿下の元へ。
だけど、今日はなんだか殿下の様子がいつもと違っていた。そわそわしているというか、そんな感じ。
「……グレン様? どうかなさいましたか?」
隣に座ったアイリス様が聞いても、殿下は言葉を濁していた。
「殿下。」
ギルバートさんが咎めるような口調で言うと、ようやく殿下はアイリス様のほうを見て、名前をお呼びになった。
「その……なんだ、あの…、街……に、行きたくは、ないか?」
これは、デートのお誘い…?
後でルチルに言ったらまた暴走しそうだなぁなんて思ってしまった。
もちろん、アイリス様は喜んでお受けした。ギルバートさんがどこで手に入れたのか、平民の服を用意して下さっていて。
「そ、その服、私が着てもいいんですか!?」
アイリス様は目を輝かせてらっしゃった。
というわけで、当然のように平民の服に着替えることに。
「よかったですね、アイリス様。」
「うん、ほんとに!」
部屋を移動しながら、アイリス様の笑顔はキラキラ輝いていた。
「どこに行けるのかしら。せっかくなら、王族だと体験できないことをしてみたいな。」
「王族だと体験できないこと、ですか?」
「ええ。人混みの中を歩くとか、お店に買い物に行くとか、あとは、行列に並ぶとか! そういうこと、させてもらえないでしょう?」
「な、なるほど。」
ルナリア様たちにお土産も買いたいなー、なんておっしゃりながら、アイリス様は着替え始めた。
きっと、デートするように殿下に言って下さったのはギルバートさんなのよね。こんなにアイリス様が楽しそうにしてらっしゃるんだもの、感謝しなきゃ。
そう思いながら、平民の服に着替えられた殿下とアイリス様を皆と一緒にお見送りした。
* * *
「デートですって、デートですってティナ!」
「はいはい、分かったから落ち着いて。」
「これが落ち着いていられる?! これで一気にお二人の距離は縮まるに違いないわ! 汚れたシーツの片付けが仕事に加わるかもしれないじゃない! こっちまで嬉し恥ずかしって感じよね、もうほんと素敵だわー!」
「はしたないわよルチル、黙ってて!!」
案の定、ルチルはちょっと暴走気味。これじゃティナの言葉もほとんど聞いてないと思うわ。
「って言うかカーネラ! 貴女もなに落ち着き払ってるの、殿下とアイリス様の一大事よ?! お祝いしてもいいぐらいなのよ?!」
「え? あー、うん、そうね。お仕事終わらせたら、夜三人でお祝いしようか。お菓子かなにか用意できるといいね。」
「違うわよ、そんなささやかなお祝いじゃないわよ!」
「カーネラもルチルの扱いが上手くなったわね。」
「ティナのおかげね。」
「全然嬉しくないわよ、それ……」
恨めしそうに言うルチルがおかしくて、私とティナは顔を見合わせて笑った。
* * *
「あ、ギルバートさん。」
自分でも無意識に口にしていた私の声を聞いて、ギルバートさんは足をとめて下さった。
「こんにちは、カーネラさん。どうかしましたか?」
「い、いいえ。」
宿には今使用人しか残っていないので、皆それぞれ好きなことをして過ごしていた。私はちょうど、厨房に行って今日の夕飯の時間を確認してきたところで、これからティナとルチルと部屋でゆっくりするつもり。
そこでギルバートさんが通り過ぎるのを見かけたら、思わず彼の名前を呼んでしまっていた。
「なにかあったわけではなくて、ただ、あの…、お礼をと思いまして。」
「お礼ですか?」
「はい、こうして殿下とアイリス様がお出掛けになれたのは、ギルバートさんのおかげですよね? アイリス様、とても喜んでらしたんです。ありがとうございました。」
私はぺこりと頭を下げた。
「いえ、そんな。殿下と奥方に仲良くなって欲しいと思っている、僕の為でもありますから、お礼を言われると照れ臭いです。」
顔をあげると、とても優しい表情をしたギルバートさんがいて。本当にこの人は、従者の鏡みたいな人。
「お二人とも、楽しんで下さるといいですね。」
「はい!」
帰って来たアイリス様から話を聞いたら、ギルバートさんにもお伝えしよう。真っ直ぐで、眩しいギルバートさんの笑顔を見ながら、私は心の中でそう決めた。