04
パァァン――!
広間に響き渡った、頬をぶつ音。
「グレン様のこと、なにも知らないのにそんなこと言わないで!!」
直後に響いた、アイリス様の声。
私は、相手がこの国の王弟殿下でいらっしゃるから、どうしようと思う反面、アイリス様よくやりました、と褒めて差し上げたい気持ちだった。
ローレウス城に着いて、無事迎えた晩餐会。付き人は一人と決まっていたから、私が行くことになって、ティナとルチルは部屋に残ることになった。
晩餐会にはアイリス様のお兄様、レイテッド様とその婚約者フリージア様もいらっしゃって、アイリス様はとても嬉しそうだった。殿下とも仲良く食事をとっておられたし。
食事も終わりかけた頃、アイリス様がデザートを取りに行くのに私もついて行った。そうしたら、アイリス様に声をかけてきたのがこの国の王弟殿下、タートイス様。正直、あまり良い噂は聞かない。アイリス様に手を触れた時なんて、やめてくださいって大声を出しそうになった。……一介の侍女にそんなこと出来ないから、ぐっと我慢したけど。早くアイリス様のこと解放して下さらないかしら、そんな風に思っていると。
『不吉な赤目を持つ冷たい人間の妻になど、貴女とてなりたくはなかったでしょう』
だなんて、おっしゃるから。思わず殴ってやろうかなんて、侍女にあるまじきことを思ってしまったわ。もちろんぐっとこらえたけれど。
でも、そう思っていただけに、アイリス様が平手打ちを食らわせて下さって、清々した。
でも、そこで登場した殿下がアイリス様とのラブラブっぷりを無意識にタートイス様に見せつけた時は、もっと清々した。ざまあみ……ううん、何でもない。
一連のやり取りが終わって、殿下とアイリス様は先に部屋にお戻りになられた。殿下に頼まれたから、デザートをギルバートさんに届けなくちゃ。そう思って歩き出そうとしたけれど、タートイス様がまだアイリス様の方を見ていたから、思わず言ってしまった。
「タートイス様。あのお二人はああ見えて相思相愛ですので、邪魔はなさらないほうが身の為かと。」
あくまで一介の侍女だから、うやうやしく。
一瞬で立ち直ったタートイス様からダンスに誘われたけれど、笑顔できっぱりお断りして、私はギルバートさんのところへ歩き出した。
「ギルバートさん、見ての通り殿下とアイリス様は先にお部屋に戻られました。」
「あー…、そうみたいですね。」
殿下とアイリス様が座っていた席に戻ってギルバートさんに言うと、彼は頭を抱えてうな垂れてた。
「あら、なにうな垂れてるの? 貴方の主、かっこよかったじゃない。」
フリージア様は笑顔でおっしゃった。
「いや、確かにそうですけど、そういう問題じゃないと言いますか……」
まぁ、相手が相手だものね。
「……でもほら。タートイス様、別の女性とダンスを踊ってらっしゃいますよ。」
「えっ。」
私が言うと、ギルバートさんはダンスを踊るタートイス様を見て固まってしまった。
「いろんな人に声をかけてるから、アイリスから断られたところでそんなに堪えていないのかもしれないね。」
レイテッド様がにこやかにおっしゃると、ギルバートさんはそうですねと言いながら苦笑いなさってた。
「まぁ、その辺りは殿下がなんとかなさるでしょうから任せておきましょう。それより、このデザートを早く食べてしまってください。アイリス様のところへ行けません。」
デザートが乗ったお盆を差し出すと、ギルバートさんは首を傾げた。
「デザート、とって来たんですか?」
「ええ。タートイス様に話しかけられる前にとっていましたから、返すわけにもいかなくて。殿下が、ギルバートさんに差し上げるようにと。」
「ああ、そうなんですか……。カーネラさんは、甘いものはお好きですか?」
「え? まぁ、好きですけれど……」
急に話題を変えて、どうなさったのかしら。不思議に思っていると、ギルバートさんはフォークでケーキをさして、それを私に向けた。……え?
「あの、ギルバートさん?」
「どうぞ、カーネラさん。口、開けてください。」
「いや、えっ?」
ケーキが近付いてきたから、思わず口を開けた。当然のように、私の口の中に入ってきたケーキ。
「美味しいですか?」
ギルバートさんはにこにこしていて、なにも言い返せないけれど。……私、子ども扱いされてない?
「このピンクのケーキは苺味でしょうか。カーネラさん、欲しいですか?」
「いや、あのっ」
「はい、あーん。」
「……っ!」
完全に子ども扱いじゃない! 確かにギルバートさんのほうが四つほど年上だけれど、私もうすぐ十七になるのよ?! 充分大人だと思うの!!
「あ、このアップルパイは貰ってもいいですか? 僕、アップルパイ好きなんですよ。」
言いながら、ギルバートさんはアップルパイを食べてた。その間に、ようやく咀嚼し終えた私は、口を開いた。
「ギルバートさん、どういうおつもりですか! 私、子どもじゃありませんわ、自分で食べられます!」
「え!? すみません、子ども扱いしたつもりはなくて…! あの、カーネラさん、両手が塞がっているから自分では食べられないのではと思って。」
「テーブルに置けば手はあきます! それに、これはギルバートさんに差し上げるようにと殿下から…っ」
「はい。いただいた僕が、貴女にも差し上げたいと思ったから差し上げたんです。」
「…っ、」
「ではテーブルに置きましょうか? 確かに、そのほうが二人で同じタイミングで食べられますから、早く食べ終わりますね。」
「――っ、」
なんだか、調子が狂う。
「カーネラさん? 食べないんですか?」
「たっ、食べます! 早く食べてアイリス様の所へ行きますっ」
「はい、そうしましょう。」
にこにこ、にこにこ。
人当たりの良い笑顔を浮かべていらっしゃるけれど、そこには断れないなにかがある。
陛下の側近であり次期宰相と言われているユリウス様や、軍の統帥権をお持ちのグレン殿下の影に隠れてしまいがちなギルバートさん。
「それはオレンジで、これはメロンですね、美味しいですよ。食べてみてくださいカーネラさん。ほら、口を開けて――」
「じ、自分で食べます!」
でも、ギルバートさんも、人に言うことを聞かせることに関しては、お二人に負けてないんじゃないかしらと思った。