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02

「もう、本当に申し訳ありません……」


 馬車が出発するなり、ギルバートさんは私たちに頭を下げた。今日から殿下とアイリス様の新婚旅行だっていうのに、どうなさったのかしら。


「ギルバートさん、どうなさったのですか、頭を上げてください。」


 一緒に馬車に乗っている、同僚の侍女、ティナとルチルも慌てて頭を上げるよう声をかけた。ギルバートさんは爵位をお持ちの家の方だから、私たちより身分が上。そんな方に頭を下げられたらいたたまれない。


「殿下にはあとでよく言って聞かせておきます。本当に申し訳ありませんでした!」


 ああ、さっきのことね。私は、アイリス様が馬車に乗った時のことを思い出した。


「それについては、先ほども言いましたように心配いりませんよ。」


 グレン殿下と仲良くなるとお決めになったアイリス様。馬車に乗る時に手を貸していただけなかっただけで、諦めたりするお方じゃないわ。


「それより、殿下のほうがこれから大変だと思います。」


「え? どういうことですか?」


「アイリス様は、一度決めたら最後まで貫くお方ですので。殿下がどれだけ冷たくあしらっても、アイリス様は殿下と仲良くなることをそう簡単には諦めたりなさいませんよ。」


「そ、そういうことですか……」


 困ったように笑ったギルバートさんだったけれど、どこか嬉しそうでもあった。


「でも、それなら、殿下のためにも、奥方様を応援しないといけませんね。」


「殿下のため、ですか?」


「はい。僕、殿下には幸せになって欲しいんです。その相手が奥方様なら、なんの心配もいらないなと思って。」


 本当に、笑顔が素敵な方。心から殿下を慕っておいでなのだと伝わってくる。……もちろん私だって、負けないくらいアイリス様のこと想っているつもりだけれど。


「新婚旅行でなにか進展があるといいですね。」


「ええ、ほんとに!」


 ティナとルチルの言葉に、ギルバートさんも頷いていた。


* * *


 皆が望んでいたように、一緒に過ごしていくうちに、殿下とアイリス様は距離が近くなられたように思う。アイリス様も嬉しそうだったけれど、それに負けないくらいギルバートさんも嬉しそうだった。


 このまま、穏やかに時間が流れて行くと誰もが思っていた矢先。ローレウス王国内の宿に着いて、しばらくしてからのこと。


「…………すまない。少し、一人になりたい。」


 殿下は静かにそう言うと、奥の部屋に行ってしまわれた。私でさえ驚いたのだから、アイリス様はもっと驚かれただろうし、ショックを受けたんじゃないかと思う。ギルバートさんは、気にしないで下さいとおっしゃったけれど。


 結局、殿下は晩ご飯の時間になっても、部屋から出ていらっしゃらなかった。どんどん元気のなくなっていくアイリス様が心配だったけれど、ギルバートさんから話を聞いて、殿下にコーヒーとクッキーをお持ちすると決めて、少し元気が戻っていたから安心した。やっぱりアイリス様はああでなくちゃ。


 ……でも。


「……アイリス様、遅いわね。」


 私の思いを汲み取ったみたいに、ティナが言った。


「え? 遅くなるかもしれないから先に休んでって言われたじゃない。」


 さっきお風呂から上がったルチルは、髪を乾かしながら言った。


「それは、そうだけれど。」


「それに、殿下とアイリス様はご夫婦なんだから。アイリス様がお部屋にお戻りにならなくたって、別になんの問題もないと思うわ。」


「ええっ?! お二人ってそんなに進展なさっていたの!?」


「うーん、まぁ、私の願望でしかないけどねぇ。でも、お二人ってお似合いでしょ? 今頃もうベッドの中だったりして。」


 ルチルの言葉に、ティナは顔を真っ赤にしていた。なんだか可愛い。


「ねえ、カーネラはどう思う?」


「……え、あ……うん、そうねぇ。確かに最初に比べたら仲良くはなられたけれど、どうかしら。」


「そうね…、手を繋いだだけでお互い照れるっていうのも可愛くていいわね。」


「……なんだ、結局全部ルチルの願望じゃない。」


「私の願望でしかないって言ったでしょ? あー、覗きに行きたいわー。」


「もう、ルチルったら! カーネラも何とか言ってやって!」


「えっと……多分、覗きに行ったりしたら侍女の仕事クビになるよ?」


 私が言うと、一拍おいて、ルチルとティナが噴き出した。


「……え? 私なにかおかしなこと言った?」


「いえ、そうじゃないんだけど。」


「カーネラってアイリス様命、みたいなところがあって、そんなに喋ったことなかったじゃない?」


「あ、うん、それは……」


「面白いのね、思ってたより。あたし好きよ、そういうところ。」


「え、は?」


「いつもルチルの暴走を止めるのが私一人だから苦労してたの。頼りにしてるね、カーネラ。」


「え、あの。」


「クビにはなりたくないし、おとなしくこのまま寝るかぁ。」


 伸びをしながら、ルチルは立ち上がった。


「そうしましょ。殿下も、さすがにこんな時間なんだからアイリス様のことお部屋まで送って下さるわよ。」


 ベッドに入った二人が、不思議そうに私のほうを見て首を傾げた。


「カーネラ、寝ないの?」


「…っ、あ、うん、今行くわ。」


「早くおいで。明かり消すわよー。」


 ラカントに来てから、とにかくアイリス様のことで頭がいっぱいで、同僚とはそれなりの関係しか築こうとしていなかった。会話も必要最低限の会話しかしてないし。

 今回の旅行も、侍女を三人連れて行くと聞いた時は、上手くやれるか少し不安だった。こうして侍女が同じ部屋に寝泊まりすることになるだろうと思ってたから。……幸い、ティナもルチルもよく喋る子だったから気まずかったりはしなかったけど。


「ねぇ、思ったんだけど、カーネラって何歳なの?」


「え?」


「私とティナは十八よ。幼馴染なの。」


「えっ、二人とも私より年上なの?!」


「えっ、カーネラの方が年下なの?!」


 布団に入っていたティナが、がばっと起き上がった。ルチルも、驚いた顔をしてて。


「えっと…、もうすぐ十七になるわ。」


「ちょっと、貴女それ今十六ってことよね?!」


「あ、うん……」


 てっきり、同い年か年下だと思ってた。二人とも可愛らしいから。


「あ、私の方が年下なら、敬語のほうがいい?」


「そんなのいいわよ、気にしないで。」


「うん、気にすることないわ。」


 二人とも、柔らかい表情だった。


「うん…、ありがとう。」


 私は無意識に、ラカントの人たちから距離を置こうとしていたのかなって思った。でも、それじゃいけないって思ったのも、この時。この先ラカントで、アイリス様のお側で生きていくなら、ラカントの人間になるぐらいの気持ちでいなきゃ、って。


「そうかー、十六かー。」


 そう言ったルチルは、どこか憂いを帯びた表情で、年相応に見えた、のに。


「フィジーライルに男とか居なかったの?」


「は? ……あの、ルチル?」


「もしくは、ラカントに来てから、運命的な出会いがあったとか。ねぇ、なにかないの?」


「えっと、あの……」


「だって十六でしょう? そういう浮いた話があったっていいじゃない!」


「ルチル、もうその辺にしとこうよ、早く寝ようって言ったじゃない。……カーネラ、ルチルのことは無視していいから。この子、この手の話になると止まらないのよ。」


 呆れたように言うと、ティナは布団にくるまった。


「え? えっと……」


「えー? そんなこと言っちゃっていいの、ティナ? エドワード様とのこと」


「ちょっとルチル! その話は…!」


「……エドワード様? 第三師団の師団長様のこと?」


「あら、カーネラ知ってる?」


「お顔とお名前ぐらいだけど。」


「うふふ。じゃあ話が早いわ。実はね、そのエドワード様とティナなんだけどーー」


「ああああもう、やめてってば!!」


 ティナの様子と真っ赤な顔から察するに、ティナの想い人もしくは恋人がエドワード様ってことなのかしら。


「別にいいじゃない、なんなら自分で話す?」


「ーーっ、カーネラ、ルチルのことは放っておいてもう寝ましょう!」


「……え? 聞かせてくれないの?」


「ふはっ、いいわー、あたしカーネラ大好きよ!」


「もうっ、二人ともっ!!」


 さすがにもう遅い時間だから寝ましょうということになって、結局ティナの話は聞けなかった。もうちょっと仲良くなったら、聞かせてもらえるかしら。


 一緒に来たのがこの二人で本当に良かったと思いながら、私は眠りについた。

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