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01

 敬愛する姫様の結婚が決まった。


 輿入れの準備をするようにと、国王陛下から事前に伝えられたけれど、姫様にはまだ言ってはならないとのこと。……結婚相手がラカント王国のあのグレン殿下と知ったら、確かに姫様はショックを受けてしまわれるかもしれない。とは言え、心の準備も必要だと思うのだけれど……。国王陛下にそのようなことを申し上げる勇気はないので、ただ黙って頭を下げた。


 その後国王陛下から縁談を聞き、ラカントに嫁ぐと決めた姫様は私を責めることもなく、私がついていくことを受け入れてくださった。


「私きっと、グレン殿下と幸せな家庭を築いてみせるわ。」


 そんな言葉と共に、フィジーライルを出発した姫様。グレン殿下がどんな方であっても、ラカントがどんな所であっても、私は姫様の味方であり続けようと決めた。


 そうして、やって来たラカント王国。立派なお城に、美しい王族の方々。色々なことに驚いたのを覚えている。そして、彼の第一印象は、『なんだか影の薄い人』だった。


 人の目を引く容姿をした主に仕えていたせいだったのか、本人のおとなしそうな見た目のせいだったのか、その辺りは詳しく覚えていないけれど。



「カーネラさん、重くありませんか?」


「ええ、大丈夫です。」


 私よりたくさん本を持っているにも関わらず、私のことを気遣ってくださるギルバートさん。お優しい方だな、なんて呑気に考えていた。

 初めて二人きりで話したのは、アイリス様がグレン殿下とお話できるようにと、私がギルバートさんのお手伝いを買って出たときだった。

 グレン殿下と仲良くなると決意されたアイリス様は、それはそれは生き生きしておられた。多少強引にお茶会に参加させた感は否めないけれど、私がお使えしているのはアイリス様なので許してください、殿下。そんなことを思いながら、ギルバートさんと一緒に部屋をあとにした。


「まだしばらく歩きますから、重かったら言ってくださいね。絶対ですよ?」


「はい、わかりました。ありがとうございます。」


 ギルバートさんが殿下から頼まれていたのは、地下の書庫で本を探して、それを殿下の執務室に運ぶことだった。これがまたけっこうな冊数。結局二往復したから、ギルバートさんお一人だったら四往復ぐらいしていたことになるのよね…? お手伝いを申し出て良かったと思う。二往復している間、ほぼ初対面に等しかったけれど、ギルバートさんが話題を提供してくださったから、気まずい空気が流れることはなかった。


「そう言えば、カーネラさんは、いつから姫様にお使えしているんですか?」


「私が九歳の頃からです。もう七年になりますね。」


「では、乳姉妹ではないのですか?」


「……そうですが、いけませんか?」


「いえ、まさか! 僕も殿下とは乳兄弟ではないので、なんだか嬉しくて。」


「……嬉しい?」


 私が怪訝な目を向けたけれど、ギルバートさんはにこにこしながら、はいと頷いた。


「王族だと、側に使えている従者は、乳兄弟のことが多いでしょう? 僕の方が三つ年下なので、乳兄弟でないとすぐに分かるのか、時折変な目で見られることがあるんですよね。」


「そうなんですか。それは失礼ですね。」


「でしょう? 従者が乳兄弟でないといけないなんて決まりはないのに!」


「ふふ、そうですね。」


 力を込めて言うギルバートさんがなんだかおかしくて笑うと、彼は目を細めて私を見た。とても、穏やかで優しい表情だった、のに。


「カーネラさんは、ずっとこちらに居るおつもりなのですか?」


「え……」


 聞こえてきた言葉に、心がすうっと冷えていった。


「ああ、はい。そのつもりです。」


 この頃はよく、この質問をされた。まだ、ラカントに来てすぐだったから単純に気になっただけだとは思うけれど。私の返事を聞くと、皆から「親元を離れてさみしいでしょう」だとか、「母国に帰れないのが可哀想」だとか、そんなことを言われた。

 私は、姫様が外国に嫁げばついて行くと決めていたからそのことを嫌だと思ったりしていないし、家族とは手紙のやり取りをしているから、さみしいと思ってもいないのに。

 私の感情を一方的に決めつけて哀れみの目を向けられることのほうが、辛かった。


 だから、ああこの人もか、と、私は半分投げやりな返事をした。――のに。



「そうなんですか! カーネラさんがいてくださったら、姫様も心強いでしょうね!」



「……え…?」


 返ってきたのは、予想していなかった言葉だった。


「殿下は少々、感情を表に出すのが下手な方なので、姫様を傷付けてしまうのではないかと心配していたんです。でも、カーネラさんのような方が側にいてくださってよかったです。」


「あ、えっと。」


 ちょっと待って、予想外の言葉に、頭がついていかない。ただ、この人は私の心を決めつけないでくれたのだと、その喜びが、ふつふつと湧いてきていることだけはわかった。


「お互いの主が夫婦になるので、僕たちも関わることが多くなると思います。至らないところがたくさんあると思いますが…、よろしくお願いしますね。」


「は、はい、こちらこそ。」


 ギルバートさんの笑顔は、人を安心させる効果があるんじゃないか、なんて思った。ラカントに来て初めて自分のことを分かってもらえた気がして、素直に嬉しかった。


 この会話がきっかけで、ギルバートさんの印象は、『なんだか影の薄い人』から『信頼できそうな人』に変わった。

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