07 呪いをかけた魔女さんであるあなたが親切でよろしいのかしら
「お嬢様、本当に行くんですか?」
「そうよ、エディ。だって、そのために旅行をこの地にしたのだから」
ディスカは玄関ホールでエディと話していた。話の内容は、今から1人で出かけようとするディスカを心配するエディだ。
「いやまぁ、それは最初から聞いていましたが」
「なに、ダメだっていうの?」
「いや、良いですけど……オレはついてっちゃダメなんですか?」
「ダメよ。あの人は大の男嫌いなのだから」
「まぁ……そうですけど……あ、じゃあ!ジェスト様を連れて行くっていうのは?」
「ダメに決まっているでしょう!なんのために、ジェスト様がまだお眠りになっているこの時間に出掛けると思っているの。
それから、ジェスト様がお起きになったら、レイラさんのところでも行くように伝えておいて欲しいわ。絶・対・に!私があの人に会いに行ったということを伝えてはいけないわよ?」
「わかりましたよ。はぁぁ。心配だなあ」
音袈裟に心配するエディを尻目に、ディスカは顔が見えないようフードを深くかぶった。
「じゃあ、くれぐれも宜しく頼むわね。行ってくるわ」
一部の使用人しか起きだしていない早朝。傍目から見ていたらだいぶ怪しい。
人目を忍んで行く場所。それは。
「久しぶりね、魔女の家に行くのは」
ディスカに呪いをかけた、魔女の家である。
新婚旅行に選んだこの地には、西側に深い森が広がっている。昼間でさえも光が届かない深い森は、迷路のように入り組んでいて知らない者が入ると道に迷う。
そんな森の奥にある、ボロい家。
一見するとボロいが、それは魔女の見せる幻覚であって、実際は素晴らしく綺麗な豪邸(建てたのはディスカの父親。せめてもの機嫌直しである)。
「フィブレの森の魔女!ディスカ・シェゼンスタよ」
普通に森の中に入ると、ディスカでも迷う。しかし、森に入る前に声を張り上げて名乗りをあげると、どんな道を使おうと2〜3分ほどで魔女の家に着けるのである。
「魔法って不思議ね」
「当たり前さ!魔法だからね!」
「びっくりした。久しぶりね、フィブレの森の魔女さん」
「あぁ、久しぶりだね。何年ぶりだい?」
不意に現れたのはフィブレの森の魔女と呼ばれる、ディスカに呪いをかけた魔女だ。魔女と話しながら森を歩く。
魔女は大層美しい女だ。
白銀に輝く髪に、白い絵の具に青を一滴垂らしたような白に限りなく近い薄い青の瞳。肌も白く、ただただ白い。
「久しぶりだけれど、そんなに経っていないわ。そうね、1年ぶりほどかしら」
魔女の家はここにあるが、魔女に会うためならばここに来ずともいい。ただしそれは魔女の気紛れで身近に現れた時だけだが。
「はん。そんなに短かったか」
だいたい一年に一度ほどの割合で魔女の家を訪れているのはただの習慣である。最初の頃は母が付き添い、呪いが解けないかの交渉に来ていたのだ。
呪いを解こうとしても解けないという結論に達してからは母は会いに来なくなり、ディスカは習慣のように魔女の元を訪れていた。
「えぇ。私の呪いが解ける目処は立ったかしら」
「……無理だね。絡まった糸は切らないと取れないのさ」
魔女は綺麗な顔を嫌そうに顰めた。
「知ってるわ。これを聞いたのは習慣だもの」
「そうかい。ほら、入りな」
「ありがとう」
魔女の家に入ると、やはり外はボロく見えるが中は綺麗だった。どこかの貴族の豪邸のようだ。
「あんた、結婚したんだってね」
はい、と渡されたのはティーセットで、ティーカップにふわりと茶葉が入って、ひとりでにポットが傾く。魔女の魔法だ。
湯気のたったそれを飲み、魔女を見た。
「えぇ。結婚したわよ」
「わたしを呼ばなかったね?」
「だってあなた、魔女じゃない」
魔女は人間に馴れ合わない。
「まぁそうだねえ。でも、あんたが誘ってくれたんなら行ったよ。ああでも、あんたの父親には会いたくないけどねえ」
魔女はシェゼンスタ公爵が嫌いだ。散々怒らしたのだから仕方ない。
「そうでしょう」
「ああ。それにしても、変な結婚をしたね」
「変?」
「あんたは夫を愛してるけど、夫はあんたを愛してない」
「あぁそういうこと。そうよ」
魔女には嘘をつけない。本音を見抜くから。
「惚れ薬でもやろうか?」
魔女はニヤニヤと笑いながら、壁に並んだ棚から一つ瓶を出した。トン、と置かれた瓶の中には桃色の液体が入っている。
「惚れ薬?いらないわよ」
「いらないのかい?」
「ええ。いらないの」
「そうかい。入り用ならまた言ってくれ」
魔女は瓶を棚に戻す。
「あんたは不幸な娘だね」
魔女はディスカの真ん前に座って、笑った。
「私は不幸じゃないわよ」
「じゃあ、幸せかい」
「ええ。幸せだわ。愛する人と一緒に居られるもの」
「愛されてなくとも?」
「ええ」
「あんたは死ぬのに?」
「死ぬから愛されていなくても幸せなのよ」
「はん。そうかい、相手はどうだろうかね」
「どういうこと」
「あんたの夫は……いや、やっぱりなんでもないよ。あんたが選ぶ未来は全部、あんたが幸せなのかよくわからない未来ばかりだ」
魔女はいつもよくわからないことを言う。常人には理解できないのかもしれない。
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「ただいま」
屋敷の扉を開くと、ドタバタと音がしてジェストが転がり出てきた。
「ディスカ!」
「まあどうしましたの?」
その顔には焦りが浮かんでいて、いつものおとなしい笑顔がない。
「どこに行っていたんだい」
「森へ」
魔女の元であることは言えない。
「森⁉︎迷ったらどうするんだ!」
「そうですわね……エディあたりが探しに来てくれるのではなくて?」
「エディ……?ディスカにずっとくっついているあれか!」
「それがどうしましたの」
「ディスカ、君が結婚を急いだ理由、君が自分を愛さない人を探した理由、それはもしかしてエディに関係があるんじゃないのか」
その顔には責めるような雰囲気が滲んでいる。
「だったら……だったらどうだというのです?浮気性な旦那様は、私の人間関係など、どうでもよろしいのではなくて?」
「……そう、だが……」
勢いが急速に衰える。
「私は疲れていますから、部屋に戻りますわ」
にっこりと微笑んでジェストから離れた。