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06 たまには私を連れて出掛けようというそれは気遣いですのね

「ディスカ、たまには2人で出掛けないか?」



 2人きりの朝食の時間。

 突然のお誘いに、ディスカの手がピタリと止まる。



「2人で?」


「あぁ。レイラが今日は用事らしくてね。そういえば、どうしてレイラは王都からこっちに帰ってきているんだろう……」



 ふと思った疑問のように、ジェストが呟く。ふぅ、吐息を吐いてからディスカは食事の手を再開しつつ、説明してあげた。



「あなたを追って、ではありませんでしたわ」



 ディスカも、レイラが王都を離れた理由が知りたくて調べていた。ジェストを追って、ではないことを祈って。

 だがしかし、元々新婚旅行をこの場所に決めたのはごく最近なので、レイラが知るはずもない。よって、レイラが戻ってきていたのは単なる偶然だった。



「残念でしたわね。新婚旅行を追ってくるほどは愛されていませんわね」


「え?いや、別にそこは……」



 もごもごと、最後の言葉ははっきりしない。ちょっと口が滑ってしまったかと、ディスカは反省しておいた。



「で、理由ですが。彼女のおじいさま、かなりのご高齢だそうですわね。しばらくは領地に帰れないので、丁度社交界や茶会が途切れるこの時期を狙って帰ってきただけだそうですわ」



 レイラは今、結婚相手を探すために王都にいる。しかし、出会いの場たる社交界や茶会が一年の内に一時期、完璧に途絶えてしまう時期があるのだ。

 それが丁度この時期。


 狙ったわけではなく、レイラは自領に帰ってきていたわけである。しかし、やっていることはジェストとの逢引きなので、傍目にはただ会うために帰ってきたようなものである。



「そうだったのか」


「えぇ。王都に帰るのは、数日ほどですが私たちの方が早いですわ。今の間に会っておかないと、次なかなか会えませんわよ」


「そうだね。……で、今日の話だけど。新婚旅行で来たのに、僕らがどこにも行かないのはおかしいだろう?」



 あぁそういう話だったわね、と話が戻されてしまう。



「まぁ。そうですわね。どこかに行きますの?」


「街に出ようかなと思っているよ」


「街に?」


「あぁ。ここの街は賑やかでね。王都ほどの華やかさはないけれど」



 ディスカは、貴族のお嬢様だった。街へと出たことはない。色んな意味で箱入り令嬢なのだ。



「レイラさんはそれを知っていて?」


「なんでそこでレイラが出て来るんだ」


「レイラさんが、どのような用事で今日あなたと会えないのか、教えていただいておりまして?ばったり会ったら、気まずいですわ」



 浮気相手はあちらであり、妻はディスカであるというのに、その心境たるや仲睦まじい夫婦の夫を誑かす悪女の気分である。



「……夫婦だから、一緒にいてもおかしくないだろう」


「そうですわね。じゃあ、街へ行きましょうか」



 鈍感男(ジェスト)は、鈍感ゆえに残酷である。しかし、自分の本音を言わないディスカにも非がある。



「これは多分、お互い様なのね」



 ぽつんと呟いた言葉は、ジェストには聞こえなかった。




*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



「ほら、この髪飾りだよ」



 さっきから、ジェストは何を言っているのだろうか。ディスカは遠い目をしながら義務的に相槌を打つ。


 多分ジェストは、ディスカが楽しめるように話をしてくれているのだろうが、最近の行動がレイラとばかりだったためか、レイラとの思い出話しかしてこないのである。

 なんだこいつは、という心境だ。



「で、そこでレイラがね」



 広間に行ってもレイラ。

 店に入ってもレイラ。

 噴水を見てもレイラ。

 時計台の下でレイラ。


 新たな語尾のような気さえする。


 適当に相槌を打ちながら、これは一体なんていう拷問かなと思った。



(私ったら、この人を本当に好きなのかしら)



 ぼうっと思う。



「ディスカ!」


「え?」



 不意に、右側にいたジェストがディスカの右腕を引っ張った。向かい側からくる急ぎ足のおじさんが、丁度ディスカがいた場所に体当たりするような勢いで去っていく。



「ありがとうございます……?」



 ぼうっとしていたから気付かなかったが、この街では急ぎ足の人が多い。

 そして賑やかだ。



「ぼうっとしていてはいけないよ。君は細いし、そこらへんの粗野な奴に当たられたら折れてしまいそうだ」



 にこっと笑って、ディスカを抱き寄せる。自然な動作が様になっていた。



「レイラさんも……いえ、なんでもないですわ」



 レイラのことも、こうやって抱き寄せるのか、と聞きたかった。でも聞かなかった。



(気がきくのね。……出会ってすぐも、気がきく人だったわ)



 やっぱり自分は、ジェストが好きだ。最後に一緒に過ごす人として選ぶほど。



(……そうだったわね。私が選んだのは一生一緒にいる人ではなくて、最後に一緒に過ごす人なんだわ。残される人の悲しみはいかに。

 やっぱり、レイラさんを愛しているジェスト様の方が悲しみは少ないはずだもの。私を愛さないでくれる方がずっと……)



「ディスカ、次はあっちに行こう」



 ジェストに引っ張られて、次の店を冷やかしに行く。



 ジェストの心にはレイラがいるだろうが、今ジェストの横にいるのはディスカなのだ。それに満足すべきで、そのうち明け渡す場所に鬱々と考えていても仕方のないことだ。



 今は楽しもう、とディスカはにっこり笑った。



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