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05 帰ってきてくださる場所がここであればそれ以外はどうでもいいですわ

「ディスカ、本当に良いのかい」


「いいですわよ。早く行って来なさいな」



 寝不足な目を擦りながら、ディスカはひらひらと手を振る。早く出て行け、と思わないでもない。



「本当に?」


「鬱陶しいわ。レイラさんとのことは私も承知の上で了解しているのだから」



 現在の押し問答は、ジェストがレイラの元へ行くか行かないか、という話だった。



(今は嫉妬するほども元気じゃないのよ)



 昨夜、ディスカは満足に眠れなかった。



「本当に?」



 同じ言葉を2度も聞いてくる。



「約束しましたでしょう?3つ。覚えてませんの?」


「覚えているよ。ひとつ、帰る場所はここであってください」


「それよ!」



 ふたつ、と指を立てようとしたジェストを止め、言う。



「ここへ帰ってきてくださるのなら、あとはどうでも良いのですわ」


「そう、なのか」



 ジェストは少し不満そうに言って、けれども出る時には嬉しそうに行ってしまった。



(どうでもいいけれど、浮気しに行く夫を見送る妻の心境ってなんなのかしらね)



 目が、鼻の奥が、ツンと痛くなったのは気のせいだと思い込むことにした。



*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



「エディ、私は寝るわ」


「はい、お嬢様」


「違うわ、奥様よ」



 現在、ディスカは夫婦の寝室として用意されていた寝台の上で横になっていた。そう、夫婦の寝室として(・・・・・・・・)用意された部屋だ。

 昨日、寝不足だったのはこの寝台で2人眠らなければならなかったからである。

 ジェストは気まずそうにソファで寝ることを主張したが、そんなことはさせられない。押し問答の末に、どうにか2人揃って寝台に入ったのだ。

 そこまでは良かった。


 何がまずかったかというと、ドキドキしっぱなしで眠れなかったことである。



「オレにとっては、奥様というよりいつまでもお嬢様ですもん」


「そうかしら。そうなのね」



 夢に入るまでのウトウトと微睡む現在、ぼんやりとした意識でエディとの会話をこなす。



「で、お嬢様。奥様となった今もオレがそばに控えるっていうのは、本当はいけないことなんですよ?」


「うんうん、知ってるわよ。でも、全てを知ってる人がそばにいて欲しいのよ」



 1人で何かを抱えるのは、苦しい。誰かと共有する方が楽なのだ。



「だから、そばにいて、エディ。ジェスト様には最後までいて欲しいと言っているけれど、本当の最後までは願えないから」


「オレは、そばにいますよ。ずっと、ずっと。お嬢様のそばに」



 うん、とディスカは微笑んで、夢の中に落ちていった。




*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*




「ふあ……」



 欠伸をして、伸びをする。眠気が飛ぶとすっきりした。



「おはようございます、お嬢様」


「おはよう、エディ。旦那様は帰ったかしら」


「いえ。まだ」


「そう。まだなのね。ちゃんと帰ってきてくれるかしらね?」



 今、何してるのか。どこにいるのか。

 それはきになる。でも一番ディスカが気にしているのは、ジェストが帰ってきてくれるか、であった。



「きっと、ちゃんと帰ってきてくれますよ」


「そうね。待つ側はいつだって、信じることしかできないものだもの」



 そんな健気なものじゃないけれどね、と苦く笑う。



「お嬢様、お腹空いたでしょう?どうぞ」



 エディが差し出したのは、サンドイッチの入ったバスケット。礼を言って受け取り、今が何時か尋ねた。



「2時ですよ」


「そうなの。寝すぎちゃったわね。何も知らない使用人が不思議に思っちゃうわ」


「あ、その心配は多分ないですよ……」


「あら、どうして?」



 聞いて、パクリとサンドイッチを囓る。しゃくりと野菜が潰れた。



「夫婦仲がよろしくて、昨日の晩はなかなか寝れなかったのだろうと思われていますから。旦那様が出かけたのは、奥様とのデートの下見だろう、と」



 説明するエディの顔がほんのりと赤い。



「あらそうなの」



 深く考えることなく、ディスカはへぇ、と頷いた。貴族の大変なところは、噂話が好きな使用人にうっかり話の種を与えてしまうところだ。

 例えば妻もしくは夫の不貞だとか。

 しかし、そうやって勘違いされているならその心配はないと安心した。




*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



「ただいま、ディスカ」


「あらおかえりなさい、ジェスト様」



 ジェストが帰ってきたのは、丁度夕飯前だ。



「ジェスト様、お夕飯はいかがなさいます?」



 もしかしたら、レイラの元で食べてきたかもしれない。そう思って聞いたら、ジェストは複雑そうに顔を顰めた。



(顔を顰めたいのはこちらだわ。レイラさんの、かしらね?この甘い香水の匂いは)



 ふわりと香った香水に、ディスカは眉根を寄せる。ハッと気がついて人差し指で眉間のシワをほぐした。



「僕はまだ食べてないよ」


「では、食べましょうか」





「今日はね、街へ行ってみたよ」


「あら、そうですの。何かありまして?」


「綺麗な髪飾りがあったよ」


「そうですの。買いました?」


「あぁ……いや、買ってない」



 夕飯は意外にも会話のある時間だった。

 今日の出来事を、レイラを省いて説明してくれる。悲しいけれど、楽しい。複雑だった。

 ジェストは意外に嘘が苦手だった。



(買ったのね。そして、私に言わないでおこうとするということは。レイラさんにあげたのね)



 一見、和やかな夕食時間はあっという間に過ぎ去った。




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