38 遠い悲しみ-ジェスト視点-
朝、屋敷の騒がしさに目を覚ました。
お祭りでもあるまいし、なぜこんなにも賑やかなのか。ディストが起きてしまう、とディストに目をやると当の幼子は幸せそうに眠っていた。
ふと向こう側に目をやるも、そこには誰もいなかった。
はて、昨日は誰かいなかったか。
そう、妻が。
ディスカのことを思い浮かべ、その顔が曖昧にしか思い出せないことに気がついた。
おかしい、毎日見ている妻の顔ではないか。
ジェストはわけのわからない苛立ちに苛まれながら、ベッドから起き上がることにした。
部屋を出ると、使用人がバタバタと走り回っている。
寝室から出てきたジェストに、一直線に近付いてきたのはエディだった。
「旦那様!早くこちらへ!……奥様が!」
挨拶もなしに、怒鳴りつけるように言い放つ彼は目に涙を溜めていた。
一体何があるというのか。
戸惑いつつ、ジェストはエディについて行く。
案内されたのは、紛れもない妻の部屋だった。
「ディスカ……?」
嫌な予感がした。
額に汗が伝うような、動機で息が荒くなるような。
妻はベッドで眠っていた。
それもきっと、一生覚めないような眠りについていた。
「奥様が、……お亡くなりになりました」
エディは押し殺すような声で言った。
その声音は震え、握り締められた拳もまたぶるぶると痙攣していた。
「……そうか」
ジェストははたと口を押さえた。
出た声はあまりにも冷静で、何の感情も入っていないものだったからだ。
おかしい、と思った。
妻が亡くなったんだぞ?
じっくりとそのことについて咀嚼した。
けれどもやはり、そうか、としか言いようがなかった。他に何も思い浮かばない。
会ったこともない親類が亡くなったと聞かされた時のような、悲しみの遠さがあった。
頭の奥で、自分とは違う誰かが悲しみに暮れている気がした。泣きそうになっている気がした。
けれどもそれは自身の感情に直結せず、涙も出なければ悲しみも浮かばない。
周りのものは、呆然とするジェストを同情的な目で見た。最愛の妻を失った夫。そう見えているようだった。
しかしジェストが立ち止まっているのは悲しみを感じないことで戸惑っているからであり、同情を誘うような理由ではなかった。
大抵のことは周りがやってくれた。
シェゼンスタ公爵など、脂肪に溜め込んだ水分を放出するような勢いで泣き、葬式を開いた。
ジェストはただ呆然とすることを許されていた。
幼いディストは死を理解しない。
ジェストはそんなディストを抱きしめ、本当はただ戸惑っているだけにすぎない姿を、悲しみに暮れ、打ちひしがれているように見せるだけでよかった。




