33 森の魔女に尋ねもの-ジェスト視点-
ジェストは朝早くに屋敷を立った。
名残惜しくディスカを抱きしめつつも、行かなくてはと自分を叱咤した。
何故かジェストには、エディが付いてきた。
「エディ。なんで君が一緒なのかな」
馬を駆りながら言えば、涼しい顔をして猛スピードについてくるエディが笑った。
「逆に何故ついてこないと思いました?」
「君はディスカから離れないものだと思っていたよ」
「まあ、そうなんですが。今回ばかりは気になりますから」
大変に不本意、といった様子でエディは話す。ならばついてこなければいいのに、とジェストは内心で毒づいた。
「何と言っても、フィブレの森の魔女に会いに行くのですから。知ってますか、旦那様。かの森の魔女は大の男嫌いなんだそうです」
「知ってる。魔女とは総じて人嫌いだとも」
「ならなぜ、わざわざ休みを頂いてまで奥様と過ごせる1日を無駄に過ごそうとなさるのですか」
ディスカの秘密を知ってからというもの、ジェストは何かと理由をつけてはディスカのそばにいた。だというのに、わざわざ離れる理由はなんだ。
「……」
ぐっと黙り込むジェストに、何となく予想のつくエディは呆れてため息を吐く。
「呪いのことですよね。無駄ですし、無理ですし、時間の無駄遣いもいいとこですよ。頭の良い旦那様にそれがわからないとは思えません」
「ああ。わかっているよ。ディスカも、その母君も、よく森に通ったのだろう?知っているよ」
「ならなんでです」
「無駄でもあがきたいんだよ」
君にだってこの気持ちぐらいわかるだろ、とジェストはエディを睨んだ。
「お嬢様が望んでいるのは、そんなことじゃないですよ」
ぼそっと言う言葉は、聞こえている。ジェストにだって、わかっている。
「わかっている。わかっているんだ。でも」
それでもやはり、何かできるのではないか、と思ってしまうのだ。無為に日々を過ごすよりも、こうして可能性を当たる方が何か得られるのではないかと。
「はあ。まあ、良いですけど。お嬢様も、長い時間をかけて受け入れたんです。旦那様がそんなに早く受け入れられるわけもありませんしね」
エディは物分かりの良い使用人でいることにした。ジェストひとりのあがきで何か変わるのなら、とっくに未来など変わっている。そう、小馬鹿にしながら。
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馬車の時とは違って、かなり短い時間でジェストはフィブレの森の近くまで来ていた。
「エディ」
「なんです?」
「魔女は、森のどこにいるのだろうか」
森に入る前に、一応という体でエディに聞けば、エディは1度肩を竦めてさあ?といった。
「なんで知らないんだ」
「逆になんで知ってると思ったんです」
「魔女には何度か会ったことがあるのだろう?」
「まあ、そうですけど。でも、その時は訪ねるのではなくて、お嬢様に会いに来ていましたから」
エディは使えなかった。森には一度も足を踏み入れたことがないのだという。
聞くところによると、この森は入り組んでいて、さらには魔女の魔法によって迷うようになっているらしい。
全くもって迂闊の一言に尽きる。
しかし、ここまで来てしまった手前、引き返すのも格好がつかない。
迷いつつ、歩みを進める。
盛りは鬱蒼としていた。よくもまあ、ディスカはここに通えたものだと妙に感心してしまうほどだ。
森は変だった。
真っ直ぐに進んでいても、気が付けば入り口に戻った。森を突っ切ってしまって、反対側から出た、という意味ではない。
入った場所から出てしまうのだ。
「旦那様、迷わないのは良いんですけど、これでは一向に目的地に辿り着きませんよ」
エディは冷めた目で突っ込んだ。
「……分かってるよ。あと、君だって同じなんだから僕に言うのはおかしいんじゃないか」
「止めましょう、不毛な争いは」
まったくだ、と2人して頷いて、何度目とも知らぬ森へと足を踏み出した。
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へとへとに疲れた頃、ジェストとエディの前に若い女性が立った。
最初、それが目的の人物だとは露ほども思わなかった。エディはすぐに気付いたが、ジェストが気付かないとは思っていなかったから言わなかった。
ジェストが想像した魔女というのは、わし鼻で、子供を食い散らかしてしまいそうなほどに人相の悪いお婆さんだった。伝え聞いていた話がそんなだったし、否定するだけの材料もなかった。
しかし、目の前に現れたのは大層に美しい女性。銀色の髪は長く艶めいていて、まさかそれが魔女だとは、初対面で思えるはずもない。
「あたしの森で騒ごうなんて、良い度胸だね」
ふん、と胸を反らして言う言葉に、ようやっと、それが目的の人物だと気が付いた。
「貴女が、フィブレの森の魔女ですか」
「そうだよ」
魔女はくふふ、と笑った。
「あたしはねぇ、男が大の嫌いなんだ。それでも来たってことは、相応の覚悟はあるんだろうね?」
美しい顔で凄んで見せる魔女。
「ああ。もちろんだ」
清々しいほどの宣言に、魔女は鼻白む。
「魔女、聞きたいことがあってきた」
魔女はわかってる、と頷いた。
「全部知ってるよ。あたしは長話が嫌いだし、男なんてもっと嫌いだ。けど、ディスカのことなら仕方ない。あたしの家に招待してやるよ」
パチン、と魔女が指を鳴らした。
途端、森の道が開く。
ジェストは目を丸くし、エディもまたすこし驚いていた。その顔を見て魔女が、ふふん、と得意げな顔をしたのはご愛嬌だろう。
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一見ボロく見える小さな小屋は、中に入ると美しい建造物だった。
まるで貴族の屋敷だ。
「シェゼンスタ公爵が建ててくれたのさ」
疑問符を浮かべるジェスト達に、簡単に説明をして客間に通す。
パチ、とまた指を鳴らすと、勝手に茶が注がれる。
「毒なんか入っちゃいないよ。飲みな」
魔女は一息に1杯目を飲み干して、顎をしゃくった。
「さて。あたしも時間がないし、手短に済まそう。あんたが探しているのは解呪方法だね」
ああ、とジェストが頷く。
「率直に言おう。そっちはよく知っているだろうけど、無いよ。解呪方法は、ない」
魔女は2杯目の茶を飲んで、唇を舐めた。
「絶対に、ですか」
「……なら、1つ聞くよ」
真剣な顔をするジェストに、魔女はニィっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あんた、自分の命を賭ける覚悟はあるかい」
ジェストは少しも考えずに頷いた。
あまりの真剣さに、魔女は思わず笑いだす。
「あははっ!これなら、ディスカも幸せになれるよ。……まあしかし、期待させて申し訳ないが、解呪方法はないよ」
期待した分、ジェストはがっくりと項垂れる。
魔女はほんの少しだけ可哀想なことをしたかと申し訳なく思って、その倍だけディスカは幸せになれるだろうと確信した。




