32 心配性な旦那様ね
本日の天気は晴れ。
過ごしやすい1日となるでしょう。
そんな日に、ディスカはジェストと2人、街に出ていた。勿論、離れたところには護衛が数名はいて、さらにはエディまでも離れて待機しているのだから安全面に抜かりはない。
「ああディスカ、そんなに速く歩いたら危ないよ」
渋面を作り、そう注意を促すのは旦那様で、何度目かもしれないその言葉にディスカは笑った。
「ジェスト様、そんなに速く歩いてませんわ」
「そうかな。さっきよりもずいぶん速い気がするよ」
心配性な旦那様は、そう言って柔らかくディスカの腰に手を回し、動きを止めた。
「ほら、手をつなごう。僕よりも速く歩いちゃいけないよ」
「わかってますわ」
邸を出るときにも、散々言われたのだ。
ジェストからは、僕の目の届く範囲にいてくれよ、だの、あんまり無理しちゃいけない、だの……。
エディからもまた、母親のような顔をして、気分が悪くなったら旦那様に言ってくださいね、だの、早くおかえりくださいね、だのと。さらには使用人1人につき3言ずつぐらいで言われるのだからジェストの屋敷の人間は心配性ったらない。
ディスカにだって相応に危機的意識はあり、お腹の赤ん坊に無理がいかないよう心がけるぐらいのことはする。
繋がれた右手を見つめ、ディスカは幸せだけれど何だかくすぐったいような心遣いに、ぎゅっと眉を寄せた。
「ディスカ、気分悪い?」
些細な表情の変化にさえこんな調子で、ディスカは思わず声を出して笑った。
「ディスカ?」
「ジェスト様、心配性過ぎます。そんなに簡単に、体調を崩したりしませんわ」
「そうかい?……でも、心配なんだよ」
「気分が悪くなったりしたら、ちゃんと言いますから。ね?だから、大丈夫ですわ」
まだ納得いかなそうにジェストは渋い顔だったが、頷いて歩き出した。
本日の街での目的は、ベビー用品の購入である。大半はディスカの父たるシェゼンスタ公爵がそのほかに取り柄のない金銭面をフル行使して揃えたが、やはりそこは愛する子供のこと。
ディスカもジェストも、自分達が選んだものでも着飾って欲しいし、遊んで欲しかった。
手袋や靴下といった小物はディスカでも編めるのだが、服は流石に無理で、購入を考えた。
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「ね、これはどうかしら?」
ベビー用品を扱う店は思ったよりも少なく、ディスカ達はひとつの店でほとんどのものを揃えることにした。
まだ性別は不明なので、ディスカは男女どちらに着せても問題のない色合いを吟味していく。
赤ん坊に着せる服はどれも小さく、人形に着せるもののように見える。
「うん、良いね。これは、生まれてすぐに着せる服?」
1番サイズの小さいものを手に取り、ジェストが首をひねる。
「そうですわ。小さいですね」
「小さいけど……妊婦というのは不思議だね。十月十日、その身に小さな命を宿しているのだから」
感慨深げにジェストが言い、ディスカの腹を撫でた。
「確かに、不思議ですわね」
胎児の時、子供は誰よりも母の近くにある。母親は自分の身をもって子を守る。
そうして子を産んで、その子はさらに下へと命を繋げる。自分のお腹を見下ろし、小さな子を抱くように腕を回した。
「ありがとう、ディスカ」
「え?」
急に言われた礼に、ディスカが顔をあげればジェストは優しく微笑んでいた。
「急に、お礼を言いたくなっただけだから気にしないでくれ。君がここにいてくれること、子供を産んでくれること、全てが嬉しいことで、幸せなんだと思ったら……ありがとう、って言いたくなっただけなんだ」
「それなら、私もですわ。ありがとうございます、あなたの妻にしてくださって。私、幸せですわ」
「君をもっと、幸せにできたらいいんだけど」
「これ以上ない、というほどに幸せですが……私も、あなたを幸せにしたいわ」
「それなら、2人で幸せになっていこう」
「はい」
そこまで誓い合って、2人に向けられる温かい視線に気がついた。ここは店内で、訪れる夫婦はそれぞれに幸せオーラを放っているが、明らかにディスカとジェストだけが濃かった。
一気に恥ずかしくなり、手早く子ども用品を選んで購入した。




