30 2人で居られるのもあと少しですわ
春のうららかさにあてられて、ディスカはバルコニーの側にある揺り椅子で微睡む。傍らにはエディが控え、いつディスカのお呼びがかかろうと迅速に対応できること請け負いである。
「可愛い可愛い我が子。……ねぇエディ、名前は何にしようかしら。多分ね、多分だけれど、この子は男の子だと思うのよね」
まだ目立ってはいないお腹をゆるゆると撫で、微笑む。その顔は母であり、慈愛に満ちている。
「なぜ男の子だと思うのです?」
「希望よ」
「はあ。そうですか」
即答され、エディは思わず頰を引き攣らせた。基本的にディスカの言うことに否やを唱えないエディであるが、偶にディスカの発言に首を捻ることはある。
「ジェスト様に似ている子が良いわ」
「そうですね」
「髪色は?目の色は?どんな顔をして笑うのかしら。ねえエディ、不思議ね」
「何がです?」
「想像するだけで、愛おしいのよ。この子のことが。母となる人はみんなそうかしら」
この質問には、エディは答えられなかった。エディは元々拾われた身。捨てた側である母の心情など、測れようもない。
普段ならば発言に気をつけるディスカであるが、今この時ばかりはそちらに気を使う余裕はないようだった。
しばし考え、エディはふと思い至る。
「きっと、奥様が人一倍にお優しいからですよ」
「そうかしら。……そうね。そういうことにするわ」
ディスカは揺り椅子をゆらゆらと揺らし、覚えたての子守唄を口ずさむ。この歌は最近、侍女頭であるウェニーに教えてもらったもので、この国に伝わる有名な子守唄だった。
エディはその細く美しい歌声にしばし耳を傾け、その歌に混じる雑音に眉を顰めた。
目をつぶり、耳を澄ますとよく分かる。トタトタと歩く足音。
「エディ。この子の名前、何にしたらいいかしらね?」
歌を区切ったディスカは、話題を戻す。
エディは答えようとして、扉の開く音に口を閉ざした。
「ディスカ!」
柔らかな日差しを受けて輝くのは、その金髪。紫紺の瞳はディスカを真っ直ぐ見つめ、その目には愛が満ちている。
「どうなさったの?ジェスト様。今日は早く帰って来る予定だったからしら」
確認するようにエディに目をやれば、エディは緩く首を振った。エディの方に驚きがないのは、先ほどの足音が主人その人だと気付いていたからである。
「今日はね。早めに帰らせてもらったんだよ。というより、早く仕事が終わった」
ジェストは揺り椅子に近付き、ディスカの頰にキスを落とす。
「廊下を歩いているときに聞こえたんだけれど。子供の名前をどうしようか、だって?僕にも考えさせてくれ」
「もちろんですわ」
ディスカはジェストを見つめ、笑う。子供は2人の子だ。2人でつけることに意味がある。エディには案を聞いただけ。
仮に今日、ジェストが休みだったならばディスカはジェストに相談しただろう。
「ディスカ、男の子だったらディストというのはどうだろう」
「ディスト?」
「ディスカ様のディ、それからジェスト様のストですね?」
エディが言うと、ジェストは少し照れたように笑った。
「安直すぎたかな」
「いいえ!いいえ。素敵な名前だわ」
親から貰うものに、両親の名前が混ぜられている、だなんて。素晴らしいことに決まっている。
「良かった。女の子なら、ジェシカも良いね」
「旦那様、それ元はジェスカでしょう?…旦那様の名前の方が多く入りすぎではないですか?」
エディが指摘すると、ジェストは何のことだい?などと、とぼけてみせた。
「ふふ、良いですわね。男の子ならばディスト、女の子ならばジェシカ。……早く生まれておいで。お母様もお父様も、あなたを待っているから」
ジェストはそうやって腹を撫でるディスカを見つめ、ディスカのお腹を撫でた。エディは「俺は察しの良い使用人なので」などと心の中で呟きながらそっと部屋を出て行った。
ジェストは横目でエディが出て行ったことを確認して、ディスカの唇にキスを落とした。
「ディスカ」
「どうなさったの?」
「うん。……幸せだなあ、と思ってね」
「私も、幸せですわ」
それは良かった。そう言って、ジェストはディスカを抱き締めた。




