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25 お久しぶりですわ、お母様



 現在地、シェゼンスタ公爵邸客室。


 目の前には、ディスカの母シェリス。右側にはジェスト。

 シェリスの横には、姉のフェリアが座っていた。



「お久しぶりですわ。お母様、お姉様」



 今日は妊娠の報告日。

 勿論、あえて父がいない日を狙ってきた。



「久しぶりね、ディスカ。元気そうで何よりだわ。フェスト兄様も間も無く帰ってくるそうだから、ゆっくりしていきなさいね」



 ディスカを大人びさせればこうなるだろう、と言う落ち着き払ったディスカ似の美女が妖艶に微笑む。



「フェリア姉様、ますますお美しくなられましたわね。……旦那様は?」


「ああ。あの人なら、給仕の女の子に色目を使っていたから里帰りさせていただいているのよ。迎えに来たら帰ってやらないこともないわ」



 ふん、とフェリアはそっぽを向く。

 今日も今日とて姉夫婦の仲はよろしいようで何よりだ。



「愛も変わらず、仲がよろしいようで何よりですわ」


「まったく、フェリアも遊んでないで素直になれば良いのにね」



 少し老けたが、それでもなお美しさの損なわれないシェリスが上品に笑った。



「さて、ディスカ。どうしたの?夫婦揃って」


「お母様、お父様には内緒よ?まだ」


「?言って欲しくないなら、言わないわ。その様子なら、悪い報告ではなさそうだものね」



 隙間なくディスカに寄り添うジェストをくすくすと笑い、フェリアまでも笑う。



「結婚当初はどうなることかと肝を冷やしていたけれど、良かったわね、ディスカ」


「……ありがとうございます、フェリア姉様」



 肝を冷やしていたどころか、兄弟は結婚に反対だった。添い遂げることはできないのに、それをわかっていて結婚など、と。

 兄弟仲は悪くない。ただ、ディスカの呪いのことで敏感になっていることは確かだ。

 呪いを理由に、時には辛辣な言葉を掛けられることもある。

 もちろん、相手はそれを親切心で言っているのだから、ディスカはいつでも微笑んで、肝に命じますわ、と言うだけだ。



「それで。どうしたの?」


「……実は」


「ディスカのお腹に、子ができました」



 ディスカが言うよりも早く、ジェストが思わず、と言った風に告げる。

 ディスカの妊娠のことを、家族に早く教えないと、と言ったのはジェストだ。

 恐らく、早く告げたかったのだろう。子が出来るのは、誰にとっても嬉しい報告なのだから。



 しかし、それを告げられた母と姉はピシリと固まる。空気が冷えた。



「……あ、あら。そうなのね」


「おめでとう、ディスカ」



 柔らかく作り上げられた表情の真ん中で、目だけが笑っていない。


 と、そこへ空気を割るように扉が開いた。



「ただいま。……ああ、お客様ってディスカの事だったんだね」



 1番上の兄であり、次期公爵。フェスト・シェゼンスタ。



「お久しぶりですわ、フェスト兄様」


「ああ。で?どうしたんだい」


「ディスカが、妊娠したそうなの」



 表面上は、喜ばしいことであるように。

 いいや、実際喜ばしいことではあるのだ。ただ、心中は複雑だろう。



「ディスカ。後で執務室に、1人で、おいで」



 それだけ言うと、フェストは出て行く。去り際、思い出したようにジェストに向けておめでとう、とだけ告げた。



「ディスカ……?」



 困惑したように、ジェストが首を捻る。



「シェゼンスタの者は皆、喜ばしいことを素直に喜べないのですわ。だから、お気になさらないで」



 大嘘である。



「お母様、お姉様。ジェスト様をしばらくよろしくしてもよろしいかしら?お兄様の元へ行って参りますから」


「ええ。ジェスト様、ご自由におくつろぎなさって。屋敷内の案内なら、このフェリアに」


「では、ジェスト様。あとで」



 ジェストはやはり困惑しているようで、戸惑ったように頷いた。




*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



「お兄様」



 執務室の扉をノックすると、入れ、という低い声が聞こえてきた。


 執務室の中には、兄1人。ディスカも今日はエディを伴っていないので、入ってしまうと2人きりだった。

 この兄とは年が離れていることもあってほとんど話したことがない。

 少しだけ緊張し、それを悟られないように浅く深呼吸する。



「妊娠したそうだな」


「はい」



 ふむ、と兄は顎の下に長い指を置き、何かを考える。



「……喜ばしいことではある。後継だ。子供だ。だが、母上やフェリアが素直に喜べないのもお前にはわかるだろう」


「……はい」


「何と言ってもお前には呪いがある」


「わかっています」


「わかっていない。お前の寿命はあと2年だ。子供と過ごすことができるのは1年とちょっとだろう」



 一旦言葉を止め、フェストはじっとディスカを見た。



「お前は、子供を、片親の子にするつもりか?」



 わかっているのだ。そんなことは。


 慈愛に満ちた我が家族は皆、呪われたディスカを可哀想だと思った。だから、しつかり歩み寄ることはできなかった。

 家族は、ディスカのためと思って辛辣なことも言った。

 そして、やはり優しさ溢れる母や姉、この兄は優しさをもってして妊娠を喜ばない。



「母のいない子が、孤独にならんはずがない」



 俯く。わかっているのに、それをしっかり理解しろと言われる。



「わかっております」


「お前はわかっていない!最後まで育てられもしないのに、子を産もうと思うんじゃない!」



 怒鳴るように、言葉を叩きつけられる。びくり、と肩が震えた。



「……あ、すまない。……ディスカ、お前が憎いんじゃない」


「……わかっていますよ。フェスト兄様」



 優しい兄。



「お兄様、私は、一生分の愛を持って、子を愛し育てます。ジェスト様には、是非とも後妻を娶って欲しいですが……それはジェスト様次第ですわね」



 例え1年と少しだけしか我が子を育てられなくとも、一生分の愛をあげよう。一生分の子育てをしよう。

 そして、明るい笑顔を持って、屋敷内を明るくしてくれればいい。

 ディスカが生きた、証になって欲しい。



「……ディスカ、お前の旦那はお前の呪いを知っているのか?」


「いいえ。まだご存知ありませんわ」


「……早く言ってやれ。気構えや、色々と思うところがあるだろう」


「やっぱり、言った方が良いですよね……」


「当たり前だろう」


「わかりましたわ」



 話はこれだけですか、と切り上げると、ああ、とフェストは頷いた。



「ああそうだ、ディスカ」


「はい?」


「おめでとう」



 やはり、優しい兄だ。不器用で、優しすぎて時々厳しい、兄。



「ありがとうございます。お兄様。甥か姪か、わかりませんが。可愛がってくださいませね」


「……ああ」



 照れたように、フェストは顔を背けて早く行け、と手を振った。





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