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23 今日という日がずっと続けばいいのに



「ディスカ、君はこのお祭りに来たことがある?」



 ジェストにエスコートされながら、ディスカは辺りをキョロキョロと見渡した。

 声を張り上げる、屋台のおじさん。売り子をする、綺麗な女性。

 行儀にうるさい大人も、この日ばかりは子供に食べ歩きを許す。



「……お母様や、他の兄弟達と来たことがありますわ。一度だけ」



 幼い、何もわからなかった頃だ。

 途中で母が、貴女はあと数回もこの祭りを楽しめないのね、と言葉なく泣いてしまってからは参加するのをやめた。

 母はディスカに直接的に可哀想、と言うことはないのだが、時折向けられる視線や父への態度、溢れる涙がディスカを哀れんでいた。



「一度だけ?」


「ええ」



 徐々に、ディスカの事情を知り出した兄弟達もどこかよそよそしげにディスカに接するようになり、ディスカ自身も兄弟達から一定の距離を置くようになった。

 ディスカは兄弟達と仲良くしたかった。けれど、兄弟達の気遣いは痛かったのだ。

 いや、言い訳だ。



(私も、歩み寄ればよかったのよね)



 幼いディスカには、自身を〝可哀想な子〟の立場に置くのが嫌だった。受け入れきれなかった。

 だから、そういう扱いをした者からは距離をとった。



「そうか。じゃあ僕は、記念すべきディスカの2回目になるわけだね」



 過去のことを悔いるディスカに、ジェストは柔らかく笑みを向けて、ディスカの手を強く握った。



「2回目が、記念なのですか?」


「ああ、そうだよ。僕と来たのは1回目だしね」



 変な数字に記念を作ってしまったジェストを笑うと、ジェストはそんなに変かい?とわらった。



「さ、ディスカ。今日を楽しもう」


「はい」




 屋台を冷やかし、祭りの日にのみ開かれる王都・中央広場奥にある舞台を観に行った。

 時間ごとに違う演目で開かれるその舞台では、今の時間、劇をやっていた。この舞台は貴族も庶民も関係なく、費用もかからずに観ることができる。

 劇をやっている人たちに関しては、希望制であり、プロではなかったりもする。この舞台で目立てば、プロの劇団等に入ることも夢ではないため、参加する庶民も多い。



「あれは……」


「演目は〝身代わり姫〟か」



 舞台演目としては一般的な、〝身代わり姫〟。

 双子の姉の代わりに隣国へと嫁いだ妹王女は、優しくも恐ろしい夫に惹かれていく。しかし、嫁いでから数年後、王は自分が娶った姫が偽物、姉王女でないことを知ることになる。

 自分をバカにしていたのかと、激怒した。

 さらに王は、妹王女と姉王女の見分けがつかなかったことを嘆き、妹王女を愛した分だけ憎んだ。

 何故自分に何も言ってくれなかったのだ、と。信じてもらえなかったのか、と。

 ラスト、王は怒りのあまりに妹王女を手に掛けてしまう。


 悲劇なのだ。この劇は。



「……」



 めでたい日に、なぜこの演目なのかとディスカは不満たっぷりに舞台を見やる。しかし、ディスカは目を舞台に釘付けにした。



「台本が、違う?」



 演目は確かに〝身代わり姫〟だ。

 しかし、進行の仕方が違う。セリフの一つ一つまで殆ど皆が知ってる〝身代わり姫〟。

 だが、今やってるそれは皆が知ってるものとは違った。



 物語中盤、恋心を自覚した妹王女。

 暗転、舞台セットが少し変わる。


 王宮舞踏会。着飾った妹王女が、王の手を取り、舞台中央に歩み出した。

 静かな曲が流れ出し、妹王女は目を伏せた。



『王よ。我が夫である、貴方様。わたくしには、告げねばならぬことがあるのです』



 王は何だ、と低く唸った。



『わたくしは、第一王女ではございません。妹の方なのです』



 王は軽く目を見張り、次いで、妹王女の手を引っ張った。そして、舞台中央から引いていく。

 舞台端、王は妹王女を抱き寄せる。



『詳しく聞かせろ』



『はい。わたくしは、隠された2人目の王女なのです。わたくしは貴女様に、嘘をついておりました』



 王女は、断罪を待つかのように目を閉じた。



『嘘をついたのか。ならば、お前がこの間囁いた愛も、嘘なのか』



 王のまとう雰囲気が変わる。静かな怒り。


 王女は、ハッとしたように目を開いた。



『いいえ!いいえ!わたくしは、真実、貴方様を愛しているのです!嘘ではございません』



 はっきりと宣言すると、王は薄く笑った。



『ならば良い。俺が娶ったのはお前だ。お前が愛したのは俺だ。俺が愛したのもお前だ。今更他の者など娶らぬ』



 王女は安堵したようにホッと息を吐く。


 そこから、元の物語にあったように別の人間、妹王女の元いた国の者が王に『あなたの妃は偽物だ』と囁く。


 王はもう一度、妹王女に愛を確かめ、そして妹王女を受け入れた。王は隣国へと赴き、彼女を隠された立場ではなく公の王女として認めさせた。

 妹王女は真実王女となり、身代わりではない、花嫁となった。



 元の物語と違う、ハッピーエンド。


 見入っていたディスカは、拍手と共にほぅ、と息を吐いた。



「ハッピーエンドだったね」



 ジェストの呟きに、ディスカは頷く。



「それにしても……こんな風に、変えられた舞台は初めて見ましたわ」


「そうだね。僕もだよ」



 最初に作られた台本を、この様にして変えられているのは見たことがない。



「脚本を書いたのは誰だろうね。きっと、有名になるよ」



 型破りなことをなし遂げた、この舞台の脚本家。きっと、今回の舞台で一番目立つことをなしたのではないだろうか。

 脚本という、裏で細々とやる仕事で。





「さ、次はどこへ行こう」


「通りを歩きたいですわ。さっき、冷やかしただけで何も買いませんでしたから」


「そうか。じゃあ何か買おうか」


「はい」



 通りには、先ほどの時間には焼きあがっていなかった焼き菓子もある。



「ディスカ、少し待っていて」



 壁際までディスカを誘導すると、ジェストが少し離れた。不思議に思っていると飴細工を持って帰ってくる。



「まあ」



 猫の飴細工。透明の飴で、猫のシルエットをかたどった物だ。

 くるりと丸まった尻尾が可愛らしい。



「さっき、これを見ていたろう?」



 冷やかしていた最中のことだろう。確かに、ディスカはこの猫に目を留めた。

 しかし、ほんの少しのことだったし、特に物欲しげには見ていなかったはずだ。



「よくわかりましわね」


「まあね。僕は君のことしか見ていないから」



 ディスカの頭を撫で、軽く額に口付けられた。



「ほら、食べていいよ」



 飴細工に埃がつかないよう被せられていた袋をジェストが取り、猫の頭からディスカの口に入れる。



「むぐ」



 いきなりのことに、少し呻く。



「勿体無いですわ」


「そうかな。飴は食べるものだし、そんなことはないと思うけど」


「そうなのですけど……」



 少し溶けてしまった猫の耳を、舌の先で突く。



「ディスカ。可愛いことやってないで、早く食べて」



 何故かジェストはディスカを囲うようにして壁に押し付けた。



「ジェスト様?」


「ディスカ、あんまり無防備にならないでくれる?」



 何のことを言われているのかわからなかったし、無防備になったつもりはない。

 しかし、ジェストの有無を言わさぬオーラに、はい、とだけ頷いた。



 飴を舐め終わると、次は焼き菓子を買いに行った。焼き菓子もまた、可愛らしい工夫がされている。


 焼き菓子にも目を留めるものの、ディスカは軽食ようにと売り出されているパンの方に目を向けた。



「ジェスト様。クマがいますわ」



 小さな丸い耳に、ぷっくりとした頰。白パンが柔らかく焼き上がり、パン特有のふわふわさと相まってクマの可愛らしさが倍増している。



「……焼き菓子はいいの?」



 苦笑しながら聞くジェストに、少し迷ってからやはりパンを買ってもらった。

 半分に分けると、可愛らしいだけに悲惨な見た目になってしまった。

 少し悲しくなりつつも、ディスカはその半分をジェストに渡す。先ほどの飴もそうだが、ジェストは自分のものを買っていない。



「くれるの?ありがとう」



 ジェストは受け取ったパンを、二口で食べてしまった。ぽかんと見つめると、ジェストは笑う。



「あんまり見られていると照れてしまうよほら、ディスカ、あったかいうちに食べて」


「はい」



 ジェストと違い、ディスカは小さな口で何口にも分けて食べた。



 その後、雑貨を売り出している屋台で小さなガラス細工のブレスレットをペアで買った。



「それはね、〝星の腕輪〟って言ってね。カップルで付けると星が2人を祝福してくれるんだそうだよ」



 恰幅の良いおばさんが、にこやかに説明を付け加えてくれる。星の腕輪、という名前は確かにぴったりで、ガラスを溶かして作った星型のビーズが丸いビーズとの間にはまっている。



「星祭りの夜は、それを付けているカップルが多いそうだよ」



 ジェストも、付け加えるようにして言った。20年に一度の、星祭り。でもある今年の年越え祭り。



「そうなんですわね」



 確かに、すれ違うカップルの腕には華奢なブレスレットがキラキラと光っていた。




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