22 お祭りの始まりですわね
お祭り騒ぎ。
ディスカは正にその言葉を実感していた。
朝、空が明るくなるよりも早く屋敷の外が俄かに騒がしくなり、それは伝染するように屋敷内もまた賑やかになり始めた。
ディスカはいつも通りにジェストの腕の中で目覚め、いつもよりも早くに起こしに来た侍女は困ったように笑った。
「その様子では、まだ起きるのは難しそうですね、奥様。ではいつも通りの時間に起こしに来ますわ」
今日という年越え祭りの日は、皆いつもよりも早い時間に起きるのが普通なのだそうだ。
「ジェスト様、起きてくださいませ」
ディスカもまた、今日という日を楽しみにしていたためにベッドの中でジェストのほおをつねってみる。
全くもって、羨ましいほどにジェストの頰はつるりとしていて、すべすべと触り心地が良い。最初こそ軽く爪を立てていたというのに、段々とその頰を撫でることを楽しんでいた。
「……ディスカ、おはようのキスを楽しみにしていたんだけどな、僕は」
不満たっぷりに目を開いたジェストは、口元に笑みを浮かべてディスカの手のひらを撫でた。
「まあ。起きてらしたの?」
「いや。今目覚めたんだよ」
悪戯っぽく笑うジェストは明らかに、今目覚めたという顔ではない。
「今日は、いつもよりも早く起きる日ですわよ?」
「そうだね。でも、君をこうして抱きしめる時間は毎朝最低でも2時間は欲しいかな」
こうして、とジェストはディスカを抱き寄せる。ディスカはほんの少し躊躇って、それからジェストの胸を押すようにしてベッドから抜け出す。
「ディスカ?」
「私も……朝のこの時間は好きですわ。でも、今日はとっても楽しみにしていたの。だから、早く外に行きましょう!」
嬉しい報告もあるのだから。
日付が変わる、年越え祭り最も盛り上がる時間に。新しい命のことを伝えるのだから。
「ふむ。そうだね」
君の楽しみを奪うわけにはいかないからね、とジェストは笑みを深めた。それから、ベッドから降りてディスカの腰を引く。
額に唇を近づけ、軽く口付けを落とした。
「じゃあ、用意をしておいで」
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ディスカは腰回りのゆったりとした普段着用のドレスを着せられた。
と言うのも、エディによってディスカ付きの侍女をはじめとするディスカに関わる使用人には妊娠のことを伝えられたからである。
なんでも、使用人による不手際によってディスカのお腹の子が危ない目に遭わない為だとか。
「まったく、エディは心配性過ぎだわ」
鏡台の前で髪を結われながら零すと、侍女はくすりと笑う。
「奥様が大雑把過ぎなのですよ。エディぐらい心配性な人が近くにいた方が丁度良いのです」
「そんなものかしら」
「そんなものですよ」
薄く化粧も施され、お似合いです、と褒められる。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ」
「はい。楽しんでくださいませね」
侍女達に見送られ、玄関ホールに向かうと、エディと話すジェストの姿が見えた。
「ジェスト様」
呼びかけると、ジェストがこちらに顔を向ける。一瞬目を開き、それから愛おしげに目が細められる。
「綺麗だよ、ディスカ」
「ありがとうございます、ジェスト様」
綺麗、とはよく言われる。勿論お世辞の域を出ないものだと思うが。
しかし、愛した相手に言われるというのは聞く側の心境も違うものだ。
恥ずかしくなってしまって、俯く。
「おじょ……いえ、奥様。お綺麗ですよ。とっても。楽しんできてくださいね」
エディの声が聞こえて、ディスカは顔を上げた。
エディは静かに微笑んでいた。
お嬢様、と呼びかけて言い直す。まだ完全に奥様呼びはできていないらしい。
ずっと、お嬢様でも良かったのにとも思う。変わらないものが安心できるから。
変化がなければいいのに、と思う。
けれども周りは変わっていく。いずれは、ディスカを置いて。
「ええ。ありがとう、エディ。楽しんでくるわ。……あなたも、今日はお休みでしょう?街へ行くの?」
今日はエディには休みをあげている。いつでもディスカの横や後ろに付き従うエディにだって、休日はある。
休日でも、当然のようにディスカの側にいるが。
「ああ……えっと……まあ……街、ですかね」
歯切れ悪く、エディが目を泳がせる。ジェストの方を見て、それから天井を見上げ、ディスカへと視線を戻す。
挙動不審な態度に首を捻りながらも、ディスカはひとつ頷いた。
「そう。楽しんでね」
エディにだって、秘密にしたいことのひとつやふたつ、あるに決まっているだろう。
「……エディが街へディスカの護衛をするために行くのだとは、つゆほどにも思わないんだろうな」
ポソリと呟いたジェストの言葉はディスカに届かず、エディはバラすなよ、とジェストを睨みつけていた。




