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02 お父様ったら肥やしたのは財産だけでなく欲望と脂肪なのね

 舞踏会から帰ったディスカは、父であるシェゼンスタ公爵の元へと向かった。



「ただいま帰りましたわ」


「あぁ、お帰り」



 沢山の子宝に恵まれたふくよかな狸、もといシェゼンスタ公爵は黙っていても悪巧みをする貴族の鏡と呼ばれる顔に、意地の悪い笑顔を浮かべた。

 肥えた腹が最近、自然現象として階段を建設中だなどとは口が裂けても言えない。



「で、何用でしょう」


「ディスカ。まだ、わしのことを恨んでるか」



 その声は震え、まるで鬼の機嫌でも伺うようだ、などとは娘の思いやりとして言えない。この父は、ディスカを赤子の頃に売ったも同然のことをした。

 しかし、恨んでいるかと言われれば。



「別に、恨んでなどいませんわ」



 むしろ今は、感謝もしている。

 この経緯がなければきっと、ディスカはジェストを手に入れようなどと思わなかっただろうし、ジェストとの結婚も認められなかっただろうから。



「そうか」



 あからさまにホッとした顔の父にため息しか出ない。最近、口から出るのは嘘かため息だな、などとは思いたくなかった。



「お父様のご用件はそれだけですの?」


「ん?あぁ」



 定期的なディスカ(魔王)のご機嫌伺いのようなものである。扱いは。



「でしたら、私から一つ念を押しておきたいことが」


「あぁ、いいとも。なんだい。なんでもいってごらん」



 父の態度がまるで、娘(思春期)への対応のように思えて、ディスカは思わずクスリと笑う。そして、父の態度がそれであるならば、こちらも、おデブなお父様大嫌い、などと反抗期真っ只中のような発言でもしようかなと血迷ってしまう。



「私が……私が死んだ後(・・・・)は、ジェスト様とレイラ様がご結婚できるよう、お父様が繋いでくださいませね」



 これは幾度となく繰り返した、父とディスカの約束である。

 父は一瞬、悲しげな顔をしたが、すぐに表情を戻す。



(笑顔の仮面……あ、違う笑顔の仮面(脂肪の顔面)こっちだわ)



 ジェストといる時よりも、父といる時の方が息がつまらない。けれど、父といる時よりもジェストといる時の方が幸せを感じる。

 そんなことを実感して知らず口元が緩む。



「わかっているさ。ドーバン男爵家への援助も出来うる限りしよう」


「えぇ。お父様が持っているものなんて、脂肪と金(それ)ぐらいですもの」



 この会話を仮に赤の他人が聞いたら、驚いて三度見ぐらいしてしまうだろう。本人たちにその自覚はないが。



「お前のためなら仕方ない。いくらでも出費はするさ」


「そうよ。罪悪感なんて感じなくていいのよ。懐が冷える心配だけしていればいいわ」


「そのようだね」



「ではお父様、失礼しますわ。私は部屋に戻ります」



 父の書斎を辞し、ディスカは部屋へと戻る。途中、背後に慣れた気配がくっついた。



「エディ?」


「そうですよ。お嬢様。オレ以外に背後につかれたことでも?」


「いいえ、ないわ」



 ディスカの護衛兼親友、エディ。濃い青の髪に、ブラウンの瞳をした影の薄めな男である。



「ねぇエディ。どうして、同情的な視線と言葉が一番しんどいってことに誰も気づかないのかしらね?この家の人は」


「さぁ。罪悪感を感じているからではないですか」


「そうね」



 シェゼンスタ公爵家のものは皆、ディスカに哀れみの目を向ける。時に謝罪もする。どこか腫れ物に触るようによそよそしい。母や父など、特に顕著だ。



「お父様はともかくとして、お母様は感じる必要などないのにね」


「お嬢様の親として、罪悪感を感じないわけにはいかないんですよ」



 そんなもんかしらね、そんなもんですよ。


 この世界には魔法使いやら魔女やらというのが存在している。互いのバランスを崩さぬよう、あまり深く干渉しすぎない人間との関係はそこそこ良好である。

 しかし昔、ディスカが丁度母の腹にいた頃、父はある魔女の怒りを買ってしまった。

 魔女はシェゼンスタ家に呪いを掛けようとした。父はそれを知って、母を切り捨てることにした。元々婿養子である父は、母のみに呪いを向けさせようとしたのだ。

 しかし、何が原因か呪いは歪み、母の腹にいたディスカにのみ呪いが掛かった。


 冷静になった魔女は一度、生まれ来る赤子に罪はないと呪いを消そうとしたが、そこで再び父が魔女の怒りを買う。そのおかげで解呪の魔法を失敗し、逆にねじれた形でディスカに定着した。

 すなわち、20歳の誕生日に生き絶える呪い。


 一応負い目を持っているらしい父はディスカに甘く、政略結婚は望んでいない。ディスカのわがままを大抵聞く。


 ちなみに、呪いの生贄として切り捨てかけられた母は、子供たちがいるという理由から屋敷にとどまっているが、家庭内別居同然の状態である。子供たちとの仲は良好なので、ディスカとして不満はない。



「不満があるとするなら、やっぱり腫れ物に触るようなその扱いね」


「お嬢様は、死ぬのが怖くはないのですか」



 20歳まで、あと3年。



「人間、いつかは死ぬもの。別に怖いも怖くないもないわよ。ただ事実としてそこにあるだけ。感情なんて伴わないわ」



 自室に着き、ディスカは部屋へと入りながら答えた。

 死はそこにあるもので、恐れるものではない。この国の宗教としてあるものにも、死は新たな生への通り道であり、深い意味などない、と記されている。



「オレは……お嬢様が死ぬの、怖いですよ」


「あら?いつになく弱気ね、あなたは。大丈夫よ。私がいなくても、あなたは優秀よ。お父様がいるもの。飢える心配も、仕事の心配もいらないわ」



 エディは、ディスカが拾った孤児。

 ディスカが死んだ後の未来を憂いて不安になっているのだろう、と自分より頭一つ分大きいエヴィの頭を背伸びして撫でた。



「いやお嬢様、それは別に心配してません」


「あらそう?私は心配よ?」



 そう言えば、エディは呆れたように首を振って、そうじゃありませんと呟いてからなんでもないです、と言った。




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