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19 隠し事も構わないのだけれどね?-ジェスト視点-

 年越えの祭も2日前に控えた、天気の良い午後。

 ディスカの方を見ながら、ジェストは首を捻る。


 どうも最近、何か機嫌が良い。いや、機嫌が良いのは何よりなのだが。

 気が付けば鼻歌でも歌っている有様だ。



「ディスカ、何がそんなに君を喜ばしているのかな?」



 そう、ジェストが気にするのはただ一点、〝誰が〟〝何をして〟もしくは、〝何が〟〝どうして〟ディスカを喜ばしたのか、だ。



「まあ。別に私は、何も喜んでませんわ」



 誤魔化すように言ってくるが、それだけで誤魔化されたりはしない。そして、こんなことを聞くのは初めてではなく。

 よって、ジェストとしては面白くないのだ。



「ふうん。エディ、君は知ってる?」



 ジェストが仕事でディスカの側にいられない間も、この男はそばにいる。

 要するに、ディスカの様子を知っているということだ。

 だがしかし。



「さあ。知りませんね」



 この男が、ディスカの話したくないことをディスカの許可なしに話すはずもなかった。



「ふうん」



 面白くない。



「……ディスカ、僕は少し街に出てくるけど。一緒に行くかい?」



 祭に染まりつつある街並みは、どこも活気が溢れていて、見て回るだけで楽しい。

 祭の夜には建物に飾られた灯がともり、文字通りお祭り騒ぎになることだろう。

 その製作過程もまた、楽しいものである。

 不貞腐れ気味な自分の心境を変えるためにも、ディスカに提案してみる。



「……そう、ですわね……」



 ちらりと、ディスカは足下に目を向ける。考え込むように俯いて、そろりと手が腹部を撫でた。

 もしや。



「ディスカ、体調が悪いのか?」



 お腹が痛いのかもしれない。



「あ、いえ、そう言うわけではありませんわ。でも……」



 兎に角、街には出たくなさそうだった。

 残念に思いながらも、お腹が痛いなら無理はさせられない。



「ジェスト様、よろしければおひとりで……」



 ディスカの代弁をするように、エディが言う。


 1人か。何が悲しくて。

 ……いや、妻の隠し事が悲しくて、か。



 軽く項垂れつつ、気分転換はする必要がありそうだった。故に。



「ああ……1人で行ってくる」



 ちょっと、いや、かなり、目が死んでいたかもしれない。こちらを見るディスカの目が、表情が、心配そうに歪んでいた。



 長い廊下を玄関ホールに向かって歩いていると、後ろから音もなくエディが近づいて来た。



「旦那様」


「何、エディ。お前が付いてきてくれるのか。……何が悲しくて年越えの祭前に男とデート……」


「旦那様、お嬢様……いや、奥様が隠し事をなさったからといって、変な思考回路にならないでくださいよ」



 嫌そうに眉を寄せ、ジェストに話しかけてくる。



「……ん?エディ、いつからお前ディスカを奥様と呼ぶようになったんだ?」



 いや、呼ぶようにするようになった、か。1度お嬢様と呼びかけて、言い直したのだから。



「……まあ、そろそろオレの、オレだけのお嬢様じゃなくなりますしね」


「僕と結婚した時点で、ディスカは僕のものだけど」


「ちょっと意味が違います。まあこの際どうでもいいですけど」


「意味が違う?ならどういう意味なんだ」


「……近いうちにはわかるんじゃないですかね。……っと、こんなことを言いに来たんじゃありません。旦那様、心配しなくても奥様は浮気や旦那様が悲しむことはなさったりしないので、隠し事の件も気に病む必要はありませんよ」



 そんな忠告を受けるのも、苛立つというのに。その言い方だとやはり、エディはディスカの隠し事を知っているということじゃないか。



「ああ、分かってるよ」



 吐き捨てるように言いつつ、やれやれとため息を吐く。いつからこんなにも心の狭い男になったのか。



「なら、いいですけど」



 それだけを伝えて、エディはディスカの元へ戻った。まるで忠犬だな。と思う。


 見えない鎖をつけられているのか、自分から望んで繋がれているのか。

 恐らくは後者で、ディスカの為ならばなんでもするのだろう。あの(エディ)は。



「さて。街に出るかな」



 玄関ホールを抜け、街に出る。

 街はやはり活気にあふれ、いつも以上の賑わいだ。この国では、年越えの祭の準備に財布の紐を緩め、年越えの祭で財布をひっくり返し、年越えの祭終わりに財布を振る、という金銭事情がある。

 1年で一番、通貨が回る時期である。


 故に。

 争いもそれなりに絶えないわけで。



 ジェストがぶらりと立ち寄った店の向かい側が賑やかだった。いや、これは流石に賑やか過ぎるだろう。

 言い争いのような声が聞こえ、ジェストは表情を引き締めて店を出る。

 上着の内側に隠したナイフを上着の上から押さえて確認し、向かいの店へ近付く。



「だから!金なら持っていると言っているだろう!」


「ならお客さん、出してくださいよ!」


「すられたから無理だと言っているだろう!」


「またそうやって!誤魔化されませんよ!」



 キィキィと声を上げるのは、女の店員と、脂肪を蓄えた悪人面の……シェゼンスタ公爵だった。

 周りには護衛などもおらず、シェゼンスタ公爵1人のようである。



「何があった?」



 手近な人間に聞くと、男は躊躇った後に、仕立ての良いジェストの服を見て貴族と悟ったのだろう。口を開いてくれた。



「いやぁなに、あのおっさんが会計に菓子を何箱も持って行ったんだがな、いざ会計をしようとすると金がないと叫びやがる。

 すぐに持ってくるから、とりあえず菓子だけでもくれとおっさんが言って、店員は戻ってこないつもりだろう、とな。んで、そもそも金がない理由はなんなんだ、という話に変わって今に至るのさ」



 なるほど。

 シェゼンスタ公爵が何故1人で街に繰り出したのかは分からないが、兎に角今は金がないらしい。

 他人ならばいざ知らず、妻の父親とあれば仕方ない。



「代金はとりあえず、僕が払おう」



 恐らくシェゼンスタ公爵は嘘をついていないだろう。金だけは無駄にあるのだから。

 嘘をつく必要がない。



「おお!君は。ジェスト君じゃないか」



 悪巧みが成功したような笑顔で、シェゼンスタ公爵は笑う。

 ちょっと助けたことを後悔したくなる笑顔だった。



「店員さん、これで足りるかな?」



 代金よりも少し多めに出し、お釣りは要らないと手を振る。渋る店員に迷惑料としてもらってくれ、と言えば、店員はそれなら、と受け取ってくれた。




「で、お義父さん、何故あんなことに?」


「いやぁなに、たまには1人で買い物も悪くないと外に出たら、街に出て数分で金を盗られた」


「街に出てすぐなら、何故菓子を買おうとしたんです?」


「いや、盗られたのは予備用でな。本命はこっちに……まぁ、盗られたんだがなそっちも」



 1度の買い物で2度も盗られるとは、流石シェゼンスタ公爵(金のなる木)である。



「いやぁ、本当に助かったよ。どうだい、お礼に茶でも飲もう。……金はないから、屋敷においで」



 かはは、と腹を揺すって笑い、財布の入っていたのだろうポケットをひっくり返している。

 大量のお菓子を買おうとしていたところを見るに、ひとつの財布に入っていた金額もそれ相当なものなのだろう。にも関わらず、シェゼンスタ公爵は気にした様子もない。

 さすが金の(以下略)



「そうですね」



 このまま1人で屋敷までの道を帰したら、どうなるか想像もつかない。身ぐるみ剥がされそうである。


 ということで、屋敷まで送り届けることにする。



「おかえりなさいませ、旦那様」



 使用人が2人、並んで頭を下げる。しかし、使用人らしい行動はそこまでである。



「旦那様、寝室の金庫を二つも開けたでしょう!中のお金はどうなさったんです!」


「盗られた」


「きゃあ!」


「信じられません!いくら入ってたと思っているのです!……まあ、寝室にある金庫の金は、旦那様にとってははした金のようなものでしょうけども!」


「庶民にとっては!というか、わたしどもにとっても!あの金額は!」


「遊んで暮らせるほどありましたよ!」




 口を挟める余裕などなく、ジェストは静かに聞くしかない。

 しかし、流石は金の(略)。そんな大金をすられても、顔色ひとつ変えないとは。



「お前たち、そろそろ、客人に気づいてくれ」



 うんざりしたように、シェゼンスタ公爵は言う。顎をしゃくってジェストを示すと、今気づいたとばかりに2人の使用人が目にも留まらぬ速さで腰を折った。



「これは申し訳ありません!お客様、こちらにどうぞ」



 1人が客間まで案内し、1人がシェゼンスタ公爵の上着を脱がす。途中でお菓子の山に気づき、金がないのになぜ買えたんです?と問い詰める。

 その間にジェストは客間に入り、珈琲を飲んでいた。



「ブラウディング伯爵様」



 シェゼンスタ公爵はまだ来ず、先ほどシェゼンスタ公爵を問い詰めていた使用人が訪れる。



「あのお菓子の代金、貴方様が払ってくださったと聞きました。あのような当主で申し訳ありません。こちら、代金です」



 あれぐらいの菓子、払ったところで懐は痛まないのだが。そう思って一度断るが、それは押し問答へと変わる。

 仕方なしに受け取って、財布に入れた。



「旦那様はもう少しで来ますので、もうしばらくお待ちくださいませ」



 使用人が立ち去って、少し経つと、公爵が現れた。




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