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18 日々は平和に過ぎていくものですわ



 時折ジェストとデートを重ねながら、日々は穏やかに、緩やかに過ぎていく。

 残り時間と照らし合わせ、本来ならばディスカとしては焦りの真っ只中なのだが、毎日が幸せなので特に焦燥感などはない。



「平和ねえ」



 まだ命が腹に宿ることはなく、薄い腹を自分で撫でる。

 早く子供が生まれればいいと思いながらも、子供ができたら離れ難くなってしまうだろうからギリギリに出来ればいいとも思う。

 やはりそこは、天に任せるに限る。



「そうですね」



 あと1週間もすれば年越えの祭りだ。今年は星祭りもあるということで、王都は賑わっている。

 星祭りを祝うためだけにこの国に旅行に来ているものも多く、外は騒がしい。

 屋敷内にまで声が入ってくることはないので、屋敷内は静かだが。



「エディ、紅茶をいれて」



 空になったティーカップを示し、ディスカは本に目を落とす。

 旦那様は本日も忙しく、夜まで帰る予定はない。



「はい」



 いつも通り、エディを相手に茶をするぐらいしかディスカに出来ることはなかった。




「そのお茶会、わたしも混ぜてもらおうかね」



 不意に、聞きなれた女性の声が聞こえた。屋敷の者の声ではない。

 ゆっくり振り返り、ディスカは微笑む。



「久しぶりね、フィブレの森の魔女さん」


「ああ、久しぶりだね」


「今日は、何しにいらっしゃったの?……エディは席を外した方がいいかしら」



 今日は、ディスカが招いたのではない。

 内心ではかなり驚いているものの、この魔女に関してはいつ現れても不思議ではない。だから、その驚きは内心にしまっておいた。



「ふん。そこの坊主ぐらいどうってことはないよ。ちょっと大きなポットぐらいに思うさ。いたって構わない」



 魔女はディスカの向かい側へと腰を下ろし、わたしにも茶を入れな、とエディに指示を出す。

 エディは一瞬戸惑ったのち、そこはやはり優秀な使用人。すぐに新しいティーカップに紅茶を注いだ。

 魔女はずず、と紅茶を啜り、満足そうに頷いた。



「で、魔女さん。どうなさったの」



 急に現れるのはいつものことだが、今回は何用だろうか。



「まあそう急ぐんじゃあないよ。久しぶりなんだ、ゆっくり語らおうじゃないか」



 のんびりと言い放ち、再びカップに口をつける。



「で、ディスカ。旦那とはどうだい、うまくいってるかい」


「ええ」


「ふん。もう少し早く、ふたりともが素直になってりゃあもっと仲良くなれてたろうに」



 紅茶の水面を見るように顔は下を向き、目だけが上を向いてディスカを咎めるように見る。



「まあそう思わなくはないけれど。でも、私はこれで良いのよ」


「そうかい」



 ずず。紅茶を飲む魔女を見て、ディスカも紅茶を啜った。

 少し温くなったが、それでも薫り高く美味しい。



「そういやあ、この前は喫茶店に行ったそうだね。仲良くケーキを食べたんだろう」


「ええ。食べたわ」


「ふむ。仲が良さそうで良いことだ」


「ねえ、魔女さん。あなた、そんな話をしに来たの?」



 先ほどから、まったく本題に入っている気がしない。それを指摘すれば、魔女は片目を瞑って、せっかちだねえ、と呟いた。



「いやあなに、今日は祝福をやろうと思ったのさ」


「祝福?」


「ああ。言ったろう、この前薬をやった時に。子供ができたら教えてくれ、と。祝福をやろう、と」



 そういえば、そんなことを言っていた。しかし、まだディスカは魔女を呼んでいないし、そもそもまだ……。



「なんだい、気付いてないのかい」


「……まさか」



 声を出したのは、それまで沈黙して魔女の言う通りに大きなポットのごとく気配を消していたエディ。

 魔女は睨むようにエディを見た後、男は嫌いなんだ黙ってな、と鋭く言い放った。

 男嫌いの人間嫌いは有名なので、エディは特に傷ついた様子も無く口を閉ざす。



「そこの坊主が言った通りさ。あんた、月のものはいつきた?」


「……あ」



 そういえば、今月はまだ来ていない。先月は……。



「まあ、初期だからねえ。気付かないのも無理はない。あんた、妊娠しているよ」



 魔女はディスカの腹を指し、くすりと笑った。



「さて、と。ほら」



 魔女はくるくると右手の指を回し、大きく振り被る。指を振るたびに、指の周りに光の粒子が舞う。

 指を振る回数が増えるたびに、舞う粒子の数も増えた。


 そして、仕上げとばかりにディスカめがけて指を振ると、ディスカの腹に吸い込まれるようにして光の粒子は消えた。



「元気な子を産みな。じゃあ、わたしは帰るよ。……坊主、あんたの入れる紅茶は美味いね。また飲みに来てやるよ」



 そういうと、来た時と同じように魔女はいつの間にやらいなくなった。



 ディスカは呆然と腹を撫で、それから表情を崩した。口角が上がり、目尻が下がる。


 ああ、とんでもなく。



「幸せだわ!」


「おめでとうございます、お嬢様」



 エディも、笑って祝福した。



「旦那様が帰ってきたら、報告しなくてはいけませんね」



 にこにこと言うエディをじっと見つめ、ディスカはふと考える。



「エディ、もう少しで、星祭りよね?」


「……?はい」


「それに、もう少しで、年越えの祭りよね?」


「そうですね」


「……じゃあ。その時に言うわ」


「わかりました」



 まだ、ディスカ自身の実感が伴っていない今言うよりも、きっと実感が伴っている祭りの夜のほうがいい。

 ということで、今夜ジェストに言うのはやめておくことにしたのだった。




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