17 1年を締めくくるお祭りですか
とある昼下がり。
仕事を早くに終えたジェストは、珍しく昼前に帰宅した。
「ディスカ、もうすぐ祭りがあるだろう?」
祭り。そういえばそんなものもありました、と少し記憶を探る。
ディスカはあまり祭りに舞い上がるタイプではないので、毎年意識しない。
「ピンときてない、って顔だね……。もうすぐある祭りは大きな祭りなのに」
「………あ。アレですわよね?……えっと。そう、年越えの祭り」
1年の最後を締めくくる、盛大な祭り。思い出せたことに安心し、ディスカは言った。
「そうだよ。特に今年は、星祭りでもある」
「ああ。20年に1度の、星祭りでもあるのですか」
星祭りは、20年に1度だけ出るという赤く大きな星が天上に登る夜に行われる祭り。
なんでも、赤い星の下で恋人、あるいは夫婦同士手を握り、キスをしながら願い事をすると必ず叶う、という迷信のある日だ。
20年に1度、ということだけあって、ディスカもジェストもまだその祭りを体験したことはない。
「その日は仕事に行かないから、一緒に祭りを楽しまないか?」
今年を逃せば、ディスカは2度と星祭りに行くことはない。
「はい。楽しみにしてます」
ディスカの残り時間もあと2年とちょっと。
やりたいことはやろうと決めた。
「ディスカ、食事を終えたらどこか出掛けようか」
微笑んで祭りに行くことを了解したディスカに、満足気に笑って次はデートのお誘いをする。
ディスカはそれに対してももちろん、了解した。
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「ディスカ、最近若い子の間で噂になっているらしいよ。あそこの喫茶店」
「………カフェ・ホープ?」
そのまま〝希望〟という意味の喫茶店。
「ホープ、という名前の割に品揃えは普通なんだけどね。なんでも、料理人が外国にも修行に行った人らしくて、他の喫茶店とは味付けがひと味違うらしい」
もしや、そういう情報もジェストが調べてきてくれたのだろうか。
ディスカのために調べてくれたのだとしたら嬉しい。
薄い色の扉を開くと、からりからりと扉の上に取り付けてあったベルが来店を知らせるように鳴った。
いらっしゃいませ!と明るい声をかけてきたのは、可愛らしい朱色のワンピースに、白いエプロンの服を着た少女。
服は制服らしく、周りを見れば他の少女達も同じ服を着ていた。
「何名様でしょうから」
「2人だよ」
ジェストが伝えると、少女はジェストの顔を見て一瞬目を見開き、少し頬を赤く染めた。
夜会にいるような貴族の女性だけでなく、町娘といった少女たちの頰さえも染めてしまうのだからジェストはやはり見目が良いらしい。
ディスカはちらりと横目でジェストを見やる。背の低めな少女の外見は愛らしく、可愛らしい制服がよく似合っている。
浮気をするような性格ではないと思うが、ジェストが少女に見惚れでもしていたら、と思うと気が気じゃない。
自分が意外にも心の狭い女なのだと知り、ディスカは軽く項垂れる。
因みに、ちらりと見たジェストはディスカの視線にすぐに気づき、こちらを見て笑った。
案内された席は窓際だった。
道行く人をぼんやりと見ていると、先ほどの少女に渡されたらしいメニュー表を開いてジェストが声をかけてくる。
「ディスカ、何を食べようか。因みに、ここはカップルできた客限定で〝ハートのいちごシフォンケーキ〟を売ってるみたいだよ」
ジェストが真顔で商品名を読み上げるものだから、ディスカは思わず笑う。
「さ、何にする?」
柔らかく微笑んで、ジェストは首を捻る。
「じゃあ、ハートのいちごシフォンケーキを。あと、紅茶がいいわ」
「わかった」
ジェストは店員を呼んで、シフォンケーキと紅茶、それから珈琲を頼んだ。
「まるで、普通のカップルみたいね」
夫婦だけれど。
周りもまた、カップルばかりで、そんなところにいるとカップルだという錯覚をする。
ジェストは少し驚いてから、そうだね、と笑った。
程なくして運ばれてきたシフォンケーキは思ったよりも大きめで、ディスカ1人では到底食べきれない。
カップル限定、というだけあってカップルで食べろということなのだろう。ディスカがジェストに助けを求めると、ジェストはわかってる、というようにフォークを構えて頷いた。
シフォンケーキは文句なしに美味しかった。2人で分けて食べたため、問題なく全て食べ終えて気分的にも満足だ。
「また、来ようか」
「ええ」
にっこりと笑いながら、ジェストとどこかへ行く度にまた来ようか、という言葉を言われることに気づく。
他意のない言葉なのだろうが、まるでディスカがどこかへ行ってしまうことを知っていて、引きとめようとしている言葉にも聞こえた。




