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15 あなたに残せるものはあるのかしら

「お嬢様‼︎」



 大きな音を立てて開いた扉の方へ視線を向け、カチャ、と小さな音を立てて茶器を下ろす。



「そんなに慌ててどうしたの、エディ」


「魔女は」


「もういないわよ。もう、帰ったわ」



 エディは警戒するように部屋中を見渡し、目ざとくもテーブルの上に乗った瓶に目を留めた。



「お嬢様、それは?」


「これ?これは〝____〟魔女さんに頼んだのよ」



 ディスカは寂しそうに笑った。小瓶を指で転がし、ドレスのポケットに入れる。

 その様を見たエディは絶句し、泣きそうに顔を歪めた。



「お嬢様……呪いは、解けないのですか。どうしても、死ぬのですか。もう、諦めたのですか」


「エディ?どうしたの。あなたがそんなことを言うなんて、珍しいわね」



 まるで、捨てられた犬のようなエディ。くすりと笑って、ディスカは跪くエディの頭をそっと撫でた。



「呪いはね、もう解けないの。死ぬことはね、受け入れたわ。諦めたのじゃない。だって、死ぬその日に私はきっと、満足気に笑っていてよ?」



 もうそれは確定だ。ジェストに愛されるディスカはきっと、幸せだ。死の間際までずっと。



「エディ。あなたには、自由になれるだけのものをあげる。お金でも、屋敷でも、お父様にねだってあげるわ」


「……お嬢様、それは親のすねをかじってるだけですよ」



 からかい気味に言った言葉に、エディはジト目でそう返した。



「かじれるすねがあるだけ、お父様もまだ捨てたものではないわね」



 くすくすと笑う。



「オレは……オレは、お金なんていりません。屋敷も宝物も、何もいりません。だから、お嬢様……側に」


「…………そうね」



 あまりにも真剣に言われて、ディスカは息を詰める。小さく小さく、そうね、ともう一度呟いた。

 捨て犬のようなエディ。事実、エディは捨て犬も同然だった。ディスカが拾った。



「エディ。私は、私を愛してくれる人に何を残せるかしら。あと、たったの3年で」



 エディ。あなたに、何を残せるかしら。それは言わずに飲み込んだ。



「……知りませんよ」



 反抗的に、刺々しく言い放つ。そんな姿に、ディスカは笑いを堪えきれずに吹き出した。



「エディ。あなた、思春期の頃は反抗期がこなかったのに。今更反抗期なの?」


「反抗期って……」



 苦々しくエディは渋面を作り、もう良いです、と言って部屋を出て行こうとする。扉に手をかけたところで、ディスカは、あ!と声を出した。



「エディ。私、思い付いたわ。私が残せるもの。人の孤独を癒せるもの。良い考えだわ」



 はい?と首をひねるエディをちょいちょいと呼び戻し、にっこり笑って考えを伝えた。



「お嬢様が、どうしてもなさりたいなら。オレは止めませんよ」



 複雑そうな顔で、エディはこっくりと頷くだけだった。




*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



「奥様、旦那様がおかえりになられました」



 澄まし顔の侍女が、ディスカにそれを伝えた後、澄まし顔を崩してにっこりと笑った。



「奥様、頑張ってくださいませね」



 1番長くディスカの側に控えているこの侍女は、夫婦同士が微妙にすれ違っていることを知っていた。先日の舞踏会で、お互いの想いを確認しあったことも。



「頑張る……ええそうね、頑張るわ」



 ディスカが笑い返すと、侍女は簡単にディスカの衣服を直した。



「ささ、奥様。旦那様は玄関ホールにて執事のレイバルト様とお話しなさっています。参りましょう」



 侍女の先導によって、玄関ホールへと向かう。



「……ディスカ‼︎」



 階段を下りる途中、こちらに気がついたジェストがにこやかな笑顔になって名を呼んだ。



「おかえりなさいませ、ジェスト様」



 両思いだと知ってから、こうして出迎えるのは初めてだ。そのことに気づき、不意に嬉しさと恥ずかしさがこみ上げる。



「ディスカ。こっちへおいで」



 せめぎ合う感情から、足を止めてしまったディスカへと手を伸ばしてジェストが言う。

 ゆっくりと歩みを再開し、ディスカはジェストの元へと歩み寄った。近づくディスカに、ジェストもまた少し歩み寄る。

 そして、手が届く距離になってジェストはディスカを抱き寄せた。



「ただいま、ディスカ」



 もう一度、おかえりなさいませ、と恥ずかしさから小さくなってしまった声で呟いた。ジェストは嬉しそうに笑って、ディスカにそっと口付ける。


 それから、夕食をとって入浴を済ませ、ディスカは夫婦の寝室でベッドの上に座っていた。ジェストは今入浴をしている。

 昨日も、その前も、このベッドで寝ていたというのになぜか今日は緊張する。寝ていたと言っても夫婦として、ではなくただ同じベッドを共有していただけに過ぎない。

 今日、何かするというわけではない。そんな話はしていない。けれども、心のあり方というのは複雑なもので。両思いになっただけで気分が高揚する。



「ディスカ」



 小さく呼びかけられ、ディスカは声のした方を向いた。



「ジェスト様」



 ジェストはディスカの横に腰掛け、そっとディスカを抱き寄せた。



「あの、ジェスト様」


「ん?」



 ジェストが口を開くよりも早く、ディスカは口を開く。



「……その、私、子供が欲しいですわ。あなたと、私の子供を」



 呟くようにぽつりと漏らすと、ジェストは驚いたように目をみはる。



「僕と君の子?」


「ええ」



 エディに話した。私が生きた証。私が残せるもの。

 子供ならば、ディスカの意志を継いでくれるだろう。悲しみにくれるジェストを、きっと慰めてくれるだろう。寂しさに包まれた屋敷を、明るく照らすだろう。

 魔女からもらった薬を使うならば、そんな心配はいらない。けれどもやはり、ディスカは何か残したかった。

 ディスカとジェストの間に愛があった証を。そして、ジェストへの何かを。



「……跡継ぎも、必要でございましょう?」



 何か考え込むジェストへ、だめ押しのようにそういった。



「……僕はもう少し、君との2人の時間が欲しかったなあ」



 不満げに、けれどもいたずらっぽく笑ってジェストは言った。



「ダメ、ですか……?」


「いや。君の子なら、とてもかわいいよ」



 にっこりと笑って、ジェストはゆっくりとディスカを押し倒した。



(生まれる子供は、どちらの髪色を継ぐのかしら。どちらの瞳の色を継ぐのかしら)



 そんなことを、早々に考えながらディスカはそっと目を閉じた。





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