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14 魔女さん、あなた親切ね

 ジェストは、私を名残惜しげに放して仕事へ行った。



「今日はなるべく早く帰ってくるよ。ディスカ、外出はしないでくれ」


「どうしてですか?」


「……今の君は、目を離すとどこかへ行ってしまいそうで。不安なんだよ」


「どこにも、行きませんわ」



 とりあえず、3年間は。



「まあ、そうなんだけどね」



 ジェストはくすりと笑って、ディスカを抱き寄せる。啄むようなキスをして、じゃあ行ってくるよ、と屋敷を出た。




「エディ!」



 ジェストが出て行ってすぐ、ディスカはエディを呼ぶ。



「はい、お嬢様。オレはここですよ」



 ディスカの声に、すぐさまエディは反応した。



「フィブレの森の魔女を呼ぶわ。だから、私の部屋に誰も寄らせないでちょうだいね、エディ」


「……え?」



 言うだけ言うと、ディスカはスタスタと部屋へ向かった。

 扉を閉め、鍵もきちんとかける。



「ディスカ」



 不意に声をかけられ、びくりと飛び跳ねた。



「フィブレの森の魔女さん、いつの間に」


「わたしにはなんでもお見通しさね。そろそろ呼ばれる頃だと思って、きたのさ。あんたが欲しいだろうものは、わたしが持ってきてやったよ」



 魔女が右の人差し指をスイと動かすと、何かがふわりと飛んできた。そして、ディスカの部屋のテーブルにコツリと置かれる。



「これは」


「あんたが、欲しいものだよ」



 にっこりと魔女が笑う。魔女には全てお見通しだった。



「……ありがとう、魔女さん」


「わたしができることは、これぐらいだからね。呪いは解けない」


「呪いはもう、諦めたわ。……あ、そうだ、魔女さん。あなた、ひとつ嘘をついたでしょう」



 人払いをした部屋に、侍女は呼べない。手ずから紅茶を入れ、席をすすめながらディスカ自身も席に着いた。



「うん、良い香りだ。……なんのことかい。見た目はこんなだが、生きてる年数からするとわたしはもうお婆さんだ。最近は記憶が薄い」


「嘘ばっかりだわ。覚えているでしょう。この前訪ねた時のことを」


「……ふん、可愛くない娘だね。覚えてるよ。あんたの旦那が、あんたを愛していないという話かい?」


「ええ、そうよ」


「あれは。まあ、嘘だね。あの頃からずっと、あの頃よりも前からずっと、あんたの旦那はあんたを愛していた」


「じゃあどうして嘘をついたの」


「……それをあんたが聞くのかい」



 ケタケタと笑って、魔女はひとつ、砂糖を紅茶に溶かした。

 魔法で銀のスプーンを動かし、砂糖をしっかり混ぜる。それをすすりながら、魔女は笑った。



「ええ。わからないから、私が聞くのよ」


「あんたは旦那に愛されることを望んでいなかったし、旦那はあんたに愛していることを言うつもりがなかった。なら、わたしの選べる道はひとつさ」


「……そう」



 確かに、そうだった。



「わたしはね、あんたに幸せになってほしいよ。でも、あんたの幸せは有限さ。精々、笑顔で逝ける程度には幸せになっておくれよ。そのために、わたしはあんたに魔女の力を貸すからね」



 呪いは、どうあっても解けないけどね。と、魔女は悲しそうに笑った。



「あんたは今、幸せかい」


「ええ。幸せよ」



 悲しいけれど。苦しいけれど。でもやはり、何より幸せなのだ。

 それに。



「この薬さえあれば、私はわがままになれるわ」


「……ふん。そうだね」



 文句を言いたげに魔女は鼻で笑った。けれども、頷く。



「ああそうだ、あんたにもしも子供が生まれるようなら、その時は呼んでおくれよ。何があっても訪れるよ。そして、その子に祝福を与えよう」


「祝福を?」



 魔女の祝福など、少し怖い気がする。



「魔女の祝福は滅多に受けられないよ。その分価値がある。魔女の祝福を受けた者は、一切の呪いをその身に受けないようになるよ」



 呪いを受けない。



「それは……っ……すごく、魅力的だわ」



 一瞬、言葉に詰まる。けれども、自分の子供が自分と同じ道を決して歩まないことを知って、ホッとした。



「そうだろう。さて、わたしはもう帰るよ。それから、あんたはあまりわたしの家を訪ねてこないように。最近、騒がしくていけないよ。集中したいことがあるというのにね」



 ふう、と息を吐いて魔女は飛び跳ねた。すると、魔女はカラスへと変化した。

 カア、とひとつ鳴くと、魔女は空へと飛んで行った。



 ディスカは魔女のいなくなった椅子を見ながら、少し冷めた紅茶をすすった。




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