表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/39

13 話すべきことと話さざるべきことの線引きはあやふやですわ

 仮面舞踏会の翌日。酷い頭痛と、軽い吐き気にディスカは目を覚ました。

 身動ぎし、水を求めて体を起こそうとするディスカの行動を、何かが締め付けて止める。

 程よく筋肉の付いた、男の腕。



「……ジェスト、さま……」



 腕の持ち主は、夫にしてディスカの愛する人。ジェストのものだった。

 小さく呟けば、長い睫毛がふるりと揺れてジェストが目を開く。



「おはよう、ディスカ」



 ふわりと、ジェストが笑う。その瞬間、昨日の出来事が鮮やかに蘇った。




*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



 仮面舞踏会。昨夜催されたそれに夫婦揃って参加し、数曲ジェストと踊った。

 けれど、その間に沢山のご令嬢に睨まれた。嫉妬や羨望。ジェストは令嬢に人気の紳士だったから。

 疲れたことを理由にその視線から逃げれば、ご令嬢達はこれ幸いとジェストに近づいて行った。

 ジェストはそのご令嬢達に笑顔を向けていた。作り笑いだと、その目の冷ややかさからわかっていたのに、その作り笑いさえも誰にも渡したくない。そう思って、そう思う自分がひどく醜く思えて。

 近くにあったドリンクコーナーの飲み物を、確かめもせずに飲んでしまった。

 飲んでから、それがアルコールだと気付いた。ディスカはお酒に弱かった。


 そこからの記憶は曖昧で、気が付いた時にはジェストがいて、何か語っていた。

 確か最初は。



〝僕も、君が好きだよ〟



 そこから、レイラとの関係を教えられた。レイラの屋敷に足繁く通っていた理由も。

 それから。それから、どうしたっけ。




*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



 思考が、昨日の回想をやめた。



「ディスカ?」



 じっと、ジェストを見つめたまま昨日のことを考えていたから、見つめられていることに気が付いたジェストが苦笑しながらディスカに顔を近づけた。



「どうしたの?」


「ジェスト様……昨日、何か言っておりましたが……」


「うん?」



 もしかしたら、昨日のことは夢かもしれない。酔いが見せた幻想かも。

 ジェストが、ディスカを好きというはずはないのに。好きであってもらっては困るのに。



「うん、言ったね。レイラのことも言ったし。君を、好きだと言った。ディスカ、君が好きだよ。愛してる」



 ディスカの葛藤など知らないジェストは、さらりとそんなことを言う。



「ジェスト様……その……えっと」



 ディスカは、何を言うべきなのかわからない。ディスカはジェストが好きだ。ただしそれは、両思いでなければ、だ。

 だって、ディスカは。ジェストに、何も残せないのだから。



「ねえ、ディスカ。君は昨日、自分が言ったことを覚えている?」


「え?」


「僕のことを、どう思っているか。ねえ、素面(いま)の君がどう思っているのか、教えてよ」



 私、何を言ったっけ?


 ジェストが言ったことは覚えている。なのに、自分が言ったことは覚えていない。



「僕のこと、どう思っているの?」



 優しい笑顔で、子供の発言を待つかのように。ジェストがじっとディスカを見る。心なしか、ディスカの腰に回っていた腕がグイッとより抱き寄せた気がした。



「本心を、教えてよ」



 何故か余裕に満ちたその顔が、昨日自分が口走ったことを詳細に伝えている気がした。



「あ……その……好き、です……」



 自分の余命も。自分の呪いも。ジェストを残してしまわなければならないことも。全部全部、頭から吹き飛んでいた。

 呪いをかけられた自分が、誰かに愛されるなど。誰かを愛するなど。誰かを悲しませることになる限り、してはいけないと思っていたのに。

 頭は緊張で真っ白だった。

 結婚を自分から申し込んだ時の方がずっと、冷静だった。



「よく言えました」



 にっこりと、ジェストはディスカを見て笑った。そして、頭を撫でてくる。



「でもね、ディスカ。そう言うのを言うときは、相手の目を見るものだよ」



 優しく微笑むと、ジェストはディスカの顎をくいっと持ち上げた。そして、ディスカの唇にキスを落とした。



「やっと、両思いだよ。……昨日、好きと言ってもらえているとはいえ、少し自信がなかったから怖かったよ」



 ふふ、とジェストは笑う。ああやっぱり。昨日の自分は言ってしまっていたのだ。



「それにしても……レイラのことを誤解していたとはいえ、どうして君はずっと僕に好きと言ってくれなかったの?

 どうして君は、僕を選んだ理由に自分を好きにならないから、と言ったの?」



 どんどん質問攻めにされ、言葉に詰まる。それどころか、サァーっと顔が青ざめた。

 そうだ。浮かれていてはいけない。



「ごめ、なさい……ごめんなさい、ジェスト様」



 涙で視界が歪む。声が嗚咽で震えた。どうしてこんなに泣けるのだろう。



「どうして謝るの」



 言えないと、ディスカは首を振る。ディスカの目に滲んだ涙を、ジェストがそっと拭き取った。



「……ジェスト様……申し訳ございません」



 あなたを、悲しませることを。本当のことを言えない弱さを。全部全部、謝るわ。

 私が好きになったのがあなたでなければよかった。誰も悲しませないよう、誰も愛さなければよかった。

 あなたが好きになったのが、私でなければよかった。あなたが悲しまぬよう、あなたに愛されなければよかった。

 でも、今更。繋いでしまった心を、手を、私から振り払うことはできないの。

 愚かで弱い私を。どうか許して。

 せめて。あなたを、深く抜け出せない悲しみに沈ませないよう、出来ることはするから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ