10 新婚旅行が終わったから王都に帰りましょうか
10日間の新婚旅行を終え、ディスカ達は使用人達が馬車に乗せた荷物をちらりと確認し、別荘の前に立っていた。
ディスカ達の向かい側には、ここの別荘を管理する夫婦。
「道中、お気をつけください奥様」
「えぇありがとう、お世話になったわね」
もう来ることは多分ない。ラブラブの夫婦ならともかくとして、ディスカとジェストは旅行に行くほど仲良くないのだから。
「また、いつでも来てくださいませね」
人の良さそうな顔に笑みを浮かべる夫人と、口数の少ない亭主。仲の良さそうな夫婦に、ディスカも自然笑顔になる。
しかし、内心は複雑だ。
「えぇそうね。また……機会があれば」
3年の間に、ここへ来る機会など訪れるだろうか。
「ディスカ、あまり長く喋っていては帰る時間が遅れてしまうよ」
傍目から見れば良い夫。ディスカは頷いて、そうね、と返した。
「じゃあ、別荘の管理は頼んだわ。お父様もその内また訪れるでしょうし」
シェゼンスタ公爵は意外にも旅行好きで、国内に数多ある別荘をはしごする旅行を好んでいる。ただ、子供たちからも妻からも疎まれている節があるので、寂しいかなお一人様である。
「3年の間に、一度くらいは……お父様の旅行に付き合って差し上げましょうかしらね」
元々が父のせいとはいえ、親よりも先に死ぬのは親不孝である。ならばせめて、生前の間に親孝行すべきか。
そう考えて呟いたが、その言葉は誰にも届かなかった。
「ありがとうございます」
馬車に乗り込む際、ジェストが紳士然として手を貸してくれる。身についた所作としてジェストの手を借り、馬車へと乗り込んだ。
座り心地のいい場所を探して座り、腰を落ち着ける。
ジェストも座った頃、馬車は緩やかに進み出す。窓越しにひらひらと手を振って、夫婦との別れを惜しんだ。
「ディスカ」
「なんですの?」
唐突に、ジェストが口を開く。
行きの馬車では、ジェストは早々に寝入っていた。だから、話などしていない。
年端もいかない少女のように、ディスカの心臓がドクドクと緊張のためか鳴り出す。それをそっと押さえ、たおやかに微笑んで見せる。
「君は……好きな人がいる?」
「はい?またですの?」
それは、魔女の家から帰った日に一度聞かれた問いだった。
「あの時は結局、うやむやになったろう?」
「なったのではなく、したのですわ。言いたくもなく、聞かれたくもなかったのですから」
「それはどうして?」
「約束に、含めたはずですわ。何度も言わせないですくださいません?
何も聞かないでください、と」
にこやかに、本音など漏らさぬように。念入りに。笑顔を貼り付ける。
大丈夫よ。私は得意だもの。
「聞かなければ、何もわからないじゃないか」
「何も、何もわからなくて良いのですわ!」
思わず、叫んでしまう。
狭い馬車では逃げ場がない。
叫んで、顔を背けて、ディスカは俯く。
「じゃあ、今は何も聞かないよ」
ジェストの声は、諦めを含んでいる気がした。それに、呆れも。
一瞬ぴくりと肩が震え、嫌われたかと恐れる。好かれていないのだから、嫌われる心配など無意味だと気が付いたのは数拍後で、浅く呼吸をして自分を落ち着かせた。
「静かなのはどうも息が詰まるからね。僕は今から思い出話でもしようと思う。
聞くも聞かないも自由だよ」
ジェストはそう前置きして、静かに話し始めた。
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君もご存知の通り、兄弟の多い君とは違って一人っ子だった。だからか、小さい頃から賑やかな……違った、小鳥のさえずりのように口を噤むことを知らない令嬢達が周りにいたのが常だった。
どのご令嬢も、身分・容姿ともに伯爵夫人として立派な子達だったよ。
まぁ、そんな子達に囲まれて育ったせいか、どんな時においても政略結婚というのを嫌が応にも意識させられた。そのせいか、恋愛結婚というのに憧れが強くてね。
うん?何が言いたいんですの?なんて、冷たい声で聞かないでくれよ。
僕もちょっと何言ってるかわからなくなったよ。
つまり、そうだねぇ。愛さないで、って君は望むけど。それは約束じゃないだろう?
だから、お互い好きになる努力をしないか?って話だよ。
*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*
君のことはまだ好きじゃないけどね、とジェストは最後に付け加えた。
「レイラさんは?レイラさんは、どうなるんですの?」
「レイラ?あぁ、レイラは……」
「3年後、私たちは別れますわ。そうなったら、後妻としてレイラさんを娶ってくださいな。ですから、私達は恋愛する必要などないのですわ」
お願いだから、希望など与えないで。その希望は、いずれ訪れる絶望でしかないのだから。
ディスカは心の中でそう付け加える。
恋愛感情など。終わりのくる恋など。
片思いで十分なのだ。
「……ふぅ。君は、僕とレイラが付き合っている、ということが重要みたいだね」
「重要、ですわ。私を愛さない、保険ですもの」
「え?」
「……言葉の綾ですわ」
好きな人がいれば、乗り換えたりなさらないでしょう?なんて、聞けない。
その後は、馬車の中は静かだった。




