不成仏のヤンデレ幽霊
お馬鹿短編三作目。最近ホラーにハマり気味の影響で書いたんであろう物語です。過去の二作品を読んでくれている方にはお分かり頂けているでしょう。今回もグッダグダなお話です。
では、物好きな方だけお付き合いください。
「貴方~、今日の晩御飯は人魂のおひたしよ~♪」
俺が自室でゴロゴロしていると、突然ドアが勢い良く開けられ、そいつがニコニコ笑顔で姿を現した。
「すいません、人魂は食物じゃないので食べられないと思うんですけど」
「知ってる貴方? 料理は愛情さえ込めればそれが泥水で作り上げられたもつ鍋であっても美味しいと感じながら食べることができるのよ? つまり、貴方の愛さえあれば燃える非科学的な塊であっても食べられるわ――多分」
「根拠もクソもないくせにいい加減なこと言ってんじゃねーよこの野郎……」
俺の目の前にはふわふわと宙に浮いている非科学的な存在が一人。
他でもない、彼女は紛れもない幽霊だ。しかも実体干渉することができるというタチの悪い幽霊だ。
そして、理不尽にも十八歳なりたての俺に嫁入りしようと、このアパートの一室に住み着いている幽霊でもある。いや、住み着いているというよりは取り憑いていると言った方が正しいのだろう。
「ほら貴方、早く早く。急がないと人魂が冷め……じゃなくて浄化しちゃうわ」
「その方が人魂のためになると思っているのは俺だけか? 成仏させてやれよ。ついでお前も成仏しろよ」
「私と貴方は一蓮托生の一心同体。私が成仏する時は……貴方がDeadする時よ……」
「重いっ! そしてその顔が怖いっ! くそっ、この悪霊めっ!」
いつ頃だったかすらもう覚えていない。一体俺はいつからこの幽霊と同棲していただろうか? 何もしていないのに勝手に気に入られ、成仏を勧めたらこの通りだ。
特殊な性癖の持ち主であるのであればこの状況を羨ましがることだろう。茶髪ロングのスタイル抜群の女性に言い寄られているのだから、発情期か思春期真っ盛りの男子であれば「はすはす、巨乳美人はすはす」みたいな暴言を呟いて興奮していることだろう。
でも忘れちゃいけない。こいつは正真正銘の幽霊だ。悪霊だ。本来この世に存在してはいけない非科学的な存在だ。たとえどれだけ絶世の美少女であっても、その事実は揺るぎなきことだ。
それに俺には他に好きな女の子がいるのだ。最近はLINEのIDをゲットして仲良くなってきているし、そりゃもう絶好調な感じなのだ。そんな俺の青春をこんな幽霊一匹に邪魔されるとか、まさにこいつは疫病神だ。
そして、こいつは疫病神以前に――
「そういえば貴方」
「なんだよ藪から棒に」
「最近、仲良く喋ってる女の子がいるけど……」
「……それがどうした」
「ここにその娘の心臓があるって言ったら驚くかしら?」
ヤンデレ幽霊とはまさにこいつ。格好良く言うなら病みゴーストだ。いや、それほど格好良くもないな。
「驚く以前に表情が青白く染まるわ。え? 何? その手に持ってるやつ? 本物?」
「私は嘘も冗談も付かない主義よ。でも安心して貴方。これはあくまで幽体の心臓であって、彼女の胸を引き裂いて持ってきたとかそういうグロテスクな代物じゃないから。でもまぁ、普通にこれが止まったら実物も止まっちゃうけどね」
「それじゃ本物と然程変わんねーよ! なんつーデンジャラスチックなことしてくれちゃってんのお前!?」
紗由理ちゃんが! 俺だけでなく紗由理ちゃんまでもが幽霊の手に侵食されてしまった! 駄目だよこれ、完全に俺のせいだよこれ!
「とりあえずそれ寄越せ! そして取り扱い注意という張り紙を付けておけ!」
「渡さないけど張り紙は貼っておくわ」
そう言って幽霊は俺の部屋の机の上に置いてある小さな紙をペンを用いて『人魂その3』と書いて貼り付けた。
え? 3ってことは1と2まで人魂捕ってくれちゃってんの? ホントに何なのコイツ? どういう神経してんの?
「……この娘、学校で貴方に気安く話し掛けて来て、時々さりげないボディータッチとかしているけど……。貴方、まさかうつつを抜かしているだとか、鼻の下を伸ばしているだとか、挙句の果てには惚の字になってるとか、そんなことにはなってないわよねまさか?」
すぐ顔の目の前で死神のような悍ましい笑みを浮かべる幽霊。その表情を目の当たりにして白目を剥いていると、俺の身体の中に透けている手が突っ込まれて心臓を握られた。キリキリと握られる音が聞こえて来て、俺の胸の中で張り裂けそうな鋭い痛みが発生した。
「いだだだだっ! 落ち着け幽霊! 俺の恋心はお前の想像を遥かに越えた鋼鉄でできているから大丈夫だ!」
「そう……それなら良いのだけれど」
そう言うと俺の心臓を解放してくれ、俺は自分の胸に手を当てて荒くなっている呼吸を押さえようと、冷静になって心を落ち着かせる努力をする。毎度のことだがいつまで経ってもこの暴力には慣れない。
「ごめんなさい貴方。妻は夫を黙って信じて付いて行くのが定めだものね。浮気だなんて……そんなのありえないわよね」
「そ、そうだぞ。でも俺がお前を妻と認めた経歴はない」
「またまた貴方ったらそんなこと言って~。子供を作る準備は365日いつでもオッケーなんだからね?」
365日天界に旅立つ準備はいつでもオッケーの間違いだろう。そもそも、実体干渉できるとはいえ幽霊が子供を作れるわけねーだろ馬鹿か。
「まぁ、何はともあれこの人魂は大事にとっておくわね。もし貴方が浮気した時、思い切り握り潰しておけるように。そうなればあの女狐は断末魔の叫びと共に全身から真っ赤な血液を出血させ、二つの目玉が抉り出され、手足があらぬ方向に曲がって骨が飛び出て、腸が裂けて大腸と小腸が――」
「ストップ、そこまでにしとこうか。これ以上聞いてたらマジで具合悪くなりそうだ」
既に手足に力が入らなくなっちゃってるけどな。つーか、魂握り潰すだけでそんな症状が一度に発生するとか、どんだけ恐ろしい力を持ってんだこいつ。
もう嫌だ。いつになったらこいつは成仏してくれるんだ? それとも、天からの遣いとかでいずれ使者がやって来れくれたりするのだろうか? 何にせよ、今にも人を呪い殺しそうなこの悪霊を誰かどうにかしてくれマジで。
「あっ、それと貴方。あともう一つ報告があるわ」
「今度は何だ?」
「さっきネタにしていた女狐がここに来ようとしてるわよ。ほら、あそこ」
「はぃ?」
窓の先に向かって指を差す幽霊。俺はそれにつられてその指先の方向をよーく見つめる。
――いた。確かにいた。しかも明らかにこっちの方を目指して歩いて来ている。白のカットソーの上にベージュのポンチョを着て、フリルの付いた薄いピンクのショートスカートを履いている。
……え? 私服? あれ私服だよね? あっ、やばい、滅茶苦茶可愛い。すげー写メに撮りたい。写真立てに入れて飾っておきたい。
「貴方」
んだよ幽霊さんよぉ。こちとらほんわか妄想に胸を膨らませているのに、横槍を入れないで欲しいだだだだだっ!
「何何!? いきなり何なのお前!? 俺何もしてないよね!?」
「他の女性を見て鼻の下を伸ばすのはどういうこと? 貴方は私だけのことを見て妄想していれば良いの。そうしないといけないの。もしそうしないというのなら、貴方はグロテスクな最後を迎えてあの世で私とランデブーすることになるわ」
「何処ぞの暴君かお前は!? ふざけんな! 死後の世界でも悪霊に付き纏われる幽霊なんてまっぴら心臓が張り裂けそうに痛いィィィ!!」
揉みし抱くように心臓を強く握られ、今にも破裂しそうで洒落にならない痛みが俺を襲う。
駄目だ。このままだと俺は理不尽なコイツの思惑によって呪い殺される。悔しいがここは大人しく順応するを得ない!
「わ、分かった分かった! もう妙な妄想はしないから! 仏教の頂点に立ちし賢者の如き無煩悩を会得するよう努めるからもう許して!」
「駄目よ。私を使ってエッチな妄想をする宣言がされてないわ。いやもういっそのこと実技を――」
「じ、重々理解したから早く離してくれ……あぁやばい、意識がどんどん遠く遠く……」
流石にこれ以上はまずいと思ってくれたのか、幽霊はパッと手を離してくれた。俺はすぐに自分の胸に手を当てて心臓が活動していることを確かめ、通常より動きが速くなっているも異常がないことを確認して仰向けに倒れた。
「も、もうやだこんな生活……誰か助けてくれ……これじゃ寿命が縮まるばかりだ……」
「そんな! 酷いわ貴方! 私はこんなにも貴方に尽くしているというのに!」
「本気で俺に尽くしてくれる人なら人魂なんて取らないし、俺を呪い殺そうともせんわ!!」
ゴツンと幽霊の頭に拳骨を放ち、ぷっくり膨らむたんこぶを見つめながら俺は続ける。あっ、ちなみにコイツは実体干渉ができるリスクとして、実体干渉“される”体質でもあるのである。
「……あのな幽霊。お前がどうしてここまで俺に執着するのかは知ったことじゃないが――」
「一目惚れよ」
「うん、最後まで話聞こうね?」
「痛い痛い痛い! たんこぶ割れちゃうたんこぶ割れちゃう!」
痛覚を感じる幽霊というのも何だか新鮮……なんて言ってる場合でもない。
「話を戻すが、そんなに執着されてもお前は幽霊なんだ。もう死んでるんだ。死人は大人しく成仏して死後の世界でまた新たな生活をエンジョイするのが黄泉の常識だと俺は思うんだよ」
「貴方、人の生き方なんて十人十色なのよ? 私は私で他人は他人。今のは貴方だけの理論であって、私がそれに縛られる理屈は何処にもないわ」
「ぐっ……し、しかしだな。この世はこの世の人達の繋がりがあって、あの世はあの世の人達の繋がりがあるんだよ。この世とあの世は本来干渉しちゃいけないわけで――」
「そんなことより貴方。あの娘着実にこっちの方に向かってきているけど、どうするつもりなのかしら?」
とことん話を聞かない奴だ。いっそのこと即席で調べ上げてお経でも唱えてやろうか。
……なんてことは今度考えるとして、問題は紗由理ちゃんの方だ。まさかこんな夜中に、しかもアポ無しで来ようとしているなんて、一体何を考えているのだろうか?
もしかしてアレか? 今晩は家に帰りたくないのとかそういうアレか? ちょ、ちょっと落ち着け俺。確かに仲良くなって来てはいるけれども、流石に展開早すぎないか?
それにだ。もしかしたらこのアパートに向かって来ているとしても、もしかしたらこのアパートの他の住民の人に知り合いか友達がいて遊びに来た、みたいなことかもしれない。
いや、その可能性の方が多分高いんじゃないだろうか。そうだ、無駄な期待をして気持ちを高揚させるな俺。思考を読まれたら幽霊にまた呪い殺されかけるぞ。
「ねぇどうするの貴方? もしかして上げる気なの? 私という女がありながら堂々と浮気するつもりなの? もしそうなったら私は……この手を真っ赤に染めないといけなくなるわ」
「さっきからごちゃごちゃ喧しいわ。きっと紗由理ちゃんはこのアパートの他の住民に用件があって来たんだろーよ。まさかこんな夜に俺の家に来るとか、そんな美味しい……じゃなくてありえない話があってたま――」
ピンポーン
「るかと思ったけど、どうやらそうでもなかったみたい的な感じ?」
嘘だろおい、冗談は止してくれよ。まさか本当に俺の家に訪れて来たと?
ヤバい、ヤバいよコレ。幽霊の瞳孔が開いて真っ赤な瞳が俺を一点に見つめてきてるよ。もう悪霊を通り越して死神か何かに見えてきてるよオイ。
どうしよう。こんな状態の幽霊が紗由理ちゃんに会ったら、俺も紗由理ちゃんも呪い殺される可能性が大だ。
「……取り合えず、居留守は心苦しいから出るからな」
「分かってるわね貴方? 下手な行動を起こせば『パァッン!』よ?」
「わーった、わーった」
俺はそそくさと自室から出て行くと、まず先に相手を確認するべく玄関の穴から外を覗いてみた。
無論、立っていたのは紗由理ちゃんだった。あぁ、近くで見たらより天使な姿に生えて見える。可愛い、可愛すぎるよ紗由理ちゃん。
少し高ぶった気持ちを落ち着けるために深呼吸をしてから息を整えると、ドアノブに手を付けてゆっくりとドアを開いた。
「こんばんわ、慎太郎君」
「こ、こんばんわ紗由理ちゃん。どうしたの突然?」
「えっと……その……もし迷惑じゃなかったら上がっても良いかな? 用件はできたら中で話したいから……」
「あっ……とっ……ちょ、ちょっと待ってて! すぐに戻るから!」
バタンッ!
「……先に聞いておこう幽霊。もし彼女を上げたら俺をどうするつもりだ?」
少し遠くから俺達のやり取りを見ていた幽霊が浮いた状態で近付いて来ると、ニッコリと笑みを浮かべて“それ”を見せ付けながら言う。
「この鉈でR18指定タイムに突入するわ。そしてこのストーリーがコメディからホラーにチェンジングすることにもなるわ」
用は笑い事じゃ済まない未来が待っているということか。ハハッ、笑ってるけど笑えねぇわ。
「……で、でもなんか深刻そうな話をしに来たみたいだから、俺としては話だけでも聞いてやりたいんだが……」
「……貴方は人が良すぎるところがあるから困るわ。でもそこがまた良いのだけど……ムフフッ……」
笑い方がキモい。そこは気味悪く笑うところだと思う。いや、それはそれで充分気味悪いけどさ。
「仕方ないわ。今回は特例として貴方の優しさを素直に受け入れてあげる。でも度が過ぎたら即刻子供の世界から大人の世界に早変わりするからね? 無論、グロテスクな方向性の」
「そ、それで良い。とりま、ありがとな」
何故俺が礼を言わねばならねぇんだ畜生。でも何とか許可は得たし、これで紗由理ちゃんを家の中に呼ぶことができるぞ!
日頃から部屋は綺麗にしてあるからすぐに呼んでも問題はない。俺の綺麗好きはこういう時に能力を発揮してくれるから、マジで良かったと思う。
俺は再びドアを開けると、惚けたようにして立っていた紗由理に手招きしながら呼び掛けた。
「良いよ紗由理ちゃん。ご自由に上がって」
「ありがとう慎太郎君。それじゃお邪魔するね」
柔らかく微笑みを浮かべると、紗由理ちゃんが俺に続いて家の中へと入って来た。まさかこんな日に女の子を初めて家の中に招待する時がするだなんて、人生というのは何が起こるか分からないもんだ。
リビングの方へやって来ると、紗由理ちゃんは辺りをキョロキョロ見回しながら歩いて近くのソファーに腰かけた。幸い、幽霊は俺の部屋にでもいるのか姿を隠してくれているようで、そこのところは気を使うことはなかった。
俺も向かい合うようにしてソファーに座る――前に温かいコーヒーを入れてソファーの前に設置されているテーブルに置き、そこで初めて俺は彼女と対称的に腰をかけた。
「それで、こんな時間に一体どうしたの? 窓から見えてたんだけど実際びっくりしたよ」
「あ、アハハッ……そうだよね。急に押し掛けてくるだなんて、何かを疑われても不自然じゃないよね」
「い、いやいや。別に疑ったりだなんてしてないよ。ただ普通に驚いてるだけで――」
「うふふっ、冗談だよ慎君。信用してくれてありがとう」
眩しいっ! その微笑みが輝かし過ぎて見えないっ!
――作り笑いでウチの人たぶらかしてんじゃないわよクソ狐が――
怖いっ! 姿形が見えないところから聞こえる不気味な声が怖いっ! つーかどっから囁いてやがるあの悪霊!?
「えっと……それで用件なんだけどね。慎君、最近周りで変なことに巻き込まれていたりしないかな?」
「…………」
正直に「最近どころか数年前から命握られた生活送ってますnow」と言いたい。でも言えないのが現実だ。もし言えばこのリビングは夕焼け色に染まることだろう。
それに、只でさえ俺は紗由理ちゃんの命を巻き込んでしまったんだ。これ以上危険に晒すわけにはいかない。
「べ、別に何もないよ? どうしたのいきなり?」
「んー……何処から説明すれば良いのかな……唐突なことになっちゃうけど聞いてくれるかな?」
「へ? う、うん……」
この際何を言われても驚くことなんて有りはしない。もう俺は一生分の驚きをあの悪霊に根刮ぎ奪われたのだから。
「それじゃ言うけど……実は私――」
そう言うと紗由理ちゃんは突然立ち上がり――まるで魔法のように機関銃の数々を取り出して――
「対幽霊専門家の霊殺し屋、通称『殺霊鬼』なの」
と、白目を剥いて自虐的な笑みを浮かべる俺に言い切ってみせた。
「だ、大丈夫慎君? 混乱するのは無理もないけど……でも本当のことだから信じてもらうしかないんだけど」
「……ちょっと頭の中を整理する時間をください」
「あっ、う、うん。分かったよ」
さてと、許可も貰ったし少し冷静になろうか。つーか俺は今日何度心を取り乱させているんだろうか? そろそろ精神的な病に掛かってしまいそうだ。
えーと……何だ? 紗由理ちゃんは実は殺人鬼ならぬ殺霊鬼という――設定を身に付けてしまった残念美人で、俺の家に住み着く悪霊に感付いて訪れて来たと。
なるほど……つまり、アレだ。
この人を頭の病院に連れていけば良いわけだ。なんだ、単純な話じゃないか。
俺は紗由理ちゃんの肩に手を置いて優しく微笑んだ。
「紗由理ちゃん。俺は人を見た目で判断なんかしないから……だからちょっと病院行こう? 大丈夫、脳の病気に関わっている人達は皆良い人達ばかりだろうから」
「ち、違うの慎君! 冗談とかネタとかそういうのじゃなくて、これは本当のことで――」
「もう止めるんだ紗由理ちゃん! これ以上自分の人生に汚点を残すことはしなくて良いんだ! じゃないと過去のアルバム見た時に一生癒えない傷を負うことになるのだから!」
「だから違うんだってばぁ! お願いだから私の話を死ねぇぇぇ!!」
突如、目を三角にした紗由理ちゃんが二丁機関銃の銃口を何もない壁の方に向けて引き金を引いた。
マシンガンの如く銃弾の嵐が真っ白な壁――いや、透明化してずっとこちらの様子を伺っていた幽霊に向かって放たれた。
しかし、幽霊がそっと手を翳すと銃弾全てがピタリと止まり、カランコロンと音をたてて一つ残らず地面に落下した。
「ちっ、奇襲は失敗か……」
ハッハッハッ、特撮でも撮ってる最中だってか? もしこれが紛れもない現実であるのなら、俺はもう付いて行けない。
「ようやく見付けたわよターゲットナンバー『一○九』。慎君をたぶらかすメス猿が」
「貴女もしつこいわね。何時になったら私のことを忘れてくれるのかしら?」
「それは貴女が逝く時よ」
「…………ふぅ」
何の話をしているのか全然分からない。でも俺が何をすべきなのかはハッキリと分かる。
まず俺は、機関銃を再び乱れ撃ちしようとしている紗由理ちゃんの前に立った。
「し、慎君!? 危ないからここは私に任せて下がっ――」
ガンッ!(思いきり頭をぶん殴る音)
動かなくなった紗由理ちゃんを肩に担いで今度は幽霊の方に近付いて行く。
「あ、貴方! やっぱり貴方は私だけの味方――」
ゴッ!(鈍器で頭をぶん殴る音)
動かなくなった二人の身体を背負い上げると、玄関の方に向かって二人を放り投げ、鍵を掛けてお札を貼って厳重に戸締まりをした。
そして数分後、玄関から再び騒がしい声が。
「ま、待ってぇ慎君! 別に私は悪ふざけをしに来たわけじゃなくて、ただ慎君を守りに来ただけなの~!」
「あ、貴方! もう専業主婦をすることに文句を言わないから開けてぇ! もう一度私とやり直してぇ! あの日の夜のことを忘れないで~!」
「邪魔するんじゃないわよ悪霊! アンタは井戸の下にでも住み着いてエンドレスサダ子でも演じてれば!?」
「お黙りこの痛手ファッションガンナーが! アンタみたいな似非軍人は黙ってサバイバルゲームでパチンパチンとビービー玉撃ってりゃ良いのよ!」
「何ですって!? その眉間に風穴開けて欲しいのかしら!?」
「そっちこそ、人質にしてる人魂握り潰してタンパク質の塊に変身させてあげましょうか!?」
「何ですって!?」
「何よ!?」
「そっちが何!?」
「どっちが何!?」
「こっちが――」
「他所でやれェェェ!!」
我慢の限界で俺の何かがぶちギレると、玄関から出ると共に飛び蹴りを放って電波組を追い出した。
~※~
「――ていうことなんです……」
あれから数十分後。懲りずに俺の家に入って来ようとした二人がペチャクチャ言いながら揉め続けるので、他の住民に騒音罪で訴えられる前に再び二人を招き入れ、詳しい話を全て聞き出した。
なんでも、俺の家に住み着いていた幽霊は俺の記憶を少し弄くっていたらしく、つい最近ここに住み着き始めていたらしい。だから俺はこの悪霊と住んでいた記憶が曖昧になっていたんだとか。
そして、この二人は犬猿の仲であると同時に、追う者、追いかけられる者として幼少期から争い続けていたらしい。
昔から成仏させるべきターゲットであるこの幽霊。紗由理さんはずっとその努力を今でもし続けていて、幽霊はのらりくらりと各地を回って逃走生活をしている中、俺に一目惚れをしてここに住み着くと同時に紗由理さんから身を隠していたんだとか。
そして、霊感の強い紗由理さんは偶然俺と仲良くなって幽霊の霊感を察知し、こうして今日俺の家に訪れて長きに渡る戦いに終止符を打つためにやって来た、ということだった。
つまり、俺は何の関係もないのに理不尽にも巻き込まれたということだ。
どうしてくれようこの苛立ち。どうしてくれようこの銃弾だらけのリビング。
取り合えず、俺は二人の話を聞きながら強制的に掃除をさせていた。
「話は大体分かった。分かったから、掃除終わったらとっととここから失せてください。主に幽霊の方が」
「 い、嫌よ! 私はこれからも貴方と一緒に新婚生活をするんだから! もし断ると言うのなら貴方もろとも心中して潔く散ってやるわ!」
「させるわけないでしょ。慎君の身は私が貰――じゃなくて私が守るわ。掃除が終わったら今度こそケリ付けてあげるわよ」
「紗由理ちゃん、次ここで暴れたら問答無用でポリスコールするからね?」
「じょ、冗談だよ慎君! 私は霊の命を狙うことよりもマナーを重んじるように心掛けてるんだから!」
少なくとも、俺との会話中に突然「死ねェェェ!!」とか言って銃弾発砲した人の台詞じゃないと思う。
それにしても残念だ。まさか俺の紗由理ちゃんの本当の姿がこんな荒ぶれ者だったなんて……あの頃の紗由理ちゃんはもっとお淑やかで、触れれば散ってしまうようなイメージだったのに。返せ。あの華奢な紗由理ちゃんを返せ。
「ふぅ……これで掃除は終了っと。じゃ、とっとと帰りなさい痛人ガンナー」
掃除が終わって綺麗になった途端、再び幽霊と紗由理ちゃんによる険悪なムードが訪れた。頼むからこれ以上揉め事を起こさないでほしい。
「帰る……というか、還るのは貴女の方よ。今日こそ貴女を滅して、私はごく普通の日常生活に戻り、慎君と甘い一時を送ってみせるわ」
「甘い、じゃなくて苦いの間違いでしょ? 私でも貴女に脈が無くなったことくらいは分かるわ。そうでしょ、貴方?」
「…………」
俺は言葉ではなく、態度でそれを示した。何も言わずに行使する黙秘権。即ち、それは肯定するということに他ならない。
それを悟ってしまったのか、紗由理ちゃんは顔に青筋を立てて具合が悪くなったような顔になり、俺の両肩に手を置いてゆさゆさと揺らし出す。
「そ、そんな!? 慎君、私は別に好きでこんなことしてるわけじゃないんだよ!? ただ、お父さんが家訓どうこうと夢に出てくるくらいにしつこく言ってくるから、それで私は仕方なく――」
「いつぞやに『私は霊を殺すために、この銃をいつまでも撃ち続けるのよ。それが私の業、なのよ』とか言ってたくせに、よくそんなこと宣言できるわね」
「貴女、後で絶対殺す」
私の業とか、何それ格好良い。格好良いけど、それ以上にもうこの人と関わりたくない。痛い、痛すぎるよ。
「あの、今日のところはもう帰ってくれませんか? これ以上、俺の中の紗由理ちゃんのイメージを崩してほしくないんで」
「ごめんなさい慎君……一矢報いない限り、私は退くわけにはいかないの」
マナーを重んじるように心掛けてるんじゃないのかよ。口だけならどうとでも言えるってか? なんか段々腹立ってきたな。
「帰れと言われてるんだから大人しく帰りなさい。ついでに土に還りなさい。そして最後には誰からも見られることなく孤独に成仏しなさい」
「……ここまで来るともう何もかもどうでも良くなってきたわね。もういっそのこと暴れ尽くして全て破壊して――」
「末期症状と判断。幽霊、この人追い出せ」
「ちょ、待っ、慎君、今のも冗談――」
我慢の限界は今この時。幽霊は素直に言うことを聞いてくれたようで、紗由理ちゃんの背後に回って身体を煙のように変化させ、紗由理ちゃんの身体に纏まりついた。
「ぐっ!? こ、このくらいで私がっ!!」
「……んじゃ、後は勝手にやってくれ」
「……え? ちょ、貴方――」
玄関から出ていったところを見計らい、俺は即座に鍵を閉めて残っている全ての御札を貼り付けた。
「オチはっ!? 良いの貴方!? 私と結ばれるというそういうオチにしなくても良いの!? ねぇ貴方ってば~!!」
「慎君!! 私は諦めないからね!! こいつをとっとと始末して、そしたら必ず挽回してみせるからね~!!」
その後、その大声は銃声に変わったのは言うまでもない。
――こうして、俺の受難は続く。恐らく、何処までも何時までも。
……貴方はこんな現状、どう思いますか?
自分なら少なくとも、心臓握りつぶしてくるような幽霊は全力で拒みます。
次回の短編も執筆中なので、出来たら読んでくれると幸いです。