プロローグ
◆プロローグ
拝啓
桜の花も散り始めているこの季節に、皆さんいかがお過ごしだろうか?
さて突然だが、今僕はとても危機的状況に陥っている。
なぜこんな事になってしまったのだろう。まったく思い当たる節がない・・・・・・わけではないが。
あぁ、神様。何か僕が悪いことでもしましたか?
子供の頃アリの巣を壊したのがいけなかったのですか?
知らないうちに猫の尻尾を踏んだのがいけなかったのですか?
それともやっぱり、毎日祈らなかったのがいけなかったのですか?
どれもこれも謝ります。すみません。でも僕無心論者で自然主義なんです。
あぁ、なんで世界はこんなことになってしまったのだろう。今が悪い夢なら早く五年前に戻ってほしい。何なら今からキリスト教徒にでも、イスラム教徒にでもなっていい。食事の前にアーメンと十字を切るし、一日に五回の祈りを捧げても構わない。確かに僕は退屈に満ちている毎日を変えたいと思っていた。だが、それは、安全な所から面白いものを傍観していたかっただけなんだ。僕が望んだのはプレイヤーではなくゲストである。さすがに当事者で、しかも、自分の幼馴染に超人なんて求めたつもりはない。
まぁでも、その幼馴染のおかげで今の状況は、実はそこまで危機的ではないんだけれど・・・・・・ん?となると僕はさっき危機的状況に陥っていると嘘をついたことになるのか・・・・・・みなさん嘘ついてすみません。
まったく、五年前に妄想は出来たが想像できなかった状況というのか、五年前に空想は出来たが構想できなかった状況というのか。
現代では当然で当たり前だが、五年前には確実に考えられなかった状況だろう。
やはり僕は神に祈っておくべきだったのかもしれない。どうしよう。七夕の時、短冊に書いた願いにちゃんと傍観者であることを書いとけば良かった。やっぱ今さら神に祈っても意味無いんだろうな。
僕は空を仰ぐ。僕が見た全天はうす雲に覆われていた。
神か・・・・・・。神とは信じ、祈りをささげるもの。僕が信じてるのは僕だけだから、僕にとっては僕が神なんじゃないのか?
あれ?じゃあ、僕に祈れば願いが叶うということか。何て楽なのだろう。ゴッドイズミー。助けて僕。
はっ、やばい。考えすぎで、いつものように可笑しな方向に思考が進むところだった。危ない、危ない。
よし待て、僕よ待つんだ。現実を見つめろ。まずは落ち着け。そして状況を把握するんだ・・・・・・・・・・・・よし、落ち着いた。さぁ、僕よ、冷静に今の状況を把握するんだ。
――――腕の中に女の子、気絶中。目の前には目に見えないスピードで戦う一人の男(目に見えないから目の前か後ろかは分からないが・・・・・・)後ろには腕を組んで、仁王立ちをしている女の子―――以上。
解析終了。結果、まったくもって意味不明。
本当になんでこんな事になったのだろう。
少なくとも数年前までは僕は何のとりえもない普通の学生になるはずだった。そして、自分のやることに一喜一憂しながらも一応満足して、堕落した生活をぐだぐだと送るはずだったのだ。
それなのになんだ。今の僕は、日常から少しずれた非日常に取り残されているではないか。
誰か助けて。
僕をこの場所から、日常という名の日が当たるところに出して!
・・・・・・とまぁ、くだらないことを色々と考えているとふと思う。今の時代では今起こっていることの方が日常なのかもしれないなぁ、と。訳の解らない異常が普通になってきている今、非日常こそが日常であり、可笑しい事こそが普通と言っても、誰も疑いはしないのではないか。
「今更何悩んでんだよ?」
いきなり後ろから声をかけられた。とりあえずビックリしてみる。後ろで、勇ましく仁王立ちしている美女が、喋りかけてきた。
「おい、聞いてんのか?」
なんとも勇ましい喋り方だ。とても美女の喋り方とは思えない。むしろ男だ。男の中の男。彼女の代名詞は確実に彼があっている。
「クーは、オレを侮辱してんのか?」
声を出してないのに言葉を返された。あぁ、そうか。彼女の前ではプライバシーも何もないんだった。すっかり忘れていた。だけど、僕は雷三のことを侮辱してないし、美人だと思ってるよ。
「び、美人っ!な、何言ってんだ。そんな事は、わ、解ってるさ!」
でも女の子なのにオレだよ?
「うるせぇ!これは癖なんだよ。まぁそんなことはどうでもいいけど、一応ちゃんとプライバシーは守ってるよ。クーのは誰よりも知りたいけどなんとか我慢・・・・・・ゴホンッ。で、何悩んでんだよ?」
何を我慢しているの?
「うっせぇ!いいから質問に答えろ!」
すいません。答えますから怒らないで下さい。顔が真っ赤になるまで怒らなくてもいいのに。
「いや、何で僕はこんな国に居て、初っ端からこんな不幸な状況に陥っているのかな~って」
「そりゃ、クーだからだよ」
すごい解答をされた。しかも即答。だけどまぁ確かにそうだろう。僕がこの状況にいるってことは、逆に言うと、この状況にいるのは僕じゃないといけないはずだ。だからあながち間違った解答ではないんだろう。
人が進むべき道はいつも個性に満ちている。
世界には自分の代替など存在しないし、他人との交替なども存在しないからな。
僕は意外に運命を信じるタイプなんだ。
あ、忘れてたけどクーってのは僕のこと。まぁ、話の流れで解ると思うけど・・・・・・一応主流の呼び方はイッコクなんだけど、雷三だけは僕のことをクーと呼ぶ。
「で、目の前なのか、目の後ろなのか知らないが、偉繰は何をしてるのかな?」
「あぁ?見てわかんねーのか?って見えてないのか・・・・・・だけど解るだろ?戦ってんだよ」
「そういうことじゃなくて、何であんなことをしてるのかな?」
「知らねぇ」
また即答された。彼女に質問は無意味のようだ。まともな答えが返ってこない。
「知らないんだからしょうがねーだろ。大体いいじゃねーか。クーに危険は無いんだからよ。どんなことがあってもオレが守るしな。というか、クーは守らなくても自分のことくらいは自分で守れるから大丈夫だろ?」
だから僕は声に出してないんだから返答しないでくれ・・・というか僕は全然弱いんだから守ってくれよ。まぁ確かに雷三の言うとおり僕に危険は無いが。なんてったって偉繰と雷三が守ってくれるなんてミサイルを撃たれても死なないだろうからな。あくまで僕は弱いけど。
「強いだろーが!・・・・・・でもまぁ、ちゃんと守るよ。それに無理だ。オレに喋っているか喋って無いかなんてわからない。ただ単に聴こえるだけだ。後さっきの質問だが、知らない、と言ったものの、多分、ただ喧嘩したかっただけじゃないのかとオレは思う」
「・・・・・・だろうな」
偉繰の性格からして、それも無いとはいえないだろう。むしろその可能性が高い、というかそうだろう。しかし、偉繰のためにわざわざ僕が、不幸になるのは可笑しいと思う。
やはり神様は僕を嫌っているんだ。
まてよ?神様イコール僕だから、僕が僕を嫌うことによって僕が不幸になっているのか?
確かに僕は僕が嫌いだがそんな馬鹿スパイラルがあってたまるか。
あぁ本当に何でこんな面倒くさい事になったんだろう。
やっぱ、僕が悪かったのかな。
僕があの日、この高校に入らなければ良かったんだ。
僕があの日、この部活に入らなければ良かったんだ。
僕があの日、この国を作らせなければ良かったんだ。
僕は考えてみれば昔から運が悪かった。
3歳の頃、三輪車に乗っていた時に、後ろから親戚の誰かに押され、急な下り坂を猛スピードで走った先に、壁にぶつかって全治3ヶ月の怪我を負った。
7歳の頃、プロレスの技を研究していた兄に、アキレス腱固めをされ、アキレス腱が切れた。奇跡的に完治したが全治6ヶ月だった。
12歳の頃、卒業式の日に、卒業証書をラストに貰う大役を任された僕だったが、僕が貰おうとした瞬間に酔っ払いが暴れだして、僕は卒業証書を後日貰うことになった。
そして14歳の秋、僕が修学旅行で奈良公園に行った時、後ろに並んでいたクラスメートが鹿にカンチョウをし、そのことに怒ったのだろうか、ものすごい顔をした鹿が、なぜかクラスメートにではなく、僕に突っ込んできた。鹿のタックルを直撃した僕の膝は、なんと穴が開いた。完治したのは奇跡かもしれない。傷跡は残っているけど・・・
そんな傍目から見ても痛い人生を送っている僕の、青春という名の甘酸っぱくもほろ苦い時間は、早くもその苦みだけを残している。元々甘酸っぱさなんてなかったとも言えるが。まぁでも、あまり期待してなかったからいいけどね。それに今は、雷三と妹六も居るし・・・・・・
僕は、腕の中で安らかな寝息を立てて、まさにすやすやという擬音が似合う寝姿の女の子を見てみた。
頬を伸ばしてみる。あ、やわらかい。いい頬だ・・・
僕もこの子のように眠りたい。そして、今この時を夢としたい。
「何言ってんだ。今は紛れも無く現実だぞ。もちろん五年前からな。それと、女の子の頬を勝手に触るな。特にムーの頬は天然記念物級だ。触ったら怒られるぞ」
「誰に?」
「オレだ」
さいですか。でも僕は頬フェチなんだ。あまり簡単に引き下がれないな。
「オレに怒られるよりはマシだろ」
確かに。命を懸けてまで触るのはさすがに遠慮したい。
「それに触るんだったらオレの・・・」
ん?なんか言った?
「な、なんでもねーよ!」
それなら良いけど・・・
「俺様も怒るぞ・・・・・・ククク」
いつの間にか僕の目の前に、仁王立ちしている男がいた。さっきまで激しい戦闘をしていたはずなのに、服には汚れやしわの一つも見当たらない。
「終わったのか?で、偉繰、なんでお前が怒るんだ?というかなんで笑ってんだよ?」
「ク、ククク・・・そ、そりゃ、俺様が王様だから・・・だ。天然記念物を・・・保護するのは当然・・・だろ」
確かに。もっともな意見だ。で、なぜ笑う。
「そりゃ・・・今の・・・状況が笑える・・・からだ・・・ククク、ガハハハハ!」
とうとう可笑しくなったのだろうか?なぁ雷三――ってなぜこちらは怒ってるんですか?
「ん・・・・・・」
あっ、僕の腕の中の女神が起きた。
「終わったの~?」
「あぁ、終わったぜ。後は帰るだけだ」
「そう・・・・・・あっ、怪我はっ?」
「あるわけ無いだろ。それより妹六、歩けるか?」
「・・・・・・大丈夫!全然オッケー!」
「ムー、みんなの誘導は終わったのか?」
「完璧だよっ!」
起きた直後というのに本当に元気だ。ハイテンション娘此処にあり!って感じだな。
それにしてもなんか名残惜しい・・・乙女の柔肌・・・
まぁ、またの機会に。
『・・・・・・変態』
あっ聴かれてた。はずかしぃぃ!
「じゃあ帰るか。俺様の世界へ」
偉繰が帰宅宣言をしてきた。待ってました。
「うん。もう帰ろう、僕らの部室に」
「そうだな。オレもそろそろ帰りてーんだ。オレたちの国に」
「うん。みんなで帰ろ。妹六たちの学校に」
よし・・・・・・あ、挨拶を忘れていた。
皆さんの健康を祈って。これを終わりの挨拶とさせてもらいます。
敬具