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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
災いの知らせ
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6話 下る命

 フェリシアは団長三人に日除けの幕の中に入るように言い、ライカは果物水を用意する。

 容赦のない陽光を浴び続けながら顔色一つ変えていなくとも、暑さを感じていないわけではない。涼しい日陰に入った三人は、揃って短く息を吐いた。


「隻眼の『闇』の暗殺者、セアルグですか。やはり生きていたようですね」


 グラスを受け取ったグレアスが美しい顔を顰める。

 バルドゥクでの一件の真相は、各騎士団の団長にしか知らされていなかった。同道していた第三騎士やレヴァイアの近衛兵にすら、バルドゥクの前国王の弟ヒュザード、宰相クルツを含めた多数の人間を殺害したのは、ヒュザードが相談役として雇っていた男とその仲間だったとしか説明されていない。

 『闇』を知るのは騎士団内でもごく一部。十年前、レヴァイアのめいで『闇』を殲滅せんめつした際も、その存在が公に知らされることはなかった。

 いたずらに民を怯えさせる必要はないというのがレヴァイアの考えであり、当時の騎士団長たちも同意見だったからだ。

 そして今回もまた、事情を知る者たちの間で、無用な混乱は避けるべきだという結論に至っていた。 

 

「でもよ、何でわざわざこんなものを送りつけてくるんだ?」


 果物水を一気に飲み干し、腕を組んで首を傾げるヴォード。

 彼の疑問はもっともだ。何かを企てているのだとして、普通なら誰にも気づかれないようにことを進めたいはず。これではまるで、仕掛けるから警戒しろと言っているようなものだ。

 一体何を考えている。ライカには、かつて兄と呼び慕った男の考えが読めなかった。

 しかし、確実に言えることが一つだけある。

 それは、


「親切心からではないでしょう」


 ライカはきっぱりと言い切った。


「止められるものなら止めてみろってところかしら。南ってことはリムストリアなのでしょうけど、何か気になる報告はありますか?」


 フェリシアは団長三人を順に見る。しかし、彼らは口を開かなかった。 


「そうですか。では手掛かりは今のところあの結晶、死獄石だけということになりますね」


「フェリシア様、死獄石というのは?」


 グラスを手にしたまま飲もうとしないダレスが訊ねる。


「ああ、それなら俺が説明してやるよ。よろしいですか、フェリシア様? あのな、死獄石ってのはさっきうちの副団長が持ってた水瓶に――」


 フェリシアが頷くのを見たヴォードは、碧南海での出来事とエルが話した世界の自浄作用についてを身振り手振りを交えて説明する。碧南海で紅鎌魚相手に自分がどれだけ活躍したのかを話すのも忘れなかった。


「三方向から同時に飛んでくる紅鎌魚を俺での華麗な剣さばきで」


「お前の無駄話はもういい。――では、奴の言う滅びの息吹とはその結晶のことだと?」


 得意げに喋り続けるヴォードを、漆黒の瞳で睨みつけて黙らせたダレスは、視線をフェリシアに向けた。

 フェリシアは振り返ってライカを見る。どう思う? と眼で訊かれたライカは、静かに首を振った。


「現段階では情報が少なすぎて何とも申し上げられません」


「そうね。まずは情報を集めないと駄目ね。でも、剣雅祭までもうあまり日がないわ。急がないと。皆が楽しみにしている剣雅祭を中止になんて出来ないわ」


 そう言って立ち上がるフェリシア。彼女の蒼い瞳には、強い決意が宿っていた。

 三人の団長は、グラスを机に置き、すっと姿勢を正す。


「ヴォード団長、グレアス団長、ダレス団長、情報収集をお願いします。それと南の地域一帯に警戒態勢を布いて下さい。ただし、民に不安を与えぬように。この国の安寧を脅かす者は、たとえそれが何者であっても取り除かなくてはなりません」


「はっ! 『戦の護』に絶対の忠誠と絶対の勝利を!」

  

 拳を胸に押し当て、誓約の言葉を口にする三人。彼らの表情に、一切の不安も迷いもない。あるのはローディスを護るのは自分たちだという自負。それだけだ。


「ライカ」


「はい」


「リムストリアを包んでいるという滅びの息吹。その正体を知るにはリムストリアに行くのが一番でしょう。……行ってくれる?」


「もちろんでございます、姫様」


 ライカは深く頭を垂れた。


「ありがとう。では、ダレス団長」


 再び椅子に腰を下ろしたフェリシアは、第三騎士団長の名を呼ぶ。


「はっ」


「ライカに同道して下さい。不在の間はフレイエ副団長を団長代理とします」


「畏まりました」


「姫様?」


 ダレスは頷き、ライカは眼を見開いて驚く。第三騎士団長は王都を、さらに言えばフェリシアを護ることが最たる勤め。バルドゥクに行ったのは、レヴァイアが危険だという特殊な事情があったからだ。そうでなければダレスが国外に出ることなどまずない。

 一体何を考えているのだと、ライカの眉間に皺が寄る。


「一人より二人の方が早く調べられるでしょう。なあに? 私の決定が不満なの?」


「いえ、そのようなことは……」


「姫ハオ前ノコトガ心配ナノダ」


 ライカが返答に困っていると、黙々と林檎を食べていたエルが口を挟む。そして、毛がふさふさで暑そうに見える地の民は、それだけ言いうとまた林檎を齧り始めた。


「エル……」


「そうよ、心配なの。ライカがいなくなったら困るもの。――緋色の忠誠を誓いし者、闇に包まれし悪に光を当て真実を暴け。信じているわよ、ライカ」


「……仰せのままに」

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