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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
想いの果て
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37話 夢の都トゥオネ

 緑と水に満ち溢れた幻想的で美しい都、リムストリア王都トゥオネ。

 整地された道の脇にはみずみずしい植物が連なり、建物と建物の間には澄んだ水が流れる水路が巡っている。歩く人々は皆、清潔そうな服を着、腕や首に装飾品をつけ、砂や土埃で肌を汚している者などどこにもいない。

 

「まるで別世界だな」


 王宮の一室のバルコニーで外の様子を眺めながら王都の様子を思い出していたクレイは、皮肉っぽく呟いた。

 キャソからここまで、通ってきた町は少ないが、どこも似たようなものだった。緑も水も肥えた土も、十分にあるとは思えなかった。

 それがどうだろう。

 ここにはその全てがある。村や町に住む人々が、苦労して苦労して、やっと手に入れることが出来るものが、王都中に溢れている。

 地域によって気候が違うのは仕方がない。だから差があることがおかしいとは思わない。ローディスでも町や村によっては、作物が育ちにくかったり、雨が多く降って晴れている日が少なかったりする。

 しかし、そのことを不満に思っている民は少ない、とクレイは感じている。

 何故なら、町が村が抱える問題を解決するために国が尽力しているからだ。国は常に民の言葉に耳を傾けている。作物が育ちやすくなる肥料を開発したり、特産品を作る手伝いをしたり、民がよりよい環境で暮らせるよう支えている。

 全ての民がとは言わない。だが、多くの民が自分の生まれ育った場所に誇りを持っているだろう。

 ではこの国の民はどうだろうか。

 例えばリーネの里。彼らは自分たちの現状に満足しているだろうか。

 

「してない、だろうな」


 眼下に広がるのは美しい湖。王宮は王都の中心にある湖、その中央にある島の上に建っている。

 豊富に湛えられた水。砂や乾いた土に囲まれた生活をしている者なら、誰もが羨むに違いない。


「何だか罪悪感を覚えてしまいますね。何も悪いことはしていないのですが」 


「確かにな」


 後ろから声をかけてきたケイフォンに、振り返って頷き、改めて部屋を見渡す。

 広々とした空間には鮮やかな色の花と緑が溢れ、華美な調度品がそこかしこに置かれている。ベッドには天蓋が付いており、部屋の外には常に侍女が控えている。

 リムストリアの若き女王シャラトゥーラの意向により、クレイはこの部屋を、ケイフォンら第一騎士六人は両隣と向かいの三部屋を滞在部屋として与えられたのだが、まったく落ち着かない、というのが七人の共通の感想だった。


「なんでも飾り立てればいいってもんじゃないってのがよく分かるぜ」


「同感ですが、シャラトゥーラ陛下の御前では言わないで下さいよ」


「俺は子供か! ったく……で、その陛下はまだごねてんのか?」


「おそらくは。側近の方々が必死に説得しているようですが」


「聞く耳持たねえってか。困った女王様だな」


 剣雅祭に出席するために、シャラトゥーラは今日ローディスに向けて発つ予定だったのだが、『嘆きの四翼』が王都に向かっているという知らせをダレスから受け、それをクレイが『朱の霞』の隊長に伝えたことにより、リムストリアの重臣たちは彼女に剣雅祭への参加を中止するよう申し出た。

 ローディスまで『朱の霞』をはじめとした大勢の兵士が護衛につく。が、万が一の事態を考えれば中止の判断は至極当然と思えた。

 だが、女王は頑なに臣下の意見を拒んだ。


「『朱の霞』とローディスの騎士(われわれ)がいるから問題ないだろうと言ったそうですよ」


「はぁ……困った国王様もいたもんだ」


 クレイは髪をくしゃりと握り、大きく溜息を吐く。

 クレイたちはシャラトゥーラにフェリシアからの文書を渡した後は、ライカたちと合流するまでの間、王宮ではなく王都の宿に滞在する予定だった。それを彼女に是非にと言われ、王宮内に留まっているのだ。

 もちろんシャラトゥーラがローディス国に入れば、案内役として第三騎士が数名同行する。しかし、ここはリムストリア。この国の兵を差し置いて、自分たちが女王を護衛するなどあり得ない。


「眼の前で襲われてたらそりゃ助けるけどよ――そろそろむっつりダレスが来るころか?」


「え? ええ、そうですね。風の民が翼竜と同じような速さで飛ぶのであれば、もう戻ってくるのではないかと」


 ケイフォンは二、三度瞬きを繰り返してから、クレイの問いかけに答えた。


「城下に出てるローダたちからの報告もないし、出迎えてやるとするかな」 

 

 俺って優しい、とクレイは扉を開け部屋の外に出る。ケイフォンもすぐその後に続いた。

 廊下に立っている侍女に、外に出るとだけ言って二人は王宮の入り口に足を向ける。 


「あの……」


「なんだ?」


「ダレス団長がむっつりというのは……?」


「そのまんまの意味――どうした?」


 おそるおそるといった感じで訊いてくるケイフォンに、にやにやしながら答えていたクレイだったが、正面から慌ただしい音が聞こえ、さっと表情を切り替えた。

 走ってきたのはローダだった。


「団長! 現れました!」


 その一言でクレイは走り出す。


「獣か?」


「いえ人間です! 数は不明! すでに負傷者多数!」


 王宮の入り口が近づくにつれ、怒鳴り声や走り回る音が大きくなってくる。


「ったく、リムストリアの兵士は何やってんだ!」 


「それが、遭遇した兵士によると、何の前触れもなくいきなりすれ違いざまに斬りかかってきたらしく、防御する間もなかったとか。しかも、その動きはとても人間とは思えなかったそうです」


「狂った獣の次は人間離れした動きをする集団、ね。一体何がどうなってんだか。お前らは二人一組で王都に散らばってリムストリア兵の援護をしろ。油断するんじゃねえぞ」


「はっ」


「はい」


 二人の騎士は速度を上げ、あっという間にクレイの視界から消えていった。

 争いを求め、混乱を欲し、穏やかに過ごす人々の日常を破壊していく者。己の欲望を満たすことしか考えない愚かな人間。


「『嘆きの四翼』とかいう連中もそうなのか? だったら――」


 遠慮なくやらせてもらうぜ。

 クレイは腰に下げている剣を握り、ぐっと力を篭めた。

 

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