3話 庭園のざわめき1
ヴァラファール大陸中央の国ローディスは、二年に一度の祭り、“剣雅祭”を間近に控え、いつも以上に活気づいていた。祭りの中心となる場所は、王都ラシィリニオス。城下の住人は準備に追われ、日々忙しく過ごしていた。
王女付きの侍女であるライカも例外ではない。フェリシアのドレスの手配から騎士への事務連絡まで、毎日休む暇なく動き回っていた。
「ライカ殿」
そんなある日の午後。いつもの庭園でつかの間の休息しているフェリシアのために、飲み物を用意して戻ってきたライカに、庭園の警護をしている第三騎士が駆け寄ってきた。
「何かありましたか?」
「今しがた、第二騎士団長と副団長が参られまして、フェリシア様にご意向をお訊ねしたところ、通すように仰せられましたので、お二方をフェリシア様の許にご案内致しました。それで、その……」
第三騎士は言葉を濁し、ちらりと視線を庭園に向ける。その仕草でおおよその事情を察したライカは、冷や汗をかいている彼に軽く頭を下げた。
「分かりました。お教えいただきありがとうございます」
「いえ、お役に立てて何よりです」
わずかに頬を上気させた第三騎士は、姿勢を正すと踵を返し、元の場所へと戻っていった。
さて、とライカも来た道を戻り出す。第二騎士団の団長と副団長の分の飲み物を用意するためだ。ただの報告であればその必要はないのだが、おそらく違うだろう。二人が揃ってフェリシアに会いに来て、ただの報告だったためしがない。
「あれ、ライカ様どうされたんですかー?」
林檎が入った籠を抱えたマールが、向かいから小走りで近づいてくる。エル用に持って来たのだろうが、林檎にはいくつか傷がついていて、ライカは僅かに顔をしかめた。
「マール、また転倒したのですか」
「ち、違いますよー。曲がり角で洗濯係とぶつかっただけですー」
「同じことです。気を付けて下さいといつも言っているでしょう」
「うう、すみませんですー」
しゅん、と項垂れるマール。ライカは小さく溜息を吐くと、彼女の籠を取った。
「いま庭園に第二騎士団長様と副団長様が来られています」
「え、お二人が一緒に、ですかー?」
「至急、二人分のお茶の用意をお願いします」
「は、はい、すぐに行ってきま――あ!」
裾を翻して一歩踏み出したマールが、声を上げて振り返る。
「どうしました?」
「さっき一階で聞いたんですけど、第一騎士団長様と副団長様が城に戻ってきたみたいですー。海で何かあったんじゃないかって、すれ違った第三騎士の方が話してましたー」
「……分かりました。では四人分用意して下さい」
「はいですー」
マールはふわふわの茶色の髪を揺らして去っていった。元気いっぱいの後ろ姿が見えなくなると、ライカは庭園に向かって歩き出す。
物言いたげな視線を向けてくる第三騎士に目礼して横を通りすぎ、城の中層にある庭園に出る。夏の強い日差しが照りつけるなか、フェリシアの許へと急いだ。
「姫様」
噴水のすぐ横に張った日除けの幕の中にいるフェリシアの傍に行き、声をかける。困ったような笑みを浮かべて椅子に座っていた彼女は、ライカを見ると一瞬だけほっとした表情になった。
「第二騎士団団長グレアス様、副団長ザァレム様、ご苦労様でございます」
噴水の縁に林檎が入った籠を置き、持って来た飲み物をフェリシアの前に置くと、ライカは幕の外に立っていた二人の騎士に頭を垂れた。
「よおライカ、久しぶり。相変わらず美人だなー。こないだ飛んでたとき、いい場所見つけたんだよ。今度二人で行こうぜ」
肩より少し長い薄茶色の髪を後ろで無造作に括った騎士が、気安い口調で話しかけてくる。
イシュヴェン・ザァレム。第二騎士団副団長だ。背が高く筋肉質で、当然腕も立つ。副団長を名乗るに十分相応しい人間ではあるのだが、少しばかり彼には問題があった。
「イシュヴェン、貴方はここに来た目的を理解していないようですね」
第二騎士団団長リオン・グレアスが、氷よりも冷たい眼差しで隣に立つイシュヴェンを睨みつける。
大抵の人間はこれで彫像のように固まり、呼吸困難に陥ってしまう。寿命も何年か縮まるという噂だが、何故かイシュヴェンは平然とグレアスの視線を受け流せるのだった。
「いやいや反省してますって。ほら、この通り」
大仰な仕草で頭を下げるイシュヴェン。しかし、彼の橙色の瞳には、まったく反省の色が浮かんでいない。
「いい加減にしなさい! 今日という今日は許しません。貴方には副団長の自覚がないのですか!」
グレアスが腰に下げた剣に手をかけて怒り出す。人間離れした顔をしているだけに迫力も凄まじい。
「グレアス団長、落ち着いて下さい。イシュヴェン副団長も、もう少し反省してください。結果的に民に被害がなかったとはいえ、その危険は十分にあったのですから」
椅子から立ち上がったフェリシアが、ゆっくりと交互に二人を見る。グレアスとイシュヴェンは、さっと敬礼の姿勢を取った。
「……申し訳ございませんでした」
「お許し下さい、フェリシア様」
後でライカがフェリシアから聞いたところによると、村に入り込んだ賊を捕らえるために、イシュヴェンは強硬手段をとったらしかった。狭い村の中に翼竜で降り立ったのだ。無事に賊を捕らえ、村人に被害はなかったものの、民家の一つが翼竜の尾により半壊した。
騎士が民の安全を脅かすなどあってはならぬことだというのがグレアスの言い分で、賊を捕らえるのが最優先だというのがイシュヴェンの言い分だ。
どちらの言い分にも一理ある。この二人は毎回こうやってフェリシアを悩ませるのだった。




