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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
巡らされる糸
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27話 思わぬ同行者

 『風の名残』を出たライカは、扉の前で見送ってくれているヨクルチァに一度振り返って軽く頭を下げ、町の入口に向かった。

 住人や兵士がそこかしこで昨日の片付けをしている。脚や腕に包帯を巻いている者も少なくない。彼らは汗を滴らせ血をにじませながら、自分たちの町を甦らせようと懸命に頑張っていた。

 手伝いたいという気持ちがないわけではない。しかし、ラシィリニオスを出て――フェリシアのもとを離れてもう九日目。二十日後には剣雅祭けんがさいが始まる。ライカたちがこの町に留まる猶予は一刻も残されていなかった。


「あっ、ライルさん! こっちっすー」


 強い日差しの中、足早に通りを歩き町の入口に行くと、キールが手を大きく振ってライカを出迎えた。傍にはダレス、それに荷物を括りつけられた地竜が三頭いる。


「話は聞けたか」


 ダレスの問いに、気持ちを切り替え、ライカは「はい」と頷いた。


「あの地図の空白部分にはかつて森があったそうです。風鳴かざなりの森という大きな森が」


「あった? 今はないんすか? あ、荷物預かるっす」


 首を傾げながらキールは、手早くライカの荷物を地竜に括り始める。


「ありがとうございます、キール。――ええ、その森は百年以上前に全て焼けてしまったそうです。そしてその後、植物が生えることはなかった。だから空白になっているのだと、ヨクルチァさんは仰っていました」


「そうか」


「ユイレマからナヨークト峡谷までは、地竜を飛ばせば三日から三日半の距離だそうです。急ぎましょう」


「ああ」


「はいっす!」


 頷き合った三人は、外套をはおり、フードを被って地竜に飛び乗る。


「では――」


「待ってくださぁぁぁいいぃぃっ!」


 地竜に鞭を打って出発しようとしたそのとき、後ろから聞き覚えのある大きな叫び声が聞こえてきて、ライカが振り返ると、そこには全速力でこちらに向かってくるナナリノの姿があった。

 ぱんぱんに膨らんだ皮袋と弓を担いだ彼女は、ライカの前でよろめきながら止まり、これ以上ないほど呼吸を荒くしながら口を開く。

 

「ぜえっ、ぜえっ……あっ、あの……わ、私も、いっ、一緒に行き、ますっ……」


「え?」


「す、すぐに地竜を、と、取ってきますから、ちょ、ちょっとだけ、待って、く、下さい」   


「あの、ナナリノさん、一緒に行くってどういうことですか?」


 片手で腹を押さえ、よろよろと兵士用の地竜が繋がれている厩舎の方に歩いていくナナリノ。ライカの声は届いていないようだった。

 

「本気、なんすかね?」


「おそらくは……」


「…………」


 キールはぽかんとした顔で、ライカは怪訝な顔で、ダレスは機嫌を損ねた顔で、それぞれナナリノの厩舎に消えていく背中を見送った。

 しばらくすると地竜に乗ったナナリノが、意気揚々といった様子で出てきた。どうやら呼吸は整ったらしい。


「お待たせしました!」


 彼女の乗った地竜が、がりがりと地面に爪を立てている。走りたくて仕方ないといった感じだ。


「ナナリノさんは何故私たちと共に来ようとするのですか? この町ですることがたくさんあるのでは?」


「もちろん隊長の指示です。ライルさんたちをバガル訓練所に案内するよう言われました」


 初めて耳にする単語に、ライカは微かに首を捻る。


「バガル訓練所? 私たちが目指しているのはナヨークト峡谷ですが」


「ええ、知っています。バガル訓練所はナヨークト峡谷を北に半日程度進んだ先にあります。あの辺りには村や町がないので、水や食料の補給場所は訓練所しかありません。ですが、訓練所に入れるのは兵士だけなんですよ」


 地図にも載ってないですしねと、ナナリノは肩を竦めた。


「言いたいことは理解しました。ですが、帰りはどうするつもりなのです? 一人で戻れるのですか?」


 ライカたちがユイレマに戻る可能性は低い。ナナリノ一人で砂漠を移動するのは無謀だと思えた。


「それは大丈夫です。バガル訓練所には常時大勢の兵士がいますし、それに王都まで行けばユイレマに向かう商隊がいますから」


 どちらかに頼めば問題なく帰って来れるのだとナナリノは丁寧に教えてくれる。

 確かに彼女の言うとおりなのであれば、同道してくれるのは心強い。手持ちの食料が尽きたとしても、ある程度は自給自足でどうにかなるだろうが、なにせ初めての土地だ。自分たちだけでは、どこにどんな獣がいて、どこに川や湧き水があるのかも分からないが、彼女がいれば探すことなく手に入れることが出来る。

 しかし、自分たちの行く先には、まず間違いなく危険が待ち構えている。腐猿ふえんという大型の獣、『嘆きの四翼』という正体の定かでない集団。

 そんなところにナナリノを連れて行ってもいいものなのか?

 ライカが出した答えは否だった。気持ちは嬉しいが一緒には行けないと首を振る。

 だが、ナナリノは引き下がらなかった。


「ナヨークト峡谷がどれだけ危険かは知っています。でも、危険だからと背を向けるわけにはいかないんです。お願いします! どうか連れて行って下さい!」


 深く頭を下げて懇願してくる。意思は固そうだ。いま置いていったとしても間違いなく追いかけてくるだろう。

 仕方ない。ライカは、ふぅと息を吐くと諾と答えた。 


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