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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
巡らされる糸
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25話 行く先は

 ナナリノが駆けていったすぐ後、ライカとダレスは、きびきびと部下に指示を出している隊長のもとへ行き、人のいない場所で話がしたいと願い出た。彼は、快くとまではいかなくともすぐに了承してくれ、ライカたちを詰め所に案内し、中で作業をしていた兵士にしばらく外にいるよう言って扉を閉めた。

 喧騒から切り離された空間で、ライカはさっそく用件を切り出す。すると、顔に付いた砂埃と汗を布で拭っていた隊長は、さっと表情を変え、警戒しつつ探るような眼を向けてきた。


「『嘆きの四翼』の居所を知りたいだと?」


「隊長殿が警戒されるのも分かります。ですが、私たちは彼らの思想に惹かれたわけでも、彼らの仲間になりたいわけでもありません。もしそう思っていたら貴方に訊いたりはしないですから」


「それは……まあ、確かにそうだな。いいだろう、お前さんたちは町を救ってくれたしな。信じるとしよう」


 ライカの説明に納得した隊長は、布を首にかけて頷き、あっさりと警戒を解いた。


「ありがとうございます」


「だがな、奴らの居場所はまだ分かっちゃいないってのが現状なんだ」


「では彼らの素性や人数は? それも分かっていないのですか?」


「ああ、何とも情けないことだがな。とにかく奴らは夜の影みたいに表に姿を現さない。そのくせ、いつの間にか人をさらっちまうんだ。そして消えた人の家族は絶対に何も喋ろうとしない。ただただ何も知らないと首を振るばかりでな。まったく、何がどうなってるんだか。完全にお手上げだよ」 


 心底腹立たしいと言わんばかりに、隊長は傍にあった机を掌で叩く。


「その家族の方たちは脅されているような感じなのですか?」


「いや、違うらしい。全員が自主的に口をつぐんでいるようだ」


「『嘆きの四翼』に恩義を感じているということですか。――分からない話ではないですね」


 病人や怪我人がいる家族の前に『嘆きの四翼』が現れ、“至る夢の砂片”で病や怪我を完治させたら、多くの人は彼らに多大な恩を感じるだろう。『嘆きの四翼』が自分たちの一切を秘密にしてくれと言えば、何の抵抗もなく承諾したとしても不思議はない。


「今回の騒動でも何人か消えてるって情報が入ってる。ったく、どいつもこいつも、そんなにこの国を壊したいのかねえ」


 隊長がぎりりと奥歯を軋ませ、忌々しげに呟く。『嘆きの四翼』が反乱を企てていると、確信しているような口振りだ。

 だが、ライカは彼の呟きに疑問を感じた。

 死獄石を用いて町や村を襲わせ、“至る夢の砂片”で苦しむ人たちを助け、仲間に誘う。なるほど、確かに筋は通っている。しかし、本気で国に反旗をひるがえすつもりなら、数が少なすぎるのではないだろうか。獣に襲わせた町や村に住む全員を仲間に引き入れるくらいのことをしなくては、到底対等になど戦えないだろう。

 ライカが視線を床に落として考えていると、そういえば、と言って隊長が部屋の壁際にある書棚に近づき、そこに積まれていた書類の山を漁り始めた。 


「家族の一人が消えた家の幼い子供が証言したと、どこかの村の報告書に書いてあったような……ああ、これだこれだ。ピエカ村だったか」


 ほらよ、と隊長は山積みの書類の中から引っ張り出した紙をライカに見せた。大切に扱われてはいなかったらしく、ところどころが破けている。

 文面にさっと眼を通し、ライカはダレスに渡す。紙には、五歳の少女が“お兄ちゃんは猿のおうちに行った”と証言したと書かれていた。


「まあ、その報告書を書いた兵士も本気にはしなかったようだがな」


「猿のおうち、ですか」


「ここから東、砂漠を抜けた先にナヨークト峡谷ってところがある。険しい崖しかないところなんだが、そこには大型の獣、腐猿ふえんが生息しててな。別名、狂い猿の谷と言われてるんだ」


「何故捜索しない」


 ダレスが報告書を返しながら、咎めるような口調で訊ねる。すると隊長は、むっとした表情になって言い返してきた。


「馬鹿言うな。ナヨークト峡谷には何百頭って数の腐猿がいるんだぞ。一頭や二頭ならともかく、囲まれでもしたら熟練の兵士だって命はない。そんな場所に子供の言葉だけで兵士を派遣できるはずがないだろう。第一、あそこに人が住めるわけがない」


「……分かりました。色々聞かせていただいてありがとうございました」


 礼を言ってライカは外へ続く扉へと向かう。兵が動いていないのなら、己の眼で確かめに行くしかないだろう。凶悪な獣が生息する危険な峡谷。そんな場所こそ人が隠れるのに相応しいのではないだろうか。

 『嘆きの四翼』はナヨークト峡谷にいる。そんな気がしてならなかった。


「ちょ、ちょっと待て! お前たち、まさか行くつもりか? 腐猿は本当に危険な獣なんだぞ!」


 ライカが峡谷に行こうとしているのを察した隊長が、慌てて追いかけてくる。


「忠告感謝します、隊長殿」


 そう言ってライカは扉を開けた。途端に、熱い風が詰め所の中を吹き抜けていく。


「教えちゃくれないか? リムストリアの人間でないお前たちが、わざわざ『嘆きの四翼』追いかける理由は何なんだ?」


「……答えを知るためです」


 隊長の問いかけに振り向かずに答える。

 砂漠を抜けた先は涼しいのだろうか。降り注ぐ陽の光の眩しさに眼を細めながら、ライカはそんなことを思った。


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